七十話 現場急行
読んでいただきありがとうございます!
獄中から繋がっている小部屋。登竜門のようなこの部屋を越えなければ脱獄は不可能。
だが俺は合法的に、この仕切りを越える事を許された。
「収容した所持品はここにある。囚人のものが詰め込まれているから、中から自分の物を探しだせ」
私物を集めているだけなのに惨めな気持ちになる。
鞄にローブ。衣類は剥ぎ取られていない。
見つけ出した後、腰に付けた鞄がいつもより軽い事に気がついた。
塗り薬や目潰し、ロープ。買い込んでいた道具の類は詰まっている。武器が没収されているのは当然としても、俺の持ち金が全て消えたのは解せない。
「なあ、なんで俺の金が無くなってるんだ?」
「……まあ、その。なんだ。つまりだな……このチェストには様々な者が触れるわけだ。
手癖の悪い輩もいるということで」
職権濫用だろうそれは。
「冠蛇の群れを討伐したら、返してくれるか?」
「約束はできないがまあ、それなりには。
だが報酬はない。そういった点で、無報酬とも言えるな」
「あ、あの…………私のダガーって一体何処へ……」
「原則として武器武装の類は完全に没収だ」
「まあ、だろうな。だが貴重品まで奪うのは少し違うんじゃないか?」
「つべこべ言ってないで早く見つけろ」
俺は、背中を丸めてチェストを漁る姿を眺めていた。詐欺師の女は、一向に頭を上げない。
「なあ、名前聞いてないよな。あんた名前は」
「私ではなく依頼の同僚に尋ねた方がいいのでは。見たところ良い仲では無さそうだが」
全くもってその通りである。が、名前を知らないというのも気持ちが悪い。
チェストの隣に立って見下ろす。突然できた影に顔を上げる詐欺師の女と目があった。
「なんですか?」
「あんた、名前は? 自分のものくらい覚えてるだろ」
「ベルローです。それより、あなたも探してくれませんか?」
「ダガーは没収されてるって言ってただろ」
「いえ、それはもういいです。私の目隠しの事です。あれが無いと私、いろいろと不便でして」
目隠しをしている方が不便だろうというのはさて置いて、振り返り看守を見る。壁に寄りかかって腕を組む彼。
瞳は閉じているが、声は聞こえている。
首を左右に動かす。俺が何を知りたいのか分かっているようだ。
「その中には無いみたいだぞ」
「はぁ……やっぱりそうですよね。これだけ探してないのなら」
肩を落としたその姿は少し哀れだった。ここに無いと言うことは没収されたか。
目隠しは『武器•武装』に分類されるようだ。
「もう十分か? ならこちらに来い。違う、テーブルの前に来いって意味だ」
数回、方向転換をする。
「武器は返してもらえるのか?」
「そんなわけがないだろう。お前たちの武器は現地で渡す。まずは状況の整理からだ」
「被害状況の用紙か? デカいな」
「そんなところだ。襲われた家畜、人、作物の事が記されている。日付から始まり、人数や規模。どんな状態だったかを示したものだ」
テーブルの上に広がった報告書。それを読むと、冠蛇による被害はおよそ二ヶ月前から始まっているようだ。
初期段階では作物が荒らされ、意外にも家畜への被害はここ一週間の内に発生。
気になったのは作物への被害。魔物といえば肉食のイメージしかない。にも関わらず作物への被害が続いている。
「冠蛇ってのは植物を食べるのか? それとも肉食か? 一体どっちだ」
「雑食と言えるだろう。簡単に手に入る食べ物があれば植物を選ぶし、そうでないのなら狩りをするんじゃなかろうか」
「にしては、人や家畜の死骸はそのまんま放置なんだろ」
「ああ。おそらく脅威と認識したゆえ、食べるためではなく逃げるために応戦、というわけだろう」
人差し指で紙面上を叩く。すると静かに眺めていたベルローが、膝から崩れた。
「大丈夫か?」
「手を貸してくれると嬉しいんだけど……」
「テーブルを掴めばいいだろう。具合でも悪いのか?」
二歩分ほど距離を取って聞いた。
「魔眼が少し……暴走気味なんだ。こうなるから、目隠しが欲しかったんだけど」
「文句を言うな。現地に着いたら全て渡す。それまでは耐えていろ」
小さく「そんなぁ」と情けない声を出して、テーブルに寄り掛かり立ち上がる。
息を切らしたベルローを尻目に、俺は看守の共有する情報へ耳を傾けた。
「群れの数はわからない。それを含めて調査と討伐の要求だ。
物資の方も、ある程度なら融通が効く。今すぐの出発になるがな」
「その前に冠蛇の特徴が知りたい。本か何か、無いのか?」
「無いな。冒険者ギルドにならあるだろうが。
それより、ベロー地区領主は早急な解決を望んでいる」
領主なんて、どうせいつも暇だろうに。そんなに早く解決したいのなら自分が動けばいい。だが勿論そんな事を口走れるわけもない。
「それでも一つや二つはあるだろ」
「体内と体表に毒がある。牙から注入される毒は体を動かなくさせてそのまま機能が停止していく。一方、体表の毒は痺れる程度だ。
噛まれるべきではないな」
「単独か群れのどちらで行動するんだ」
「お前は話を聞いていなかったのか? 奴らは群れ単位で行動する。被害の多量さから察するに、相当数はいる。そうだな……最低でも二十匹は倒してもらう」
「二人合わせてか?」
「全部で二十以上という意味だ。規模によってはそれ以上になるだろうが」
毒があるのか。俺の買った解毒剤は安物だ。効果があるか不安である。
「馬車が外にある。お前たちは俺と同じ馬車に乗れ」
つまりは一つ以上の馬車があるということか。踏み込んで考えると、冠蛇退治に参加するのは、俺とベルローだけではないとなる。
「他にも討伐参加者がいるのか」
「ベロー地区領主の家臣と応援の下級騎士たちが数名。それから、お前たちのような囚人もいる」
外に出た。まだ暗い。朝になるまで時間はかかりそうだ。
先頭を行く馬車は既に出発したようで姿が見えない。
俺とベルロー、それから看守の三人が乗り込んだところで丁度、二台目の馬車が出発する。
「狭くないか?」
馬車の中は狭い。当然だった。人数を積める設計ではない。客室にあたる部分を引く馬だって、一匹だ。
「小さいからな。それにお前たちの武器だって積んである。座るスペースがあるだけ感謝しろ」
「感謝したくてもな……。あんたの肩がピッタリ付いてると、落ち着かないんだが……」
「我慢しろ」
看守は腕組みをして目を閉じている。
看守が隣に座っているのが嫌というより、他人の肩が触れている事の方がよっぽど嫌なのだ。
これでは強襲時、応戦できない。無抵抗のまま殺されるなんて勘弁だ。
「そういえば看守さんの名前を聞いてないよ私。これから森の中に入るんでしょう?
なら、呼び方ぐらいは決めておかないと」
「ミロコヴィルだ。先に言っておくが、私の出身は帝国の方面だ。何かと聞かれることが多いのでな」
「だろうね。そんな名前の人、ここら辺で聞かないもの」
帝国か。年中雪の降る寒い土地らしい。詳しくは聞いたことがない。いい機会だ。目的地までは時間も掛かるだろう。
これからの旅で、向かわない保証も無いし。
「帝国ってどんな場所なんだ? ずっと雪降ってるって事しか知らないんだが」
「タイダルガ皇帝の支配する巨大な国だ。
雪は一年中降っているわけでは無いが、いつでも寒いのは変わらない」
「一番暖かい日と寒い日って、どのくらいの差があるの?」
「暖かい日は薄いシャツでも過ごせる。寒い日は、まつ毛が凍る。土地は痩せているし山は多い。領土の拡大がやむを得ない国だ」
看守が故郷の話に花を咲かせる。やはり自分の故郷を他者に語るのは、誰であれ楽しいものだ。
俺も旅で出会った人に故郷の話をしたいが、それは出来ないだろう。文明が違いすぎる。こちらの言葉に言い換えるのも、面倒だ。
「あぁ少し待て。まずは武器の装備を済ませろ。話の続きはそれからだ」
言われて思い出した。俺は客席の一角に置かれたメイスと短刀を手に持つが、完全な装着は馬車を降りてからだな。




