六十六話 狼の長
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体を空へと押し上げる力が無くなり、そのまま落下を始める。受け身を取って着地をすると、少しの間、地面を転がった。
全身が軋んだのちに立ち上がり、腰の痛みに顔が引き攣った。
「頑丈だな。やっぱり、この世界の人間は硬いんだな……」
魔力の大小でその体を覆う身体強化の強度は違う。当人の気質でも、やはり違いは出るだろう。
攻撃的な人間はより積極的に、保守的な人間はより消極的に。とりわけ、レヴは攻撃的な人間なのだろう。
彼の片腕は切断されていた。完全に切り離されてはいなかったが、あれではもう使い物にならない。
鎧を引き裂いて、その下の身体にまで大きな傷跡を作っていた。レヴはその場に膝を付いて、斬首を待つ罪人のように静かだった。
「生きているのは好都合だな。茫狼猟団の事、話してもらおうか」
「………………」
沈黙を守り続けるレヴ。もう彼は、死を受け入れているようだ。ここから彼に、何を話せば口を開くのか。俺には分からない。
奴の目の前に屈み込み、目線を合わせてみる。
「なあ、なんで人攫いなんてやってたんだ? やっぱり稼ぎがいいのか? それとも、茫狼猟団は人手不足なのか?」
会話をしても理解していないのか何なのか。
レヴの瞳は俺を越えて、遠くの景色を見ているようだ。まるで話にならない。いい加減、腹も立つ。
「まあいい、人を探してるんだ。たぶん、盗賊だ。知っているかと思ってな。
金髪の女と、破茶滅茶な実力の、剣を持った男だ。
知らないか?」
小さく鼻で笑うと奴は「判然としない特徴だ」と言った。その通りだと思う。自分でもな。だが写真も無ければ絵も無い。特徴らしい特徴なんて、俺には伝えきれない。
こういう時、人と会話をする癖を付けていたのならと思う。
「女の名前はアリスって言うんだが、男の方が分からない。だが関係性は、おそらく家族。そうじゃなくても近しい関係性だ。
それこそ、家族と遜色ないほどにな」
自分で言っていて、忌々しいくらいだ。
「…………”狼”が、人を必要としたのは、勢力拡大のため。それから、資金集めだ。だがそれを主導してんのは、おそらく”狼”の長じゃない」
途切れ途切れの言葉。一言発するだけでも辛いようだ。
「昔から”狼”の長には思ってた事がある。奴は、組織をまとめ上げるには、軟弱だ。決断が出来ない。そのせいで、妻と娘を失ったのだからな」
「なるほど。詰まる所、茫狼猟団の実権を握ってるのは、ナンバー2って事か。ところで、それと俺の探している人間に、何の関係がある?」
「そうだね。”狼”の長は変わった。その強靭な牙に似合う思考と非情さを引っさげて、帰ってきた訳だ。
死んだはずの”妻”と呼べる者と共にね」
レヴはそう言った。だからと言って、何が判明したと言う事もないが。
「”狼”の長の名は、ロスメリス。ロスメリス・メギスト。残念ながら、家族構成までは知らない。気になるのであれば、調べてみるといい。もっとも、彼に近づけるかどうか知らないがね」
「そうだな。
他に大規模な盗賊グループには、何があるんだ? 大陸全土に根付いている茫狼猟団は知っているが」
「あるはずが、ないだろ? 考えてみたらいい。大陸中、どこでも活動できるような犯罪組織。いくつも乱立できるか?」
「なるほどな。やはり規模の大きな所からしか、上手い情報は出てこないんだな。助かった。最後に、何かしてやれることはあるか? 慈悲を加えてやろうと思ってな」
「なるほど……それなら、僕の息の根を止めてくれないか? 死ぬほど痛いのに、死ねない。騎士の職業病なんだ」
するとレヴは、自身の首を人差し指でちょいちょいと指し、言った。
「ここを切れば、血が吹き出る。これまで大勢の敵と戦ったから、間違いない知識だ」
「ああ、ならそこで大人しくしていろよ」
そう言って、俺は真上に向けて炎の矢を放つ。ちょうど夜、目印にしたような強い光だ。
日中なことも相まって光はそれほど強くなく、これでは見えづらいだろう。が、気づいてくれる者はいるはずだ。
「なあ? 僕は、処刑されたくはないんだけれども。騎士団は意外にも残酷な人が多いんだよ」
「まあ、自分の胸に手を置いて考えてみたらいいんじゃないか? お前の苦しみは、これまでの被害者への贖罪になるのかって」
「…………証拠も無しに、僕が? あ、あり得ないだろう。君が疑われるんじゃないか?」
「かもな」
言いながら、俺は紙片に文字を書き連ねた。上手い具合に書けないが、読めるのならそれでいい。
枝の先に血を付けてインクの代わりとして、奴の罪状を。
「この紙を置いてくよ」
「はっ……。そんな紙の欠片が何の役に?」
「お前を捕らえて事件が止んだら…………ってな。これでお仕舞い。晴れて事件解決だ」
「…………なあ、気は変わらないか? 僕はここで死にたいんだが。苦しむのは嫌だ。僕は僕の悦楽のために生きたいんだけれど」
「そこまで吹っ切れてると、逆に清々しいよ。良かったな。生きてる間、その命を噛み締めてみたらどうだ?」
そう言って俺は共同墓地をあとにする。すでに動く事すらままならないレヴを一人捨て置き、俺はフルブラントらの元へと走った。




