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六十八話 獄中

読んでいただきありがとうございます!

 久々の感覚に、吐気を覚えた。だがここは夢の中。加えて、肉体らしき物を俺は持っていない。本来なら感じるはずのないあまりの不快感に脳が錯覚した。


『やあやあ久しぶり。元気にしてたぁ?』


 不定形。模造品。靄。掴みどころのない煙にしか見えないそれの、軽妙さの極まった口調が、俺の嫌悪を加速させる。

俺は立ちあがろうと踠いた。


『無視? はぁ……久しぶりだってのに、君は何も思わないのかい?』

「なんで俺の夢にばかり現れるんだ」

『おっ、自意識過剰だね。なにも君だけの夢に現れているわけじゃないさ。不特定多数の人間の夢の中。

僕は彼ら彼女らの人生を覗いているってわけ』


 映画を楽しむみたいな口調で言った。

俺はそんな奴の言葉が大嫌いだ。それはいつまでも拭う事の出来ない不愉快の極点。


「何のようだ。何を話しに来た。暇つぶしなら別に、俺は必要としてないんだがな」

『たまたま君に繋がっただけだよ。まあ、僕が君を”呼んだ”んだから、繋がりやすいのは当然なんだけど』

「なんで夢の中でまで嫌味を言われなくちゃいけないんだ? さっさと消えてくれよ」

『そうだねぇ……そこまで拒絶されたら流石に消えるとしようかな。せっかく来たのに、僕まで気分が悪くなってしまう。ああそれと、早く起きた方が良いかもね?』


 するとその靄は消えていった。何も残さず。そこに居たという事実は消え去った。これまでと違ったのは、俺の意識が覚醒しなかった事。

いつもなら奴が消えると同時に俺の意識は覚醒し、目が開くのだが。


 今日は何故だか猶予時間があるらしい。もっとも、それがどの程度あるかなんて知らないが。


 それにしてもこう……体が無いと言うのは不便だ。全ての感覚が消失していながら、視覚と聴覚は依然として存在している。夢だと一言で片づけてもいいが、それだけではない気がする。


 なにより不気味なのは、この状況を受け入れている自分自身。今のこの状態が、本来の姿だとでも言うように、淡々と受け入れているのだ。


 自分の意志で動けないと言う事実が、苦痛ではない。

駄目だ。このような思考のドツボに嵌れば抜け出せなくなる。目を、視界を閉じよう。せめて起き上がるとき、健全な精神で…………。


 そして目が覚める。今度は現実だ。なんたって、手足の感覚がある。肺を通る空気は喉から出るし、口の中には血の味が広がっている。寝ているときに噛んだのだろうか。さて、そろそろ立ち上がるか。


 手を地面に置こうとして、動きが止まる。同時に聞こえたのは「ガシャン!」という金属音。何かがおかしい。振り向く。手首を締め付ける鉄製の輪は、鎖によって壁に繋がれていた。


「な、なんっだよこれ!」


 錯乱して取り乱す。寝て起きて、気が付いたら拘束されている。まあ、誰だってこんな反応になるだろう。いくら引っ張っても力に任せても、腕が擦れて血が出るだけだった。


 腕を背中側に固定されたまま立ち上がり、何とか脱出を試みる。無理だと理解できず、俺は鉄格子の向こうを目指した。いや、待て。鉄格子? なら俺は、投獄されているのか。


「静かにしてよ……せっかく眠ってたのに。君、牢屋は初めて?」

「あぁ? 初めてに決まってるだろ。クソッ! なんでこんな事になってんだよ……!」


 それはもう泣き言のように叫んだ。隣の囚人も、隣部屋の囚人も目が覚めたようだ。とりわけ、俺への憎悪を抱きつつである。


「覚えてないの? それとも、諦めが悪いの? どっち」

「なんで冷静なんだ! というか、あんたは…………あっ」


 一々うるさい奴だ。振り向いて暴言を吐き散らそうとしたが、そいつの顔を見て、俺は何故こうなったかを思い出した。そして必死になってやっていた俺の行為が無駄だと真に理解できたのも、このときだった。


 その場に座り込んで、俺は過去を思い出した。ここ一か月の間の出来事を。


 フルブラント達と別れて町を出た後、俺は地図上で中央大陸の真ん中辺りに位置している王都諸国を目指していた。


 事実上、この大陸を統治していると言っても過言ではない大国にその同盟国。それが王都諸国なのだと。旅の商人に聞いたのだ。

そんな大陸の中心部である王都なら、情報の量も質も大変上質だと。


 だから目指していた。のだが道中、俺は厄介な依頼を受けた。


 それは貴族の家に棲みついた魔物を退治してほしいというものだった。


 簡単な依頼だった。それはもう、実に簡単だった。だからこそ、依頼主はしっかりと確認しておくべきだった。今更後悔しても遅いが。


 貴族の家には無論、魔物がいた。小さな魔物だった。ハリネズミのような刺々しい皮膚を持った魔物。それが食糧庫に数匹いるだけ。それを殲滅させると、なんと銀貨二枚がもらえる。割に合っていない。無論、良い意味でだ。


 俺が魔物を討伐している途中、偶然にも盗賊が入り込んだらしい。巷で噂されている、義賊という奴らしいのだが。それがいけなかった。

俺は領主に罪を言い渡される。もちろん、否定した。「ただ依頼を遂行しただけだと」だが領主いわく、依頼など出していないのだと。


 混乱した俺は気絶させられた。

隣にいるのは、屋敷に着いた時、食糧庫を案内してくれた者だった。つまりは俺を騙して、身代わりにしようとした張本人。冤罪を演出した、憎き相手でもある。


「ま、まあまあ。そんな怖い顔しないでさ。そうだ! 二人で脱出の方法を考えよう」


 妙に見覚えのある顔つきだ。それに、やけに腹の立つ口調。どこだったか。どこかで聞いたのだが。思い出せない。


「あの……怒ってます? い、言い訳させてください。あの計画は本当はうまくいくはずだったんですよ!

お頭が格好つけようとしなかったら、君の事も回収する手はずだったんだから……」

「何のために領主の館に? お前らは何かと噂の絶えない、義賊とかいうやつだろ」

「あの領主は……ベロー地区領主は、不正をしてるの。ここは王都の属領だけど、徴収した税を少しずつ横領してるんだ。そのせいで、農民は暮らしがひっ迫している。

その証拠を探っていたんだけれど、中々見つからなくてね」

「それで時間が過ぎて、例のお頭ってのがやらかしたのか」

「そう。お頭は窓から華麗に逃げようとしたみたいなんだけど、そりゃあ包囲されてるよね」


 窓を突き破って脱出する事を諦めた一行は、強行突破に出たらしい。その際、この女は転んで捕まったのだと。なんともどんくさい末路だ。


「最後、お頭は『絶対助けるからな!』って言って、ランスと一緒に逃げていった。

あっ、ランスっていうのは仲間の一人で、戦闘担当だよ」

「お前が証言してくれたら、俺はここを出られるわけだな」

「ま、まあそうだね。で、でも、見捨てないよね?」

「俺を騙したのに? お前は騙した相手に情けを求めるのか?

死んだ方が良いんじゃないのか」


 俺は一蹴した。それ以降、彼女は一言も発さずうな垂れるだけだった。いい気味だ。そんな事より、脱出の手立てを考えるべきか。


 そう思った矢先、鉄格子が開いた。看守……だろうか。鍵を持っていて、鉄格子を開けた。その事実だけで看守だとするには十分な理由か。


「出ろ。お前たちに提案と依頼がある」

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