七十一話 森の中、排泄物ありを編集
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馬車が止まった。目的地に着いた合図だ。扉を開くと、夜風が体を通り過ぎる。
ローブは防風で寒さは感じなかった。
「ミロコヴィル、作戦会議とかないのか」
「ないだろう。情報の無い内は騎士は働かん。つまりはお前たちが冠蛇を見つけない事には始まらないという事だ」
「俺とベルローの二人だけでか? いくらなんでも無理があるだろう」
二人で森の中を調べて駆けまわってか。
そんなことをしていては、夜が明けてまた日が暮れる方が速い。明白だ。
「あと四名の囚人がいる。看守は私だけだが。これらを三つに分けたら、いくらかマシになるだろう」
「あんたはどうするんだ。まさか騎士様と酒盛りなんて言わないよな」
「私は酒が飲めん。それに騎士とは、そりが合わない。それより冠蛇の群れを特定した方が建設的だ」
「素直に騎士と酒が嫌いって言えばいいじゃん」
「だからそう言ったつもりだが、お前にはうまく伝わらなかったか?」
当の本人は至極真っ当な事を口にしたつもりだが、ベルローは憤りを感じたようだ。
言葉が喉に突っ掛かる。
火花が散る前に聞きたい事は聞いておこう。
「騎士たちが動かないのは分かったが、討伐に参加する奴らに挨拶とかいらないのか? 他の囚人ってのは、俺と立場が同じだし」
「お前たち二人とは明らかに違って気性が荒いがな。それでもいいのなら挨拶でもなんでもしてくるといい。大方、既に森の中に入っているだろうが」
「気性が荒いねぇ…………やめとくか」
手を振ったら攻撃されかねない。この世界の荒くれ者は、極端な分別しかできない者が多いのだ。
馬車の並ぶ森の入り口は、夜の野外とは思えないほどの明るさに軽薄な声。椅子やらテーブルやら、一体どこに積んできたのだろうか。
ああそうだった。俺たちの乗った馬車が格安のオンボロだとしたら、奴らが手配したのは官僚向けの高級車である。忘れていた。
「本当にお酒飲むつもりですか? あの人たち」
「酒だけならいいがな。よく見て見ろ。女もテントもある」
「まあ、いわゆる”宴”ってやつか」
そしてミロコヴィルはそっと、ベルローの目を覆った。見なくていいものを、見ないようにと。
「あ、あの。どうして私の瞳を塞ぐんですか?」
「お前にはまだ早いって事だろ? ですよね、ミロコヴィル看守」
「刺激が強いのは否めん」
「ということだ。どうか今だけ、その目を閉じてろ」
「えぇ……」
ベルローは落胆するが、逆に何を見たかったのか気になるな。人の情事に興味でもあるのだろうか。
悪ふざけも程々に俺も森の中に入るとするか。腰紐にメイスを括り、背中側には短刀を。松明を片手に持つと、自然に俺が先頭を歩く事となった。
入り口の喧騒とは打って変わって数分と経たずに辺りは静まり返った。
鳥が俺たちの足音に驚いた。枝から飛び去る際、葉擦れの音が一層と大きく耳に届いた。
「森が警告してるみたいで気味が悪いな」
「野生の生き物は敏感なんだよ。それに、ここはそんな奴らの家だからな。異変があればすぐ分かるんだよ奴ら」
「そういうものか。普段は人の相手しかしないものでな。足手まといにならないよう努める」
随分と殊勝な態度である。どちらかと言えば目隠しを付けたベルローの方が気掛かりだが。
「おい……ユウキだったか。冠蛇と戦った事はあるのか」
もちろん無い。冠蛇なんて魔物が存在している事すら初耳なのだ。
松明を掲げながら短く真実を伝える。ミロコヴィルもまた、短く返事をした。
まるで会話のキャッチボールが続かない。業を煮やしたベルローは、ようやく重い口を開ける気になった。
「対策としては! 素手で触らない事と、噛まれない事の二つです。万が一噛まれた場合は、高級な解毒剤を飲む事です。あ、それと抗毒草を摂るとか」
大声に振り向くと、人差し指を立てるベルローがいる。高級な解毒剤なんて持っていないし、抗毒草なんて知らない。
対策法を森に入ってから教えるとは。呆れた俺は一言も話さずに歩いた。
見つかる痕跡に冠蛇のものはない。素人の目に見分けが付くとしたら、それは大型魔物のもの。
「まったく見つからないなぁ。ねぇねぇ、冠蛇は魔力を持ってるの?」
「魔力を持たない生き物は存在しないと知らないのか? 空間にも漂っているのだから、持っているに決まっているだろう」
「そうじゃなくて、比較的に大きな魔力を。って事」
「魔力を多く有する生物群を魔物と呼ぶんだ。魔物に分類されてるのなら、たくさん持ってるんじゃないか?」
「あのさ二人とも。私はそこまで無知じゃないんだけど。私の魔眼は魔力を感知できるの。だからこの眼で、地面を這うそいつらを見つけてやろうと思って聞いたんだけど」
「目隠し付けてたら意味無いんじゃないか?」
「これは魔眼を制御するためのものだから、魔力視覚に支障はないよ。これが無いと頭まで痛くなっちゃうんだから」
誇らしげに語る言葉が背中越しに聞こえるが、少しだけ漂う悪臭に気が向かった。
微かな臭いは排泄物に似ている気がする。
臭いを誘蛾灯代わりに進んだ。濃くなる悪臭に、俺は近づいている事を確信した。
背中側に付けた短刀を引き抜いて、松明を少し下に向ける。そうして草木を掻き分け進む。
先ほどまでの無遠慮な足取りとは打って変わり、今度は静かに歩く。落ちた枝を踏み砕かぬよう、慎重に。
「これは……冠蛇の排泄物…………いや、何かわかるか、ユウキ」
「分からない。けど、この量は一匹のものでは無いんじゃないか」
地面に転がる排泄物は小さく、そして数が多い。加えて冠蛇は群れ単位で行動する。
総合的に見て、冠蛇のものであると考えて良さそうだ。
森に入ってからの一番の収穫がまさかの排泄物とは。気が滅入る。
「どの方向に進んだと考えるかだな」
背後は無しとしても、左右前の三つに分けられる。俺たちも三人だ。
「別れるか。ベルローは右、ミロコヴィルは左に。俺はまっすぐ進んでみる。だがくれぐれも、一人で戦わない。見つけたらこの場所に戻って合流。見つからなかったとしても二十分程度でこの場に戻る」
「それだと逃げられちゃうよ。せっかく見つけたのなら、その場で倒した方がいいんじゃない?」
「数が少ないならいいが、多いならダメだ。毒を持ってるんだから」
「取り逃すよりは……」
「死にたくないだろ。仮に見つけたら、俺は帰ってくるからな」
頑として、俺は宣言した。
「お前たちには死ぬより冠蛇を討伐してもらいたい。合流し、一網打尽にするのも手か」
「だろ? って事で手分けして進むか」
松明が必要なミロコヴィルには、俺の松明から火を渡しておいた。ベルローはというと自慢の眼で見えてるのだと。
一人きりの森は想像以上に寒い。




