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七十二話 毒に負ける

読んでいただきありがとうございます!

 二人と別れて進み何分経ったか。五分以上は経っているはずだ。時計が無いから正確な数字までは分からない。

手元の明かりが頼りない。植物が行く手を阻んで遠くが見えない。


 ふと視線を落とすと、地面を這うようにして動く数匹の蛇。便宜上で蛇と言っただけだ。本当のところ足が付いているかもしれない。


 枯れ草の上をのろりと這いまわる姿に緊張感は感じられず、俺の存在に気が付いていない。敵だと認識していないのか。

見たところ三匹だ。もう少し、近づいてみよう。


 一歩踏み出すのに十秒使う。異常なまでに神経質となって蛇を見る。

頭部には白い三又に似た模様があった。これ以上、体を下げて見たくはない。


「これが冠蛇か。小さいけど、毒持ちなんだよな……」


 生唾を飲み込んで、一人呟く。どこまでもマイペースな蛇だ。もしかしたら、簡単に狩れるのではないか。そんな考えが頭をよぎる。


 腰に手を回し、短刀の握りを掴んだ。くそっ、直剣だったらリーチがあったのに。


 短刀を抜いた俺は、これまでの慎重さとは打って変わり素早く胴体を断ち切った。

反撃の暇も無い。攻撃されるなど微塵も考えていなかったのだろう。


「次は……っと、危ない」


 さっきまで体のあった場所へ、他の冠蛇が噛み付いていた。空中をダイブした冠蛇。もう一度地面と抱き合う前に、頭と体を切り離す。


 ボトリと落ちる。残るは最後。油断していたわけでは無い。が、甘く見ていたのかもしれない。


 大股で近づくと短刀を振り抜いた。どこを狙っていたか。首だ。胴でもよかったが、確実性を求めた。

だから短刀が外れた。チリッと薄皮一枚切っただけ。


「っつ! なっ……やばっ!」


 ボクサーのように避ける。奴はその後、生意気にも反撃する。牙が俺の手の甲を突き刺した。強烈な痛みだ。同時に毒を注入される。


 まずい。噛まれた。早く離さなければ。どうやって? 考えるより先に、体は動いていた。

噛み付かれている手から短刀を持ち変え、今度は外さなかった。


 諦め悪い冠蛇は首だけになっても俺の手を離さない。無理矢理、手の肉ごと引き剥がした。


 涙が流れるほど痛かったのは認めるが、それよりも毒だ。慌てた俺は、腰の鞄から薬を探す。


 瓶だ、硝子を探せ。これだろうか。いや、違う。これは気付けの麻薬ドリンク。なら、その隣のはず。ラベルの貼ってない、無地の瓶。

俺は抜き取った。


 その直後だ。「ガシャン!」と音が鳴ったのは。一体何の音だろうか。分からない。だがこれで、助かった。

あとは蓋を開けて……待て。腕が動かない。


「ぁず……ぅ……いぃ、、」


 呂律が。それだけでは無い。体の感覚が、無い。視界が反転したかと思えば、俺は倒れていた。

なるほどこれが毒かなどと、冷静を気取る余裕はない。


 俺は解毒の術を無くした。先ほどの音の正体。それは解毒剤だった。地面に染み込んだ液体に硝子の破片。俺は自分のミスを、目の前に突き付けられている。


 死ぬ。このまま動けないと、死ぬ。死因は何か。毒か魔物か。それとも出血? いや、冠蛇の復讐かもしれない。


 怖気が俺の全身を強張らせる。だが意味はない。感情的なその恐怖は、今や体へ何の影響も及ぼさない。

痺れて固まって。俺は動けないのだから。


 死にたくない。いや死ねない。誓ったはずだ。忘れるわけない。トリナの分と皆の分。それからアリスの事も忘れない。

怨み辛みを、あの澄ました男にぶつけてやるのだ。アリスにはこっぴどい説教。


 奴らに相見えるまで死ぬ事は許されない。トリナの復讐は、俺だけの悲願だ。それでも体は言う事を聞かない。どうする。どうしたらいい。


 答えを待っても返事はない。各自で行動と、そう言ったのは俺自身。なら、自分の不手際も自分で拭うしかない。


「せぃぃれぇ……ぉお」


 ゴミが! しっかりと言葉を話しやがれ!

遊んでいるのか俺の口は!


 怒りが俺の感情を支配する。ダメだ集中しろ。


 見たはずだ。アトリアの回復魔法を。

レヴが嘆願した、あの精霊を。ナメクジのような、ぬらりぬらりと気色の悪さを持った精霊を。


 思い出せ。あの緑の光を。

体を包んでいたのは精霊だけではない。あの暖かい感覚。その全てが回復魔法なのだ。魔力の込め方も精霊への懇願も知らない。

何せ初めてだ。


 瞼を閉じる。魔法の初心。思い出せ。全身に巡らせ、外に流し出す一点を定める。それは攻撃の要。

なら、体を治す魔法は、一体どうする?


 ダメだ考えるな! くだらない事は後回し。ロジックに価値はない。


 精霊よ、傷を舐り膿みを食んでくれ。お願いだ。体を、治してはくれないか?


 地面が盛り上がり、そこから這い出る腕が見えた。酷く痩せ細り骨と皮ばかりになった、最早腕か枝か分からない枯れた棒。

それはいつしか何本も現れ俺の体へと向かう。


 死の迎えか願いを聞き届けた精霊の仕業か。死を厭うより精霊に賭けよう。どうせいつか、直視するものだ。


 俺の体をすり抜けた腕の集団は、好き勝手に奪い取る。毒も体力も健康もだ。


 徐々に姿を消して、最後の一本もようやく帰っていく。すると俺の体は動くようになった。

同時に倦怠感が重くのしかかり、視界も覚束ない。


 あの精霊は願いを聞き届けてくれたが、同時に対価も持っていった。まあ死ぬよかマシだ。


「うぉぉ…………おぇえぁあぇえ……」


 強烈な吐気。口から出るものは無い。何せ胃の内容物まで奪われた。元気の全てを差し出したのだ。


 深呼吸をして、俺は気付けの飲み薬を取り出した。言ってしまえば危ない薬だ。現代的には、麻薬に近い。

だがこれしかない。冒険者はこうでもして、気分を高揚させねば生きていけない。


 飲み干しはしない。半分かそれ以下か。どれほどか正確に把握は出来ない。それでも、幾分か力が湧いてくる。仮初だとしても、必要な力だ。


「戻る……か。合流して、討伐しないとな……」


 歩いた道を巻き戻り、合流地点へと急いだ。

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