五十九話 冒険者の一日
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「その、あれだ。何か理由があってやっているかもしれないだろ?」
「悪い事は悪い事だ。逆に善い事も、善い事だ。あの子が加担している事は明らかに悪い事であろう。やるべきは変わらない」
「ならいいけどさ」
フルブラントから元気が無くなった。あの底抜けた明るさがなりを潜めると、少し身構えてしまう。
「これからどうするのだ」
「鍛冶屋に行って仕事の出来を確認し、その後でギルドに向かう。依頼書に何が書いてあるかの確認をしてみて、ここらの後ろ暗い奴らの情報を買う」
そう言って、俺は坂の下にある鍛冶屋まで歩いた。扉を開いて店内を覗くと、俺の預けたローブで遊ぶ店主の姿があった。
弟子だろうか。歳の若い青年が一人いて、店主のローブを羽織った姿に遠い目をしている。
青年は客の来訪には気がついたものの、少年のように遊ぶ自らの師匠に何を言えばいいのか分からないみたいだ。
視線を彷徨わせて焦る。店主もようやく異変に気がついた。
振り返ると俺と目が合った。首にある留め具を外してカウンターに置くと、何事も無かったかのように話を始めた。
「ま、まあだいぶに早く出来上がってだな。め、珍しいものだったからついな」
後頭部を掻きながらも脂汗を滲ませる。
「元々それが狙いだっただろあんた。そもそも、ローブを直してもらうだけなんだから三日も掛からないもんな」
「そんな! ウチにも予約ってものがあるんですよ。三日は……多少盛りましたがね。でも本当に掛かるんですよ。いつもなら」
「それで、俺の頼んだローブはもう持っていってもいいのか?」
「ああはい、大丈夫ですよ。名残惜しいですが、お客様の物ですから」
手渡す際、こちらをちらちらと横目で見る。そんなに渡すのに抵抗があるのか。だがこれが俺には必要だ。悪いが返してもらう。
「じ、慈悲はないのか!?」
「必要なんでな。それで、どうやって治したんだ? 死霊王者のローブってのは特別な素材なんだろ」
「穴が空いてるところに、他の布を縫い付けたんです。手芸などの細かい作業は、僕の方が得意なので」
今まで黙り込んでいた青年が、初めて話した。通常の布よりも目の細かくて強い布を縫い付け、傷を補強したらしい。
修復過程を聞いて、俺は素直に感心した。俺にはできない事だから。
袖に腕を通して長い裾が床に届きかけた。
代金を支払うと店の外に出るが、最後まで交渉しようとする店主には呆れたものだ。
これからギルドに向かう。のだが、その前にフルブラントが気掛かりだ。ここまで落ち込む理由がなぜあるのか。
知り合いでもないし友人ですらない。ただの修道女の女の子に、何を感じたのだろうか。
「フルブラント、あの子と何か関係を持っているのか?」
「いや、見たこともない」
「じゃあなんでそこまで落ち込んでる。そんなに一目惚れしたのかよ」
「違うのだユウキ。彼女からは、悪意を感じなかった。彼女の声は清廉で気高く美しかった。それなのに……人攫いとは。裏切られた気分なのだ」
「声? お前って声で判別できるのか? そんなことを」
「声を聞けば、大概どのような人か分かるのだ。昔から、そうなのだ。君の声からは、淀んだ自我を感じるがな」
「なんでいきなり俺を刺すんだよ。まあいい。とにかく、あの子にも何かの理由があるのかもしらん。うまくいけば聞き出せるかもしれないんだ」
「だといいのだが」
鍛冶屋を出て日照りに焼かれながら冒険者の集うギルドにやってきた。
外からでも分かるほどの賑わいだ。中の声が漏れていた。
これはなんだか期待できそうだ。人攫いの情報や、傭兵に盗賊。そんなグレーな者共の情報が知れるだろう。
「だから! 何度も言ってるでしょうっ。団結して人攫いを捕まえてよ!」
「嬢ちゃん、依頼書出しなよ。まあ受けるかどうかは俺たちの自由だが」
「何度言っても、何度貼っても同じ事の繰り返しでしょっ!」
ギルドが酒場を兼用しているのは、やはりどこでも同じらしい。木樽がいくつもあるし、杯を持って歩く者がほとんど。
そして酒の肴にしているのは、中心のテーブルで喧嘩をしている男女だった。
まるで闘技場のようだ。真ん中の闘士が二人で、外を円形に取り囲む観客。
野次を飛ばしては勝負の行く末を楽しんでいるようだった。
俺の目的には関係ないだろう。というか、絡まれて面倒ごとに巻き込まれたくない。
受付に行こう。そこで話を聞けばいい。正しい情報の取得は、この世界の難問の一つだ。
「ん? ユウキ、あの方はアトリア殿ではないか?」
「誰だそいつ」
「レヴ殿と共に来ていただいた騎士の一人だ。何をしにこんな場所に来たのだろうな」
アトリア。そう言えば、そんな名前を名乗っていたかもしれない。が俺は特段会話をしたわけでもない。どちらかというと、レヴの方が印象に残ってる。
横を抜けてそろりと歩く。が流石は騎士と言ったところか。小さな変化も見逃さず、俺とフルブラントを視認したらしかった。
「あ、ちょっとそこの二人来て! この人たちを説得してよ!」
年頃の少女のような怒り方を見た。俺たちへ向けた大声のせいで、ギルドの大半がこちらに視線を渡す。
「あんたらも人攫い事件を追ってんのか。大変だな」
「ああ。応援していてくれ。この街の外から来た冒険者が見事解決してみせるからな」
踵を返してカウンターに向けて歩き出した。がその瞬間、バンという大きな破裂音に似たものが聞こえてくる。
肩を震わせてしまった。大きな音には弱いのだ。振り向くと、何故か俺は敵視されている事に気がついた。
フルブラントと目を合わせるが、奴は俺から距離を取り始める。こいつは元気がないんじゃ無かったのだろうか。
「挑発のつもりか?」
「何故そうなる。別に悪いことを言ったわけでは……」
「俺たちが役立たずだって言いたいんだろ? 冒険者なんて、盗賊崩れだって」
「おいおい待て待て。俺たちは同業者だろ。誰かを馬鹿にしたら、それは全部自分に返ってくる。そんな馬鹿げた煽り文句、言うわけないだろ? 少し冷静になろう。酒を奢る。まあ飲もうじゃないか」
冒険者は酒に弱い。それはもちろん俺もだ。まあ俺の場合、弱いの意味が違うのだが。
払うつもりも無かったのに、何故だか一気に持ち金が無くなる。人生、何が起こるか分からないものだ。
冒険者たちは俺の奢りということで、各々の好みを注文する。そんな俺の注文は、散り散りになって一人で飲んでもらう事だった。
「それでなんであんたはここにいるんだ。騎士だろ?」
「冒険者にも手伝ってもらわないと。団長は頭が硬いし、小隊長たちもみーんなおんなじ」
「依頼は出してるんだろ。なら誰か一人でも捉まえられたんじゃ」
「うまくいかないんだよっ! みんな笑ってバカにして。きっと街が嫌いなんだよ!」
アトリアは杯の中身を一息で飲み干した。頬が赤く染まり、瞼が半分閉じている。
「アトリア殿、落ち着いてください。手伝ってくれる人もいますでしょう」
「誰もだーれもいないの! どうにかしてよフルブラント君」
アトリアは泣きながらフルブラントに抱きついた。かなり酔っていた。一杯でここまでなるのなら、何故一気飲みをするのだ。頭が痛くなる。当初の目的が逸れている気がする。
困り果てたフルブラントは、俺に救援を求める。だが俺だって、どうすればいいのかなんて知らない。酔った人間の介抱なんてした事がない。
「俺たち……ここには情報を買いに来たんだ。それなのに……なんで酔っ払った騎士の介抱をしなくちゃいけないんだ」
「し、仕方がない。あの輩共に、アトリア殿を任せる訳にはいかぬだろう?」
「はぁ……騎士団は何処だ?」
「確かギルドの真反対。ちょうど端っこと端っこだな」
何故外を出歩いているかというと、それには深い訳がある。アトリアは酔いが回り、耐えきれなくなって吐き出した。
給仕の女性が吐瀉物を処理している最中、あろう事かもう一度、アトリアは吐瀉物を床に撒いた。
それがいけなかった。ギルドと冒険者と給仕の怒りを一身に受け、彼女は外に叩き出される。だが歩けない。足取りも千鳥足となって危険だ。
フルブラントは優しく気高い志を持っている。酒で潰れた知り合いを放っておくほど、彼は落ちぶれていない。
だから俺たちはこうして騎士団の兵舎へと向かっていた。
「ユウキ、何者かが追っているぞ。付かず離れずで、私たちを追跡している」
「やっぱりか。ずっと視線を感じるし、なんだか一定間隔で足音が聞こえてたもんな。お前、本当に感覚が鋭いな」
「両親のおかげだ。どうするのだ。このまま騎士団の元へ向かうのか?」
「それでもいいが……その前に奴ら、おそらく仕掛けてくるぞ」
人数だけで言うと三人。だが、一人は酔い潰れていて、もう一人はそれを背負っている。
実質戦えるのは俺だけ。隙を見せたら、ぱっくりともっていかれるのが目に見えている。
「路地に入って俺が戦う。お前はアトリアを連れて、囮になってくれ。いいか、戦おうとするな。俺がやる。走るぞ!」
「あい承知した」
目論見通りの狭い通路。昼間だと言うのに暗いそこに、俺とフルブラントは走り出した。




