幕間4 帰って来ると違って見える
鼻歌混じりに歩く田舎道。そう思えば、この世界も悪くない。元の世界と違う部分は多い。その一つはこの自然。豊かだ。どこに行っても緑が見える。鬱陶しくすら感じる。やりすぎという事だ。
人工物が一つも無いのは、いつまで経っても慣れない。隣の小妖精種には慣れたのに、なんでか自然の豊かさだけは、いつまでも新鮮さが持続していた。
「やっぱり不思議なんだよね」
「まあ、ヒト族以外の種族なんて中央大陸には、ほとんど棲みつかないからね」
「そうじゃなくて、この森。どこ行っても森があるなんて、おかしいさ。私からしたらね」
「感じ方はそれぞれだよ。私の故郷なんて緑以外なかったよ?」
小さな四枚の羽根。虫にも似たその半透明の羽根は、小妖精種の特徴だった。見慣れた相棒を横目に、背後に背負ったバッグを無造作に引っ掻きまわす。
目的の物は取れなかった。
「レリィ、日記取ってくれ。バッグの中だ」
「えぇーまた? いい加減、自分で持ってよ」
「自分で持ってるだろ。ただ取れないだけで」
「屁理屈ばっかり言わないでさ。はい。ボロボロ日記だよ」
両腕でしっかと抱えたその日記は、レリィの言った通りにボロボロだ。背表紙も表紙も剥がれ掛かっている。仕方がない事だ。紙はまだまだ貴重だし、印刷物となればもっと貴重だ。
ただの日記とはいえ使いつぶす他ない。私は頁を開く。一番最後からだ。理由は単純。この日記の頁は既に、大部分に書き込みが為されている。最後から逆算した方が効率的だ。
「ぺらぺらーっと」
いつもの癖だ。物事に取り掛かると、口も動いてしまう。オノマトペを奏でてしまうこの口には、果たして困ったものだ。
「やっぱりこの本、いつ見ても不思議だよね」
「そう? 私はそう感じたとき無いけど」
「リョクショウは自分で書いてるからでしょ! 他の人が見たらビックリするよ」
特段変わった所なんてないはずの日記帳。っと、行き過ぎた。昨日、私の書いた頁を過ぎてしまった。
「ほらーやっぱり変だって。うー、気味悪いよ……」
「私の文字が嫌いなの?」
「リョクショウ以外の文字で書いてるでしょ、初めの方。誰の物かもしれない本を再利用なんて。考えたくもないよ」
「そんなに魔法が怖いの?」
「当たりまえでしょ。だって書き込んだら燃えちゃうかもしれないんだよ?」
頷く。今のところ、紙の自然発火は経験していない。
「ペン先が曲がって、突然目に突き刺さったり」
頭を上下に揺らす。ペン先は、折れる度に交換している。問題は筆圧だ。
「本からバケモノが飛び出して来たりして……!」
遠くに見えるのは私の住む村。の前に位置する森だ。だがなんだか、いつもと違う気がした。気のせいかもしれない。まあ、半年も空けていたら、我が家だって不思議に見える事もあるだろう。
「あっ、待ってよ」
そう言って、レリィが私を追いかける。胸騒ぎというものは、妙に当たる。勘ってのは、過去の経験からもたらされる予測の事を言うらしい。だから勘というのは、意外と正解を引きやすい。
悪い時はとくにだ。まあ、悪い事が起こって欲しい人間は居ない。だからこうして早歩きをしていた。仮に何も無かったら胸を撫でおろすだけだ。
木々の枝をかき分けて、我が家を目指す。村の喧騒が無い。
やたら五月蠅かった少女。嫌味ばかりを口にする年老いた女性。夫の帰りを待つ若い妻。走り回る男児とそのお兄さん。
見慣れた光景のどれもが、散っていった。私の勘違いだったのか。あのやかましくも楽しかった日常は、孤独の私が生み出した錯覚だったのか。
そう思えるほどに静まり返った村には、生活の痕跡があった。
「これは……酷い。誰がやったんだろう」
「魔物ではないな」
「じゃあヒトか。やっぱり、野蛮な種だよ……」
地面には血液が散っている。少し歩くと、臓器すら見えた。千切れた服の端や髪の毛。賊にでも襲われたのか。だとしたら、用意周到だ。死体の一つも残さないなんて。いや、死体そのものに用があったのか。
そんな推測をしている場合ではない。生き残っている人間がいるのなら、救助したい。この恐ろしく静まり返った村で、生存者? 笑えるな。いる筈がない。
一縷の希望を手繰り寄せる。そうして歩くと、私は見た。地面に転がる二つの死体を。
片方は心臓を一突きされていた。もう片方は足の切断に刺し傷。どちらも、鋭利な刀剣で作られたものだ。
「……レリィ、二人を埋めてあげよう」
「うん。でも、片方は微かに息があるよ。燈火みたいに微かだけど」
「どっちだ」
「女の子の方は、完全に死んでる。魔力の流れが途絶えてる。男の子の方だよ。ちろりちろりって、魔力が流れてる」
丁度、私の家が近い。私は彼と女の子を魔法で抱えて、家の中へと入った。
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