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五十五話 

読んでいただきありがとうございます!

 良い物を見させてもらったし、そろそろ宿を探そう。あの面倒くさい奴も地面に伸びている。今しかチャンスはない。


 思いの外、街には人がいる。騎士団の凱旋があったからみんなそっちを見に行っているのかと思っていたが、あそこに集まっていたのは街の一部の住民だけのようだ。


 考えてみれば年齢層は極端だったか。年老いた者か子供が多かったようにも思える。他の、いわゆる働き世代は商店だの店先だので商売中だ。

他の街より露店が少ない。ほとんどは屋内で商売しているようで、風に晒される果物や野菜の類がないな。


 だが手軽に買えないのはもどかしい。いつもなら適当に、銅貨をちらつかせたら持って行って食べるのに。まあ寄り道しなくてもいいのはありがたいか。

腹の音が雑踏に消えていく。そんな中、年老いた一人の老人を掴まえて、宿屋について尋ねてみる。


「宿屋かえ。そうだな……この道があるだろう? このまま真っ直ぐ行くと、薬草を売っている店がある。そこを右に曲がってまた歩けば、看板が見えるはずだ」

「わかった。このまま真っ直ぐ行って、薬草売りの店だな。助かる」


 老人は「おやすい御用だ」と言って、俺とは逆方向に歩き出した。

坂道となっている目の前を上ると、薬売りの店か。通り過ぎないように、辺りをよく観察しながら歩くことにしよう。


 緩やかな坂道だが数多の建物が左右に広がっているために、なんだか圧迫感を感じる。談笑する住民が多く、情報のやり取りが盛んだ。もしかすると、冒険者なんかよりも知っている事が多いかもしれない。


 このまま上がり切れば広場に着くだろう。広場があるとしたら、街の中心なんだから当然だ。尤も、坂を上り切った先が街の心臓部なんて保障はどこにもないのだが。


 そうして歩くと薬草売りの看板が見えた。小さく描かれた緑色の葉が、目印だった。


「ここを右だったか……」

「ユウキ! どこに向かっているんだ?」

「わぁ! びっくりした。なんでついてくるんだよ……」

「水臭い事を言わないでくれ。私たちはすでに友だろう? なれば、散歩をしていても違和感はない」


 背後から快活な声を響かせたのはフルブラント。どうやら、道行く人に尋ねては俺を追跡してきたらしい。


「さっきも言ったけど、宿を取るだけだぞ。それ以外に何かやる事は考えてないからな」

「私も泊まる場所が欲しかったのだ! ちょうどいいな!」

「金をやるから俺から離れた部屋を取ってくれよ」


 そうお願いする。フルブラントは何か言葉を付け加えはしなかった。本当に、金をやるからどこかに消えてほしいかもしれない。

薬草売りの店の前を通り過ぎる。まさにその時だった。突然、扉が勢いをつけて開いた。


 顔を覆う黒い布に真っ暗なローブ。二人組の男だった。小脇に小さな子供を抱えていた。人攫いだ。一目で理解できる。慌てて外に出ては、一瞬で逃げる方向を決断する。が、足取りや焦り方からして、初めての犯行に思える。


 第一、白昼堂々、住宅街の真ん中人混みで事を成すなど、それこそ経験者の手口には思えない。


 助けようとする者は現れない。距離はどんどん離れていく。談笑の声は聞こえなくなり、静まる。暗いローブの翻る背中が、もはや小さく映る。

俺も面倒ごとは御免だ。知り合いでもなければなんでもない。どうなろうと俺の知ったところではない。


「ユウキ、追いかけよう」

「一人でやれ。俺はいかない。殺されたらどうする」

「幼子の命が賭かっているのだぞ! なぜそうも冷酷なのだ」

「子供を助けるのが俺の仕事じゃないんでな。お前は騎士になりたいんだろ?

なら、証明するチャンスだ。俺も、他の冒険者を呼んでくる。戦闘が得意な人間をな」


 そう言うと、フルブラントはやや信用してくれたのか走り去ってしまった。


「方向が宿屋と一緒だな……。少し待つか」


 石畳の上に腰を下ろす。不謹慎かもしれないが、薬草売りの店の壁に寄り掛かるとしよう。もう少しだけ座ったら、宿屋を目指すか。


 数分経った頃だろうか。なんだか、太陽の光が眩しい。俺を咎めるみたいだ。鬱陶しい光から逃げるため立ち上がると、不意に扉が開いて鈴の音が響いた。

中から出て来たのは、俺よりも幾分も背の低い男の子だった。


 彼は俺を見るや否や口を開く。だが言葉が出ずに泣き出してしまう。逃げることもできるが一応、話だけでも聞いておこう。


「なんで泣いてるんだ。さっき攫われた子供の兄妹か?」


 質問すると頷く。この後の展開は予想できた。


「……助けてほしいのか。悪いが、力にはなれそうにない。俺は冒険者だが、戦闘が得意じゃないんだ。それに、騎士見習いとはいえ剣士のお兄ちゃんが追って行った。大丈夫だ。安心して、お前は温かい場所で待ってろ。

無事に帰って来るさ」


 そうあやして、泣きじゃくる男の子を店の中へと帰らせる。後ろめたさが現れた。絶対に無事だとなんだの言ったが、確証はどこにもない。

解体されてるかもしれない。縛られて、どこかに売られるのかもしれない。身ぐるみを剥がして玩具にされているかもしれない。


 どうなっているのか分からない。無暗な約束はしない方がいいな。肝に、銘じておこう。


 宿屋に着いた途端に耳に響いた金属音。それは、きっと影になっている小道で行われている。少しバックして辿った道に戻ってみる。枝分かれした何本もの路地の内の一つで、それを見た。


 ある一人の青年と黒ずくめの二人組。互いに向かい合って、武器を向かわせる。


 優勢なのは黒ずくめの誘拐犯たちだった。青年、フルブラントは息も絶え絶えで今にも力尽きそうであった。

なんとか保っているのは、騎士への憧れからか守るべきものがあるからか。


 どちらにせよ、現実として彼は諦めてはいない。


 知らぬ存ぜぬで去る事はできる。それが最善手だ。だがこうも真剣な姿を見てしまっては、見過ごす事もできない。俺とて、悪人ではない。


 正義の味方を気取るつもりはない。それには、力が足りない。経験が足りない。


 名前は記号であるがゆえに力を持っている。俺は名乗りをあげたくなんかない。だが何者でもなくても、手を差し伸べる事は許されるのではないだろうか。


 一度その手を払い除けてたとしても。結果良ければなんとやらと言う。俺はそれを信じるとしよう。


 腰の鞄から、小ぶりなナイフを二本引き抜いた。体の全てへと魔力を集中させる。末端の神経系すら伝達される魔力。


 鮮明に映る二つの影。黒というのは、完全な保護色にはならないのだと言う。訳は、自然界にある黒よりも黒く、返って目立つのだと。

今なら良く分かる。


 刃の背中、人差し指を這わせる。重心を見極めて回転をかけたつもりだ。俺の手を離れたナイフは、路地の暗闇を進むと人攫いの二人へと到達した。


「ぐっ、がああ! な、なんだこりゃあ」


 毒でも塗っていたらこれで終わっていただろうに、俺は毒の調合ができない。目潰しの調合で精一杯だ。

加えて片方の男はナイフを弾き落とした。


 背中側に隠してある短刀を引き抜く。

走り出すと、フルブラントのすぐそばを通り越して人攫いへと白刃を向ける。


 太陽の一瞬の煌めきが刃に反射すると、その軌道は読まれてしまった。掠りもしなかった短刀は空中を彷徨う。


 どちらに避けた。左だ。だが左に持ち替える時間が惜しい。一時だけグリップから手を離す。逆手に持ち替える。そのままスライドさせるだけで切り付けるという算段だった。


 横に逸れた男の腹部に一の文字を刻むが如くに切り付けるが、踏み込みが浅い。皮膚の一番上を裂いたに留まる。


「や、やめろ! 俺が相手だっ!」


 すると今度は俺に危険が迫った。知覚強化した俺は運ばれてくる短いナイフを見切る。極めて簡単な事だった。


 腕を掴んで引っ張ると顎を蹴り上げる。膝の皿が割れるかと思ったが、先に割れたの男の顎。奴は崩れ落ちるとそのまま動かない。


 残ったもう片方の人攫いも始末しよう。しかし、一瞬の内に姿をくらました。どこだ。上か。右からか? それとも背後。くそっ、フルブラントは何も言わない。


 その時、突然目の前へ切先が飛び出していた。避けれるか。いや無理だ。知覚強化は体の加速までは保証してくれない。

頭を逸らすにしても、間に合わない。


「っう、ぐ……」


 咄嗟に、無意識に。俺はある魔法を使ったようだった。その全てが目に入っていた。


 人攫いの男はナイフごと吹き飛ばされて、石の壁に激突していた。内臓が潰れたのか、かなりの量の血を口から吐いていた。


 一体何だ。俺は何の魔法を使った。風だろうか。いや、違う感覚があった。先ほどのはそう、トリナの使っていた魔法。

死霊王者から俺を救ってくれた時の、あの反発するような力。


 継承した魔力と魔法。俺は知らぬ間に、トリナの技を貰っていた。


「助かったユウキ! やはり、君は来てくれると思っていた!」


 深刻な疑問が生じたというのに、フルブラントは呑気であった。とりあえず、二人は意識を失っている。この隙に衛兵か騎士を呼んできてもらおう。


「フルブラント、騎士を呼んできてくれ。こいつらが目を覚ます前に。できるだけ早くな」

「あい承知した。この子の事は頼むぞ! ユウキ!」


 そう言って、体を引きずりながらも走り出すフルブラント。俺は路地の端で転がされている少女の拘束を解いた。


「怖いかもしれないが、ここにいるんだ。いいか、俺が守るから。さっきのお兄ちゃんが騎士様を呼んできてくれる。それまで待てるか?」

「うん…………」


 ぐすんと鼻を鳴らして、少女はそう答えた。懸命な子だ。それから程なくして、フルブラントは戻ってきた。数人の鎧を纏った騎士を連れて。


 彼が戻ってくる間、人攫いの二人は目を覚ましたが、その瞬間にまた眠らせた。今はおとなしいはずだ。


「こいつらは……」

「このローブ。また奴らですね。まさか、この街でこんなに大仰に動くだなんて。大した自信です」


 連行される二人の犯人。その姿を見送った騎士は、なにやら深刻そうな話を始めた。


「『また』って事は、何度か起きているのか? 今回の人攫いみたいのは」

「ん? ああ、そうだ。ここ数ヶ月だ。この短い間に、我々が対応しただけでも八件は起きている」


 我々が対応しただけでも。と言う事は、実際の数はもっと多い。そして潜在的な脅威はそれよりも。倍々ゲームのようだ。


「犯人像は分かっているのだが、奴らは姿を表さないんだ。部下、というよりは、金で集めたような突発的な人材を多用していてな」

「大元の足取りが掴めないって事か」

「そうだ。とにかく今回は助かった。助力、感謝する」


 そう言って。路地に取り残されたのは、俺とフルブラントだけ。宿屋が近いため、このまま向かおう。

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