五十八話 犯人の正体
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「ユウキ! 何があったのだ。なぜ逃げる? 一網打尽にするチャンスではなかったか?」
「面倒な奴がいた。今の装備じゃ勝てない。それに騎士団の援護も期待できないとなると逃げるしかない。親玉の片割れはしっかり見えた。腹いせに、明日から脅してやる」
俺は教会に背を向けて全力で走っていた。有象無象が向けてくるナイフや短い斧は脅威ではなかった。運の良い事に、魔法を使う者は一人もいなかった。
これなら無事に切り抜けられる。勝てなかったとしても被害を残して逃げ切れる。
そう思った矢先にあの男が現れた。突然刺しこまれた刃は重く、その一撃はスガルの一刀を思い出させた。
それからあの男と戦うのは得策ではないと思い知ったのだ。暗がりでかつ相手のテリトリー。対して俺は、怪しまれないように鞄の中身に碌な物を詰めてはいなかった。
短刀だけで勝てる相手ではない。魔法を使えるにしても、狙いが定まらなければ意味がない。
逃げる口実は十分だった。背後の扉目がけて走り出すと、男は追跡しようとしたみたいだったが、鎧を身に着けていて俺よりも遅い。
追いつけるとしたら木っ端共のみ。
そして実際に、俺とフルブラントに追いついてきたのは今までで二人。それに、もし追いつかれても奥の手がある。とっておきだが、外でしか使えない切り札が。
「ユウキ、なにか……馬? の蹄の音がしないか」
「しない。というか、聞き分けできるのか? 耳いいな。今は逃げるぞ」
「いや、間違いない。馬だ。馬が追って来ているぞ」
フルブラントは俺の背中を追いかけながらそんな物騒な事を口走る。馬の足音どころか人間の足音すら聞こえてこない。俺の息切れの声が大きいからだろうか。
「フルブラント、本当に来てるんだな。言い切れるんだな」
「絶対だ。あともう少しで追いつかれるぞ! 馬は人より速いんだ!」
「分かった信じる、信じるから! 空を見上げるなよ。目が痛くなるからな」
そう言って俺は手のひらを、真っ暗な夜空に向けた。今日は雲一つ無くて遠い遠い向こうの星々がよく見えた。
俺は一つの魔法を詠唱する。
「火:炎矢」
手の平からは赤い矢が出現した。直上に向けて放ったそれは細くて先端の尖った炎の魔法。速度を調節したためにゆっくりと昇っていく。
続けざま、俺は得意としている風魔法を使用する。
「風:とっぷう」
今度はいつもと同じ、いやそれよりも速いか。炎の魔法に向けて、渾身の風属性魔法を放つ。
空中でぶつかりあった。俺の予想では、風が炎を巻き込んで大きくなると思ったのだが、そうならない。思っていた様子と違った。もっとこう、大きく強く光ってくれるかと思ったのだが、ただ炎がそのまま大きくなったかのような。
とにかく、街の何処にいようとも見えるほどに輝く炎では無かった。花火を期待していたのだ。光ればそれだけ注意を引く。そうなったら、表立った行動を嫌う人攫いは踵を返すだろうと。
「ユウキ、やっぱり追って来ていただろう。今なら聞こえるんじゃないだろうか」
「ああなんだか、分かる気がする。振動が伝わってくるし」
馬に跨った鎧の男。俺達を追跡してきた男。詰まるところ、巷を騒がせている人攫いの親玉だ。その様相は騎士そのもので、フルブラントは明らかな嫌悪の感情を見せていた。
「俺達は二人だ。隙を作って逃げるぞ」
耳打ちしつつ、武器を引き抜いた。どうするか。馬の脚は強靭だ。一蹴りで死ぬ。仮に助かっても戦闘不能だ。加えて騎士擬き。剣術の腕前に身体強化魔法。
じりじりと、俺の脚が前に向かっていく。先手必勝。だが、下手に飛び込みたくはない。誰だって死にたくなんかないのだ。
そんな時だった。助け船が現れた。
「おい貴様ぁ! 今が夜だって事を知っているのか! というか誰だ、空に向かって魔法を放ちやがった馬鹿者はぁ!」
背中から怒号が聞こえて来た。すると騎士擬きは一瞬の内に消えてしまった。馬の走り去る後ろ姿だけが見えて。けれどそれはどんどんと遠ざかって行った。
松明を持って現れたのは四人ほどの騎士。兜を脱いでいて、その頬は赤らんでいた。十中八九、酒を飲んでいたな。
「き、騎士様! あれです。あの馬に乗った奴です! あいつが急に、詠唱し始めたんです。そしたらそしたら、空に向かってですね……」
「馬だとぉ、街で馬に乗っておるのか! 騎士団の許可もなしに好き勝手にしやがってぇ……とっ掴まえてやる! おいお前ら、もう帰れ! 夜は危ないぞ」
「了解しました、俺達はもうかりますので。行くぞ、フルブラント」
「んな! ま、待てユウキ! 全てはなし…………」
危ないところだった。ここでうっかりにでも話をしたら、いくら酔っているとはいえ根掘り葉掘り事情聴取だ。それは避けたい。
フルブラントの口を塞いで音が出ないようにして引きずる。にしても重い。筋力が足りていない証拠だ。
騎士のグループが見えなくなった所で解放する。息切れして膝に手を置いて休んだ。
「何をする! 彼らに話をしたら、解決したかもしれないだろう」
「落ち着け。そうなったら今から連行される。それに、女の子の顔は見たが、甲冑の男は顔が見えなかった。素性が分からないんだよ」
「むう……理由があるのなら、まあ……。分からなくもないか」
「そうそう納得してくれ。今日は宿屋に戻るぞ。休もう」
夜遅くに帰って来たにも関わらず、宿屋の扉は半分、開いていた。不審に思いつつ身構えて、扉を開け放つ。杞憂だった。単に店主が夜更かしの常習犯なだけだった。
「それでその女の子とは、一体どのような者だったのだ? もしや知り合いか」
今日もベッドで眠ろうとしているようで、フルブラントはフカフカの布団の上に腰を下ろした。
「残念なお知らせだが、お前が教会で見入ってた女の子だよ」
「そんなバカげた話は無いだろう。第一、教会に属する修道女が人の道を外れるような事をするわけがない。見間違いか何かだろう?」
「見間違いかもしらんな。だから明日、教会に行くぞ。もう一度だ。同じ少女が話していればいいんだが」
「あの少女は人攫いなんて、そんな事はしない。関与するはずがない。あの少女はきっと善い心を持っているはずだからな」
「一目ぼれしたのか? どちらにせよ、明日分かる」
そうして日は巡り、朝日が俺達の体を照らした。準備を整えて坂を上り、鐘楼のある教会を目指す。昨日も通った道だ。だが神経を張り詰める。心配性と揶揄されても仕方がないほどに。
「もし……もしだぞ? 教会にその少女がいたら、君はどうするんだ。顔を知られているのだぞ」
「宣戦布告だよ。と、心では思っている。がそうはいかないだろうな。お互い、抹殺対象だから。だが同時にチャンスでもある。互いが互いを知っているんだから、相手は先手を打ちたがる」
「じゃあなおさらダメではないか!」
「俺は冒険者だ。騎士じゃない。手段ならいくらかある。一番いいのは、宿屋に突撃してくれる事だな。そうしたら袋の鼠だ」
「な、なにを考えているんだ。そんな真面目な顔をして……」
「無関係な人を傷つけたくないのは、わかるだろ。手段ってのは、予め用意しておかないとな」
そういって、昨夜とは打って変わって真っ白で清廉に見える教会。その中に入り込んでいった。相変わらずに整頓された長椅子。空いてる席に、二人の青年が座る。
もちろん、俺とフルブラントの事だ。
台の前で一冊の書物の言葉を話しているのは、昨日とは違った少女。だがまた、修道女の類だった。白星教とやらは余程女性にこだわりがあるらしい。
それからいくらか人員を交代して、その時はやって来た。少女は他と変わらぬ深い紺色の修道服。頭には布を被っていない。胸にペンダントのような物も付けてはいなかった。
位が低いのだろうか。今はそんな事を気にしている場合ではないか。
「『星の光りぬ夜は……』っあ」
「フルブラント、いいお知らせと悪い知らせだ。一挙に襲ってくるから覚悟しろ」
「……勿体ぶらなくていい。彼女なんだな」
「ああ。言いたくはないがな」
少女は俺を見つけた。それゆえに言葉に詰まった。目的は達成した。これ以上ここにいたら何があるか分からない。
逃げられる内に逃げておこう。俺は失意のフルブラントを連れて外に出た。




