五話 魔法の使えない男、本を知る
読んでいただきありがとうございます!
「魔法の使い方かぁ……。うーん、難しいなあ」
俺たちは宿に戻ろうとしていた。
物売りなどを覗きつつ物資を見繕い、有用性が見込めればキープしてもらう。そんな魂胆だったのだが、上手くはいかないものだ。
練り歩く中マイヤは唇のやや下の辺りを触りながら考える。
魔法の使い方。それは俺が聞いた質問である。正直、これが一番手っ取り早いと思うのだ。
剣を振るえるようになる。そのためには、剣の握り方から。その後は振り下ろす練習。それから斬るための勉強。
それ以外にも覚えるべきは沢山ある。
『剣術』が加護になるくらいなのだ。それこそ、一日二日で習得出来るものなんかではない。
まともに持てやしない直剣を握るより、まだ未知数な魔法の方が希望はある。
唸るマイヤを尻目にアリスを見ると、彼女は呑気そうだった。空を舞う蝶に目を奪われて、そちらばかりに気が向いている。
苦悩はあるのかもしれないが、最初から強い奴は楽だなと思う。
「なんでもいいんだ。なんかこう、魔法の言葉とか。ほら詠唱とかさ。なんかないの?」
「あるんだけど、私は魔法が使えないから。
最初にも言ったけど、私は精霊にお願いして魔法を現象させてるの。
だから魔力とかもあんまり」
「そっか。じゃあ、ヒナなら何か知ってるかな」
「ヒナも魔法は使えると思うけど、聞いてみるのが良さそうだね。でも夜まで帰って来ないから、それまで待機だよ」
ヒナの話を出すと、アリスは補足してくれた。大人しく「はい」と返事をする俺とマイヤは、いつの間にか先頭を歩くアリスについて行く。
二日か三日しか過ごしてないのに、なんだか実家のような安心感を持つ宿屋。そのとある一部屋は、3人が居座るには少し広いくらいだが、ここに後2人追加されるんだもんな。今の内に、ベッドの上を予約しておこう。ここは俺の特等席だ。
アリスも同様に、椅子に陣取って動こうとはしない。唯一、立つ事になるかと思った矢先マイヤは小声で呟きながら布を広げた。
「精霊さん力を貸してください。布と木で椅子になってください」
そんな俗人的なお願いに力を貸してくれるものか。とも思ったが、精霊さんは融通が効くらしい。これが『精霊と意思疎通』の加護ってやつなのだろうか。
「えー、3人だけだが一旦会議を始める。議題は魔物退治についてだ」
そう言うと、2人がパチパチと手を鳴らして拍手をした。閑散とした、割と寂しい拍手だった。
「村長に言った通り、俺たちは三日で洞窟の魔物を討伐し、その周辺を安全にしなくちゃならない」
「何か作戦があるんだろう?」
「それが、これといって無い。だが、絶対に無理ってわけでも無い。だから先ずはアリス、知っている事を教えてくれ」
「えっ? じゃあ考え無しにあんな事を口走ったんですか!?」
即席椅子から立ち上がろうとするマイヤに、俺は手のひらを向けた。頭を左右に揺らしてこう念じるのだ「まずは話を聞くぞ」と。
俺の想いが伝わったのか、はたまた呆れてか。言葉も返さずマイヤはへなへなと椅子に座り直す。
「洞窟は村から二、三時間ほど歩いた場所なんだって。で、肝心の魔物はというと、サベージウルフにゴブリンが混在してるらしい」
「ゴブリンは分かるけどサベージウルフって?」
「狼っているじゃん。あれを二回りぐらい大きくした奴。
魔物の中では比較的、倒しやすいらしいよ」
はぁ。狼が狩りやすい魔物だとはな。やっぱりこの世界の常識は、現世と大きく違う価値観のようだ。
「村の周辺には魔物って出ないのか?」
「出るけど、生活範囲内の魔物は積極的に狩ってるらしいよ。騎士様とか狩人達がね。ちょうど今やってるはずだよ」
「ノブチカとヒナもそれに参加してるのか……なら魔物の情報把握はもういいな」
顎に指をやって熟考した。後り時間は三日。その間に出来る事と言っては、現地の確認だろうか。
いや、外に出て魔物に襲われたら本末転倒だ。それに、ノブチカ達は魔物の特徴を押さえているだろう。今必要なのは
「やっぱり俺の戦力的なところか」
「どうしたの? ブツブツ呟いて。気持ち悪いよ」
アリスの一言に俺は軽く傷付く。
「戦力は申し分ないのだろうけど、俺が何も出来ないのは厳しいからな。荷物持ちなんて、必要ないだろ?
役に立てる事を探らないといけない」
「のに時間が無いもんね! 君が変な約束するからね! ねっ!」
「みなまで言うな。俺のせいなんだから」
噛み付くマイヤを嗜めても俺の思考は依然変わらなかった。結局、今の俺に戦闘力はない。その事だけが先行し考え方の視野を狭めていた。
唸るだけの俺を見て、アリスは何かを察したのだろう。
「とにかく、ユウキは傷を治した方がいいんじゃない? 三日で治るわけは無いけど、それでも動くよりはマシでしょ。だから寝なさい」
立ち上がって俺に近づき、傷付いて無い方の肩をに手を置いた。それもそうかもしれない。がむしゃらに考えても選択肢は狭ばまったままだ。
一度、頭をリフレッシュさせた方がいいのかもしれない。
「マイヤ、今はこいつは寝かせておいてやろう。君だってやる事あるだろ?」
「まあそれはそうですね。じゃあ、私は薬草摘みに同行してきますかね……」
「てことだ。まあ皆集まるまで、ユウキは大人しく寝てなよ。それと包帯は自分で変えてね」
そう言って、2人の少女は部屋を出ていった。机の上には新品の、小さく巻かれた包帯がそこにあった。
包帯を変えておく。その言葉の通り、俺は自らの傷口を確認する。
血が滲んで赤黒く染まった包帯。皮膚に張り付いているようで、ひと巻きを剥がすごとに痛みが強くなっていく。
新たな包帯に巻き替え終わるころには、俺は涙目になっていた。
我ながら、情け無いなと思う。
目が覚めて狂乱して逃げて、その後は助けられる。村で何かしようにも、無駄な正義感と責任感から約束をしてしまう。
出会えた2人をまとめる事も出来ずまた、この部屋で独り。
「何やってんだ俺は」
呟き声でそう聞こえた。突然、俺の口を出たのだ。
このまま寝ていていいのか。いや、そんなはずはない。傷はどうせ治らない。でもリミットはある。ならば、俺は特訓をしてみせようじゃないか。
村の市場に出ても金はない。
仮にあってとしても、どうせ安物買いの銭失いだ。それならここで『魔法』とやらを特訓しようじゃないか。
ベッドから立ち上がり床に足をつける。手を前に突き出して口籠もりながら言葉を発する。
「せ、精霊さん。力を貸してください」
残るのは静寂。頬が熱くなる。いや、顔全体が熱くなった。頭を振って仕切り直す。
腕はそのまま思考をクリアに。魔力というものを思い浮かべた。
散々読んできた魔力の設定が、今ここで生きるかもしれない。俺は口に出して羅列する。
「地脈から流れる魔力を使う。自分の中にある魔力を感じる。周りの魔力を吸収して……」
自分の覚えている代表的な魔力の源、魔法の使用方法を思い浮かべる。依然、腕を伸ばしているのに指先からは何も感じない。
魔力の波動も魔法の起こりも有りはしなかった。耳鳴りが止まないほど、動きが無いのはびっくりだ。
俺には才能が無いのだろうか。いや、それは無いだろう。誰の教えもとっかかりの一つもない中、突然「出来た!」は人間の域を超えている。
そして残念ながら俺は人間だ。
「本とかないか。でも本ってたぶん高級品……いやいや、まずは聞いてみよう。それからだな」
もうなんだかどうでもいい気が、俺の心の内から湧き出てきた。明確な”やるべき”が無いと人間、こうも自棄的になるのだな。
「本ねぇ……。簡単なもんしか無いね」
「貸し出しはしてますか? すぐ返しますから」
「貸し出して破れたら? 貸し出して汚れたら? 盗まないって約束は? 全部できないだろ」
宿屋の一階カウンター。粗末な木製カウンター、椅子と机の簡単なくつろぎセットぐらいしか無い場所。ちなみに、くつろぎセットは1人分しかない。
人気の無いその場所で、俺はカウンターに手をついて懇願していた。
「ま、まあ確かに保証はできないけど、それでも貸して欲しいんだ。
安心してくれ、本の扱いは心得てるつもりだ。こう見えてもな」
「本の扱いって何だよ! 読むもんだろアレは。というか、文字は読めるのか? お前」
その質問は得意分野だ。俺は胸を張ってこう答える。そう、この答えは事前に用意していたのだ。
「俺の横に出る者はいない。読み書きに関してな。任せてくれ」
「でも貸し出しはしてないぞ」
「ならそこで読むよ。あなたの目の届く範囲で、一時間で返す。それでどうだ?」
眉間に皺を寄せた宿屋の店主は、カウンターの下に徐々に体を隠していく。
なんだか底なし沼に沈んでいくみたいだ。
「汚さないか?」
頷く。呼応して店主は沈む。
「一時間だぞ?」
頷く。肘はすでに見えない。
「そこで読むんだぞ?」
頷く。目線だけは俺の後ろ、静かな椅子に向ける。
「要望はあるか?」
「魔法について書かれた本か、伝記小説がいいかな」
「? 伝記小説ってのはなんだ」
「物語か魔法の実用書を頼む」
「ま、まあ。ほら、これでどうだ。『バルガ帝国最後の魔法使い』。というかこれ以外に、お前が読めそうな物は無いな」
ニョキニョキと床から出てきた宿屋店主は、一冊の本を俺に手渡す。何でだろうか俺は、表紙のタイトルをすんなりと理解出来た。




