六十五話 墓地での戦い
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奴の手札は何だろうと、考えた。攻撃に使うのは決まって刀剣だけ。魔法を積極的に使用しないところを見るに、そもそもが使えないと考えるべきか。
短い思考時間じゃこれぐらいが限界だ。厄介なのは、あのマントか。攻略できる方法でもあればいいのだが。
すぐに距離を詰めようとしないのは、奴の作戦か。勘繰っても答えは出ない。俺は辺りをちらと見る。
フルブラントもウィンデルもいない。アトリアだって、いつのまにか消えていた。
セイはしっかりと己の仕事を果たしたようだ。実際、仲間や少女を守りながら戦うのは俺の性に合わない。
心配事が増えれば増えるほど思考に使える余白は消えていく。
だが一人だと、目の前の脅威に対処するだけだ。駄目ならその時は死ぬ時。受け入れるつもりはないが、そういう時は勝手に体が動かなくなるのだ。
「全員逃げてしまったか。君だけだ。ここに立っているのは。おかげで、僕は破滅しそうだ。せっかく、いい稼ぎ扶持と身分だったのにな。もういっそ”狼”に転職しようかな」
「狼? 獣として森で生きていくのか? 笑い話だな」
奴の足に合わせて、俺も股を開いて腰を落とす。一撃はどうせ奴から始まる。そんな攻撃を躱すためにこうして、準備は欠かせない。
「ああ。荒野を走り回り略奪し、仲間を率いて悪夢の中を彷徨う。実に素晴らしく、無秩序な生き方だ。どちらかと言うと、僕はその生き方の方が好きなんだ」
「略奪……茫狼猟団の事か。お前は知ってるのか。奴らのことを」
それを聞いたレヴは答えず剣を両手で握った。駆け出し、突進する。迎え撃つため、俺も前のめりに体を倒す。
墓地に甲高い音が鳴り渡る。だがその衝突を目にする者はただの一人としていない。墓地に住むであろう彷徨う霊ですら目を背ける罰当たりな戦い。
不敵な笑みを形作るレヴは、俺の瞳を覗き込んで言う。
「”狼”について知りたいのかい? ははっ! 物を知らないんだね、君は」
茫狼猟団。奴らに繋がれるのなら、知りたい。だからレヴは倒す。立ち上がれないように両脚を砕き腕は……そうだな。要らないだろうな。
そう思うと自然に、短刀を握る手にも力が入る。
魔法という手札すら忘れて、俺はレヴとの直接対決に望む。技量と筋力、それから経験がものを言う白兵戦。
直剣と斬り結ぶ短刀。短さを活かした小柄で素早い手数の多さは、奴の剣にはない強みである。同時に欠点は、今のような力負け。
遠心力が十分に加わった横薙ぎは、防御を貫通して俺の体を後ろに退かせる。
体勢を崩して、短刀が下を向く。不味い。奴の攻撃がくる。回避。いや無理だ。墓石が邪魔になる。不恰好な形で受け止め、弾く。
レヴの連撃は止まらず、俺は追い詰められた。いつのまにか背中に触れていた墓石がストッパーになる。これ以上は退避できない。それを理解したのは俺だけでなくレヴも同様で、大きく振りかぶる。
斜めに降ろされた刃が俺を切り裂く事はなかった。もう少しで真っ二つだったが。何とか避ける。斬るというより叩き潰したような墓石の破片が転がる。
俺は、中腰になっているレヴに向かって包帯を投げつける。
脅威ではないその投擲物を見切った奴は避ける事もせず、不動だった。だが行動には目的があるものだ。
地面に転がり帯を広げる包帯に俺は、炎の魔法で着火した。直後、間を置かずにレヴに斬りこんだ。
「一体何のつもりだ。これが打開策になるのか?」
「黙ってな」
俺は今現在、全身に魔力を流している。感覚を鋭敏にするためだ。こうしないと、肉弾戦で遅れを取る。そして、その知覚強化魔法の思わぬ副作用は、魔法の現象が容易になるという事。
身を捩り刃を逸らし、空いた手で風の魔法を作り出す。俺が作り出した火種に到達した風が、火柱となる。
一瞬だ。欠片でいい。マントに着火でもしてくれたらそれでいい。触れろ。そんな思いを見透かすように、レヴは口を開いた。
「魔法を阻害するマント。これを燃やそうとしたのか。残念だけど、それも魔法に該当するみたいだ。君の頑張りは無駄だよ」
物理現象として処理されないのか。なぜだ。風を魔法で生み出し、その風に炎が巻き込まれたのだから魔法ではないはずだ。どんなカラクリがある。
マントが燃えない事を証明するように、レヴは同じ場所から動かず俺と競り合う。
「こんな火勢になったら、困るのは君じゃないのか? 尤も、もう遅いが」
依然、余裕綽々と言った様子のレヴ。ならどちらのマントがより魔法を防いでくれるか勝負しようではないか。
お互い一歩も引かずに鎮火もしない。草花にも燃え移った炎。もはや火事だ。大惨事とはいかないものの、それでも火の中心にいる俺達は焼き尽くすのは容易いだろう。
熱が極限にまで達して熱さが肌を刺す。そして先に限界が来たのは、レヴのマントだった。
焦げ臭い香りは、おそらく草や花のせいだ。それが、気づきの致命的な遅さに繋がった。
剣戟を止めるために身を引いて、足元に風魔法を現象させて退く。冷静になって、今ようやく気が付いたみたいだ。だがもう手遅れで、どうにかできるはずもなかった。
「火だるまになるより先に、ソイツを脱いだほうがいいんじゃないか?」
「なっ……くそっ」
レヴは魔法を阻害するマントを失った。これで、俺の得意な戦闘が展開できる。背を向けて走り出す。逃げる。距離を取って、魔法の準備だ。
だが奴の方が速度が出る。身体強化に魔力を全て注ぎ込んでいる奴だ。勝てない。
それだから俺は真上に逃げるのだ。トリナから貰い受けた魔法は、今も判然としない。一体何の力だ。分からない。それはトリナ自身もだろう。だがいずれ、理解できる日が来る。
思いきり打ち上げられたみたいな衝撃が、体中を走った。想定していた。まあ、幸いな事に俺の体は頑丈だ。痛みに悶えるよりも先に、やるべきこともあった。
空中で身を翻すと、狙いを定めた。
手のひらには不定形で不可視の大気の流れが巻き起こる。少しずつ形を形成していき、薄い刃となる。”地面を削ぎ落すように”と意思を込めた一撃。
直後、墓地を襲っていた小規模な火災は消えてなくなり一切の炎は姿を消した。




