六十二話 騎士崩れ
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「『セイ』って言うのはね、名前ではないんだ。彼の本当の名前は誰も知らない」
「本当の名前とは、一体どういう意味なのだ」
「『セイ』というのは一部の騎士に叙勲される名前なんだ」
叙勲か。それが意味するところが分からない訳ではないが、名前を与えるだけとはなんだか寂しいな。
「本来なら敬称を与えられて、領地も与えられる。と言っても、王都ほど広大な土地は無いから、貰える土地ってのは小さいんだけどね」
「で、その『セイ』ってのは、どんな勲章なんだ」
「貴族でも無ければこの町の人間でも無い者に与えられる名前さ。認めざるを得ない活躍をした者に与えられる”騎士”としての名前。
それが『セイ』」
部落差別のようなものか。出身や身分で区分が決まり、また職業だって定められる。農民の子は農民になるし貴族の子は貴族だ。
騎士にも同じ領分があるわけだ。
「元同僚って言ったが、何があって騎士から盗賊に転落するんだ」
「さあね。私は知らないや。命令違反とか、そんなところじゃないかな。村に帰ったものとばかり思っていたんだけどね」
「あの甲冑は騎士団の物と同じ甲冑なのか?」
「どうだろう。仮に同じ物だったとしても、黒く塗りつぶしてるから分かりそうもない」
セイとやらの手掛かりでも掴めればと思ったが、そう上手くはいかないか。まあいい。今日は休むとしよう。
「そんなに悠長に構えて、大丈夫なのか?」
「たぶんな。あんな脅し文句を言ったんだ、有効に使うだろう。今夜は来ない。一番辛いのはどっちつかずの状況なんだよ」
「そういうものなのか……」
「アトリア、あんたはどうする。今日は戻った方がいいと思うが」
「そうするよ。レヴに話して、どうするか対策を練る。まとまったら伝えに来るから」
「ああ。それと、傷を治してくれてありがとう」
アトリアは俺たちに背を向けて、部屋の外に出た。足音が遠ざかっていくのを聞いた。完全に無音になった部屋の中で、俺とフルブラントは明日以降の動き方を相談する。
「あの騎士崩れの者、どうするつもりだ?」
「もちろん倒すさ。でもまあ、武器は必要だな。棍棒でもあればいいんだが」
短刀で挑むには奴の防御力が邪魔だ。関節部を狙えば倒せなくも無いが、そんなことをしている余裕はない。それより棍棒などを使って叩いた方が早い。全てが致命打になるのだから。
メイスを買うかハンマでも買うか。槍でもいい。とにかく強い衝撃を与えられるような何か。
だから俺は立ち上がったのだ。窓の外を見る。怖気付いて部屋に篭っている場合ではない。
「今からメイスを買ってくる。お前は……いや、お前もついてこい。一人で行動するのは悪手かもしれん」
それから用心しつつ、俺とフルブラントは鍛冶師の店へ向かった。
扉をどんどんと、拳を痛めつけながら叩く。すると耐えかねた店主は勢いよく扉を開けて、怒りの表情で俺を見つめる。
メイスか斧。とりわけ鈍重な武器が欲しいと伝えると顔を綻ばせる。扱いやすいい店主で助かる一方、多少の罪悪感も覚えた。
「ウチにあるのはこれだ。個人的には斧槍がおすすめなんだがなぁ……誰も買い手が付かないんだよ」
「大きいからな。使いづらいんだろ」
そう言って、俺は片手でも十分に扱えるメイスを手に取った。重さは十分だ。片手とは言ったが、あくまで筋力があればの話。俺には縁遠い。両手で握ってやっとなのだから。
「これをくれ」
「はいよ。腰紐もあるが、一緒にどうだい? 取り扱いが楽になるぞ」
「そうだな……。それも貰おう」
素早く商品を買い、店を後にする。革製の硬く強靭な紐に通して腰に付けると、随分と楽だ。が革製の高い紐じゃなくてもよかったな。使ってみて分かることだ。
まあ引き返してやっぱり交換なんてする気もない。
「フルブラント、明日また教会に行ってくれ。どうせ、あの少女はまた本を読んでるだろう」
「わかった。ユウキはどうするのだ」
「俺はあの甲冑野郎と決着をつける。居場所は何となく分かるしな」
そう言って宿屋に戻る。夜を明かして太陽が昇ると、フルブラントは予定通りに教会へと向かった。
その背中を追跡するみたいに俺も、教会へと歩を進める。フルブラントは一向に俺の存在に気が付かない。隠密には自身がある。一人旅をしていると、穏便に済ませる方法と逃走術が自然と身に着くのだ。
「『風:とっぷう』」
教会から数軒離れた家屋。その屋根に、風魔法の反動で飛び乗った。いくつかの屋根を越えて、勾配の急な教会の屋根へとたどり着いた。鐘楼を間近に見ると、やはりその大きさに圧倒される。
「まさか自分から現れるとはな」
見惚れていると背後から声を掛けられる。甲冑野郎だ。明るい明るい昼間には、真っ黒な鎧の目立つ事この上ない。
「やっぱりここか。馬鹿と煙は高い所が好きとは言うが……限度ってものがあるだろう? いつもいつもこんな高い場所にいるのか。昼間に動けないのは、一体何が理由なんだ?」
嘲笑するようなわざとらしい言葉使いで問いかける。答えはない。腰の鞘を掴んで刃を引き抜くと、構えて俺に向けてくる。
「正々堂々、正面から戦おうってか」
「騎士は挑戦を蹴らない。私は、そう教えられた」
「教えに則っていてもな。お前のやった事は言い逃れできないよ」
直後、奴は駆け出す。軽快だ。まるで鎧の重さを感じさせない。足音は一定のリズムで、全く乱れがない。
メイスを掴んだ。だがまだ抜かない。腰紐に括り付けたまま、機会を伺う。
あと三歩。二歩、一歩。剣先が俺の目の前を通過した。左上から斜めに斬り捨てるような恰好だ。
それから返す力で、振り上げる。両手で掴んだからか、風圧が一層強まった。後ろに下がりながら、攻撃のチャンスを伺う。
突きの次は、どんな攻撃をするつもりか。横薙ぎ? そうだ。手首を回して剣を倒し、俺の首を刎ねようとする。ここか。握ったメイスを抜く。腰紐から取り外し、重いヘッドを叩きつける。
居合切りの要領で叩きつけた。胸のプレートに当たるメイス。ヘッドパーツ全体で与えた衝撃は、鎧の隅々まで伝わっただろうか。にしても重い。頭を狙ったのだが、狙いがズレた。
「ぐっ……貴様、武器を変えたか」
三歩後退し、甲冑野郎は呻いた。当たり前だ短刀で、誰が戦おうと思うのか。
「いいだろ、コレ。お前にはコイツが効くんじゃないかと思ったんだが、どうやら正解みたいだな」
「一撃入れただけで随分強気だな。これで優勢になったつもりか?」
「鎧って、衝撃を逃がしづらいだろ。こっちは刃こぼれの心配だってないんだ。適当に、お前目掛けて振るだけでいいんだからな」
「はっ、まさに下賤な発想だな」
「騎士様はやはり、言葉が硬いな。そうやって誤魔化してるのか? 騎士崩れの自分を。いや慰めか。だってお前、随分と騎士とやらに誇りを持ってるみたいだもんな」
その言葉は奴に火をつけたみたいだった。突進して、俺に切先を突きつける。一直線だ。小細工無しの真っ向からの力押し。
そんなものに付き合う必要はない。剣の横腹をメイスで打ち据えて、手のひらを向ける。
無防備に晒した脇腹に、俺は魔法を現象させる。トリナの使っていた、あの魔法。衝撃を生み出す、もしくは力場を発生させるあの魔法だ。
吹き飛びはしないものの、よろめく甲冑野郎。それでも向かってくるその姿からは、諦めの悪さを感じる。
何度も鎧を打つ。その度に呻き声をあげていた。最早、直剣を繰り出す力すら残っていない。呆気ないものだ。片膝を付いて息を切らし、そのまま。
これでは、殴ってくださいと言っているようなものだ。お望み通りにしてやろう。大股を開いて、最後の一撃をくれてやる。頭に入れよう。いや、腹部でいい。行動不能にしておかなければ。
奇しくも一撃目と同じ場所だった。フルスイングで打ちつけると、大きな苦痛の声と共に激しく吐血し、そのまま沈黙してしまった。




