五十三話 釣果で空腹
読んでいただきありがとうございます!
川に糸を垂らしながら、俺は水面を眺めた。波紋が円形に広がる様子を眺めながら、今日の昼ご飯を想像した。ここ数日の飯は釣果次第。稲作も狩りも、知識や経験を持たない俺には手の届かないものである。
金が底を付いたわけでは無い。冒険者として稼ぎはあるのだ。けれど使う店が無ければ無用の長物になる事ぐらい、分かっていた事だ。
だからこうして流れの穏やかな川で釣りをしている。お手製の釣り竿には虫を括りつけているものの、これでいいのだろうか。
いつもはミミズにも見える虫を、地中から引っ張り出して使っている。のだが、今日は違う。硬い甲殻を持った黒光りする虫だ。
食らいつきがあまりに悪い所を見るに、魚共はこの硬い甲殻をあまり好かないらしい。
こうして数分間、加えてもう数分を無駄にしても良いが、どうしたって腹は減る。
切り上げ時を見つけて、次の集落を目指すとするか。
とっくの前に溺死してしまったであろう釣り餌。引き揚げ、じっと観察する。
「こんなのでも栄養になるか……?」
現代的な感性でいけば、野生の虫を生で食べるのはタブーだ。加えてコイツは川に長い間漬けていた。細菌と寄生虫だらけだ。
けれど俺は、これまでの一人旅で自身の体の頑健さを知っている。
というより口が寂しい。一日二日だけの空腹とはいえ、動いていれば活力は枯渇していく。寝る時にすら気を張り詰めていれば尚更だ。
六つある脚の内、ただの一つも動かさない。そんな黒虫を躊躇いも無く口に放り込んだ。
細長い数本の脚全てについていた逆棘のような引っ掛かり。コレが口に刺さって、億劫だ。甲殻をかみ砕くと、中にあるどろりとした体液の味を知れた。
土臭いと言うか、生臭いと言うか。なんと言うか、独特だ。
バリバリとした食感はスナック菓子のようであった。経験とは良い物だと思える。まあ、虫は嫌いだが。
お手製の釣り竿から糸を外す。枝はどうでもいい。そこら辺に落ちていた枯れ枝の類だ。どこでも拾える。
普通よりもいくらか頑丈な作りの糸は丸めて腰の鞄にしまい込む。
地面に敷いて、尻を傷めないようにと広げていたローブも回収した。
歩き出す。次に目指している集落は小さな小さな集落だ。おそらく、これまで訪れた何処よりもだ。誰に聞いてもこじんまりとしてるとしか聞かないのだから。
雑木林みたいに緑が生い茂った左右を眺めて、俺は舗装された土の上を歩く。
馬車が走っている。金を払えば乗せてくれるだろうか。頼み込んでみるかと、走る馬車の前に飛び出した。が、止まる気配がない。危うく轢かれるところだった。
強い日差しの下、どれほど歩けばいいのかも分からない。それなのに一人で歩かないといけない。憂鬱だ。目印すら無い。
「すまない! 貴方は冒険者だろうか?」
背後から突然声を掛けられる。振り向くと、馬に跨る騎士の姿がそこにあった。
「そうだが、冒険者に用があるのか? それなら道を真っ直ぐに進むといい。地図によるとメルサスっていう街があるみたいなんだ。そこなら、冒険者のギルドだってあるだろう。俺はその街を越えないといけないからな。すまないが、力になれそうにはない」
適当な事を言って、あしらうか。
メルサスは壁に覆われた街だ。アグリカのような城塞都市とまではいかないが、魔物などの攻撃から身を守るための大きな壁を持つ街。なんでも、王族がいるとか。
まあ、その王族と言っても種々雑多だろうが。
メルサスよりも先にある小さな集落は、性質上盗賊が多い。そこならアリスの目撃情報があるのではないかと思う。だから俺の目的は、メルサスではない。
騎士様には残念だが、他の冒険者を当たってもらおう。
「私の目的は、騎士として高みに至る事だ! そのために、貴方には決闘を申し込みたい!」
あまりにも予想外だった。装備も戦闘様式も違う者同士が戦って、何か得る物でもあるだろうか。俺は無いと思う。少なくとも、騎士には騎士の戦い方ってものがあるだろう。
冒険者はどちらかと言うと、狩人に近い。魔物を狩っているのだからな。
「申し訳ないけど、決闘は受けない。あんたは俺より強そうだ。俺は俺より強い奴と正面切って戦うつもりなんてないんだ」
「確かに強き者と戦うのは勇気が必要だ。だが安心してくれ! 私はまだ見習いだ! だから頼む。この通りだ!」
いつの間にか馬から降りていた騎士様は、頭を下げて俺に懇願した。そこまでして決闘を申し込む理由が、俺には分からない。
「どうしたって無理だ。真剣しかないってのに、どうやって決闘をする?
怪我したら元も子もない。騎士の方針がどうだか知らないけど、立派な道を持ってるだろうあんたは、こんな事で怪我するかもしれないんだ。いいのか? 俺は嫌だぞ」
「っく、やはりだめか……! だが頼む。一度だけ、剣を交えるだけでいいのだ!」
「嫌だって言ってるだろ」
それでも引き下がろうとしない。二度やってみてもダメなら三度目。仏の顔も三度までというやつだ。だが俺は仏ではない。駄目なら他の手段を考えるだけだ。
「そんなに決闘をしたいならメルサスに行けばいいだろ。冒険者なんて腐るほどいるし、本物の騎士だっている。相手に困らないぞ」
「道が分からないのだ……。先ほどから貴方の言っているその『メルサス』という街には、どうやって行けばよいのだ?」
「地図を持ってないのか?」
「そうだ。父と母の家を飛び出して騎士になるとは言ったが、どうすればいいのか分からなくてな! 幼い頃に読んだ本を参考にしているんだ! して、メルサスにはどう行くのだ?」
弱った。俺だって地図は一枚しか持っていない。手渡すわけにはいかない。かといって、ここで見捨てるのも寝覚めが悪い。補給は……したいな。メルサスには宿だってあるだろう。休息は、必要だ。そうだな。俺も、メルサスで少し休むとするか。
鞄を探って、地図を取り出した。今、俺のいる場所を指で示す。そこから東上へと歩くとメルサスに辿り着くのか。騎士見習いだと言う青年も、興味あり気に地図を覗く。読み方、分かっているのだろうか。
「…………メルサスに行くか。俺もついて行くから、一緒に行こう」
「そうか。それは助かる! メルサスにはどんな人間がいるのだろうな!」
「まあ、補給は必要だからな。歩くか」
「馬に乗ってもいいか?」
「いいけど、それだとお前一人で向かう事になるぞ?」
きょとんとした顔を見せる騎士見習い。
「そうだな。ウィン! すまないけど、私の歩幅に合わせてくれよ」
そうして、メルサスに向かって歩き出す。多少、道筋は逸れるが、それでもいいだろう。




