五十四話 決闘騒ぎ
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「私の両親は漁をやっていて、父は優秀でな。簡単に、幾匹も魚を捕まえてしまうんだ。一度の漁で、かなりの数がな……」
「へぇ。そいつはすごいな」
適当に相槌を打っておこう。決闘を言い渡されてから、はや一時間は歩いている。その間、こいつのお喋りが止まることは無かった。
隣を歩いているはずなのに、疲れた様子もなく話し続ける。底なしの体力と話題だ。
「でな、話は変わるんだが言い伝えによると、両親は水の精霊と仲が良くてだな! 私もその血を引いているということなんだ。いつの日か私も、水の精霊に相応しい騎士となり、お迎えにあがるのだ!」
握りこぶしを作って目を輝かせる様子は少年のようであった。世間知らずというかなんというか。少なくとも、両親に大切に育てられたのは理解できた。
「ところで、名前はなんというのだ。私はフルブラントだ」
「必要か? どうせメルサスに着いたら別行動だ。それに俺以上に優秀な冒険者なんて腐るほどいるぞ」
「なんと! この出会いに何も感じないのか? それは悲しき事ではないか」
リアクションに対応するのも段々と疲れてくる。メルサスまで歩くと決めた事を、早くも後悔しそうになってしまった。
「す、すまないな。ユウキと言うんだ。ま、まあ短い旅路だけど、よろしく」
本当に短い旅路だ。メルサスまではそう遠くない。もういくばくか歩けば、たどり着くはずだ。事実、何やらそびえたつ壁が見えて来た。
目印に進み続けると着いた。ここがメルサス。城壁は、アグリカと比べるとあまりにも頼り甲斐のない。小さい。
城壁と言うより、木の柱だ。いくらもいくらも繋いで壁の如くにしているのだ。
これなら見晴らしの良さも納得である。ところが、街を見たことがないのか、フルブラントは辺りを見回してはどこかへと消えていく。
かと思ったら、両手に荷物を抱えて戻って来る。金は持っているのかと尋ねる間もなく、店主と思しき人物が困り顔で登場する。
「お客さん! お金を払ってもらわないと……」
「ああ、すみません。俺が払います。知り合いなんですよ」
そう言って、店主の提示した額を支払う。おそらく、吹っ掛けられている。
ただの石に価値なんてなかろう。魔石だの輝石だのなんだか言っているが、使えない物ならそう大差はない。
「お客さんが来てくれるのはいいけど、無言で持ってかれるとこっちもねぇ……」
「代金は払ったんだから、それでいいだろ」
「盗まれたらこっちは店畳まなきゃいけなんだろ!」
「金が入ったんならそれでいいだろ。だいだい、あんたの提示金額通りだ。文句を言われる筋合いはない」
まだ何か言いた気だったが、俺は無視して歩き出す。宿を取って、いいかげん休みたい。野宿は飽きた。
「ユウキ、さっきの物言いはいけないだろう。私が悪いのだから、店主は正当だ」
「じゃあお前は金が無いと買い物できないって知ってたのか。なら、なんで勝手に持ち出す? ダメだと分かってるんだろ」
「あまりに珍しい物だったのでな! 思わず持ってきてしまったのだ」
「…………お前歳はいくつだ」
「14だ」
「なあ、その歳で冒険に出るってのは普通の事なのか」
「冒険のために出たわけではないが、10を超えたら仕事に就くだろう。もしや、私たちの村だけの風習なのか」
俺よりも歳下であったか。だが世間知らずなのは歳のせいではないだろう。学校という教育機関がないのだ。少なくとも俺の知っている限りでは、通える人間は限られている。
フルブラントは学校とかに通っていなかったのだろう。金の概念は知っていても使い方を知らないとな。先ほどの魔石やらと同じだ。
「まあいい。俺は宿を探すから、お前は適当に歩き回っておけ」
「なあユウキ。なんだか皆、浮足立っていると思わないか?」
言われてみればそうかもしれない。なにやら走っては列を成し、顔を見合わせている。
「なにか始まるんじゃないか? 私たちも参加しよう!」
「お前だけで参加するといい。俺は宿を取らないといけない」
「宿ならいくらでもあるだろう? これは今しか参加できないかもしれないのだぞ!」
「……そうだな。参加するか」
隙を見て逃げ出そう。騎士見習いどころか田舎出の剣士に補足されるほど、やわな鍛え方はしていないはずだ。
そうして、何かの祭りが始まる。馬に乗った人間。鎧のぶつかり合う音。光の反射している。フルブラントが釘付けになっているのを見るに、本物の騎士様のようだ。
徐々に近づきその姿が鮮明になってくる。ガチャガチャと喧しい騒音を響かせながら、街の中央を闊歩している。
住民たちも、歓声を上げながらその凱旋を祝った。どこもかしこも馬鹿ばかりだ。この騎士たちが何をしたのか理解してるのだろうか。
どうせ魔物退治だろう。一番後ろに見える巨大な魔物の死骸を見たら予想が付く。
確かに凄い事ではあるが、街を挙げて祝う事柄でもなかろう。人の間を縫って歩く。
このような凱旋に参加して時間を逃していたら、宿が埋まってしまうかもしれない。上等な宿は、いつだって取り合いだ。
「そこの者! 我々の進路を妨害し、何のつもりだ!」
罰するような声が聞こえた。列の一番前、騎士の先頭集団が発した声だった。その更に前へと躍り出るのは、馬にも乗れない騎士の見習いだった。
見習いという言葉すら相応しくないその男は、声高らかに名前を叫ぶ。
「私はフルブラント! 騎士を目指し、日夜鍛錬に勤しんでいる身だ!」
なんだかおもしろくなってきた。こう言った催し物は大好物だ。なにせ、あの五月蠅いだけの騎士見習いが惨めに倒されるのだから。
「はっはっはっ! 気骨のある若者だ。よし、いいだろう。要件は何かな、騎士を志す若者よ」
兜も被らずに話かけたのは、整えた白い髭を口に蓄え、ウェーブ掛かった癖っ毛を持った一人の騎士。豪快な笑い方。というよりは気品のある笑顔を作る。
わざわざ馬を下りてフルブラントの前まで歩いてくると、その威厳を持った立ち振る舞いに圧倒される。
「私と、手合わせをしてもらえないだろうか! 貴方に決闘を申し込むのは、些か未熟ゆえに、指南頼みたいのだ!」
つまり、フルブラントは俺になら勝てると踏んで決闘を挑んだわけだ。腹積もりを知ると本当に胃がムカムカするような奴である。
「うむ、いいぞ。ならばその腰の剣を取れ。我々騎士は、真剣での訓練しか行わないのでな」
「この御恩は忘れませぬ。ではいざ!」
互いが腰の剣を抜く。フルブラントの方は、勢いに任せた思いきりの良い姿勢だ。対して騎士の男は、鞘に手を当てて静かに引き抜いた。
切先の二つが交差して対角線に向かい合う。
始めに仕掛けたのはフルブラント。挑戦者である彼は、いつだって攻め込む側なのだ。攻撃しない手はない。剣筋は中々のものだろう。素早い連撃は、確かに剣の重さに振り回されている。だがそれすら技の一部として扱い、体重を乗せる一刀。
騎士の方も、フルブラントの将来性を見ているのだろう。あえて手を出さずに防御に徹している。
何度打ち込んでも騎士の剣はピクリともしない。諦めないフルブラントの姿勢は、正に騎士道と評しても遜色ないと感じる。だがここが、冒険者との違いでもある。
俺はこの攻防、いや手合わせを無意味だと感じつつ眺めていた。当たらない攻撃に届かない一刀を、一体いつまで続けるつもりなのだろうか。
俺ならば……そう俺ならば、魔法を使う。それが駄目だったなら、投げナイフを投擲しつつ距離を取る。
勝つという意識を捨てて、逃げるために戦う。目つぶしを投げるだろう。油を敷くだろう。そうやって活路を見出す。だがこれは手合わせ。フルブラントは諦め悪く剣を振り回す。
そして余興は終わる。突然、騎士の男は腰を低くして剣を水平に構える。それは丁度、フルブラントが剣を引いた一瞬だった。
金属の衝突音は気持ちの良い高い音を奏でた。同時に、フルブラントの直剣は空へと打ち上がった。
風切り音と共に地面に着地して、剣は手を離れる。
「若者よ、これで満足かな?」
騎士の男は依然、余裕たっぷりと言った様子で剣を鞘にしまい込む。フルブラントは片膝を付くと、格式ばったお辞儀を始めた。
「手合わせの程、大変恐縮でした。ありがとうございます」
直後、二人は慣習の拍手の音に包まれた。




