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四十九話 すれ違い

いかに仲間であろうと刃を向けられたのなら、命を守るためにこちらも相応の事をしなければいけない。相手は俺の知っている中でも腕の立つ人間。

それどころか、俺じゃあ足元にも及ばない。


 分かってはいるが黙って殺されるなんてまっぴらだ。次の攻撃が来るまでに、ここを離れたい。でないと気絶している皆を巻き込んでしまう。

片腕に魔力を集中させて、全身を流れる魔力を握る。大気の渦を手のひらへ。


 目では追えない速度のアリス。だが、こちらも自堕落に過ごしていたわけではない。俺への攻撃に合わせる。極限まで感覚を研ぎ澄ます。

前方にかざして魔法を現象させた。それは見事にアリスを吹き飛ばした。

ダメージは無いだろうが、ひとまずこの場所から引き離すことができた。


 振り向きもせずに追撃を考える。俺は走り出した。頭の中は、どうやってアリスを無力化するのかという問いがひしめいていた。こうも簡単に争い合う事を選択できるというのは、間違いなくこの世界の法則に染まっている証拠だ。


 懺悔は後からいくらでもできるが、今はここにしか無い。最善も最良も分からない。逃げるべきなのかもしれない。けれどそうしてしまっては見えない物がほとんどだ。関わらなければ、理解はできない。


 アリスを説得しないといけない。そのためならば、彼女への攻撃は厭わない。そうでもしないと止まらない気概を、今の彼女からは感じる。


 地面に剣を刺して何とか勢いを殺したアリス。立ち上がり直剣を握り直すと、再度踏み出した。一息で俺の懐まで潜り込む。あまりに速い。知覚強化しているとはいえ、反応するのがギリギリ。


 右上から振り下ろされる白刃。受け止める。短刀が欠けて、悲鳴を上げる。同時に、俺の関節に負荷が掛かる。短い刀身を寝かせ、弾く。間髪入れずに次の攻撃。

アリスの腕の動き。切先の向き。重心移動。目線の先。そのどれも追いきれない。


 剣を追っては何とか弾く。避けきれない攻撃は俺に生傷を数多作っていく。魔法を使う余裕すらない。このまま防戦一方で、俺は死んでしまうのだろうか。


 それは嫌だ。やらなければいけないことも、やりたいこともある。

仲が良かったとは言えないにしても、家族とは再開したい。まだ顔を思い出せるのだ。

恩返しとか親孝行とか、そういうんじゃない。純粋に会いたい。それだけだ。理由は無い。込み入ってはいない。


 そんなくだらない再開に想いを馳せた。走馬灯が近いのだろうか。だから、こんなにも世界が遅くまた、思考が組み立てられるのだろうか。


 いいやそうじゃない。今までの知覚強化とは違う。魔力の大部分を使用している。無意識だった。魔法の代わりに身体強化魔法に比重を置いた。俺の潜在意識に感謝しよう。


 よりクリアに見える。よりスムーズに動く。思考のゴミが取り払われて、脳からの指令がダイレクトに末端へと届いている。アリスの繰り出す攻撃も、防いでいる。

一気に視野が広まる。足元に転がる石や背後の樹木など、応用できるものは幾らでも転がっていた。


 攻撃を受けるような後手に回っている俺は、打開策を見つけなくてはいけない。

アリスの剣戟の合間、俺は足元の石を蹴り上げた。

それは偶然にも、アリスの一刀と重なる。鍔迫り合いに突如として現れた堅固な石。


 灰色で凹凸のあるその肌は、刃の向きを逸らす。もちろん俺も影響を受ける。だが、アリスの膂力は俺の何倍もある。とどのつまり、反発する力は、彼女の方が何倍も強いという事だ。


 押し出されるように上空に打ち上がった石。アリスは前によろけた。左脚を支えに、もう片方の脚で姿勢を保つ。ここだと思うまでもなく俺の右足が、彼女の腹部を蹴り抜いた。


 思いきりの良い攻撃だった。証拠に、彼女の攻撃の手が一瞬止まる。好機だ。今度は俺が前方に距離を詰める。逆手に持った短刀で切り上げる。勿論、それは簡単に弾かれ無意味に帰す。


 だからまた攻撃する。今度は左手に持ち変えて振り下ろす。また防がれる。諦めの悪い俺はもう一度、右手に持ち変えた今度は突いた。

攻撃の方向を縦横無尽に変えて、選択肢を無数に広げる。子供騙しだが、時間を稼ぐくとは出来る。


 だがそんな攻撃が、いつまでも続く相手でもない。一瞬の隙が仇となってアリスの強烈な一撃が炸裂した。逃げるように身を引く。それと同時に、腰の雑嚢から硬貨を取り出した。


 はじき出すように飛ばすと、それなりの速度で飛んでいく。アリスは防ぐ事すらしない。だがそれでいい。数枚投げたらコツを掴んだ。今度は狙い通り、飛んでいってくれるだろう。


 最後に飛ばした一枚は、正確にアリスの目元を狙った物。瞳は生物にとって明確な弱点の一つ。如何に身体強化していようとも、保護しきれない。

理解しているのか勘か。どちらでもいいが、アリスはそのコインを剣で二つに割った。


 それは一瞬だった。俺もその一瞬を有効に活用した。魂胆はバレバレだったろうが、身にまとっているローブをアリスに向けて投げる。視界を奪う。横に体をズラすだけで、視界は戻る。


 けれど俺だって行動するのだ。彼女が視界を取り戻した頃には俺はアリスの足元だ。


 これなら、簡単に刺しこめる。四角い切っ先を、アリスに突き立てた。これくらいしないと、彼女は止まらない。実際、そうしてアリスの攻撃は止まった。

もちろん、刃は抜いた。一刻も早くアリスの元から離れてもいた。


 互いの視線が交差する。


「どうしてここに、いるの?」

「その前になんで戦うことになったんだ。俺は、別にお前の敵じゃないのに」


 腹部の出血を押さえながらアリスは呟く。


「どうしてノブチカ達は倒れてるんだ。村人だって、どこにも居ない。何があったらこうなるんだよ。お前がいて、なんでこんな……」

「よく言えるよ本当に。散々だったんだよ。色々とね。で、楽しかった? 私たちのいない旅は」


 棘のある言い方。嘲笑するような不愉快な口調だ。


「……まあ、ここで言い合いしても仕方がない。戻ってからでも遅くないだろ」

「遅くないって、本気? 手遅れだよ。何もかもね。私もヒナもマイヤもノブチカも。みんな……みんな変わったよ」

「何が言いたいのか分からないが、戦う理由はないだろ? これ以上は王朝に戻ってから」

「私はもう戻れない。ユウキが居なくなって、みんな上手くいかなくなった。

思い出す必要なんてない事まで…………思い出して」


 俯いたアリス。腹が立つ。いい加減にこの場所を離れたい。そう思って俺は一歩踏み出す。次の瞬間、胸に強烈な痛みを覚えた。


 足が止まる。体から力が抜けた。立っていられず、膝を付いた。肩を掴まれると同時に前のめりに倒れ込んだ。土の上に顔面を付けて、何とか呼吸を落ち着かせようと努力する。


 瞳の端に移るのは何者かの足。歩行と共に揺れる刀身。流れる血液が自分の物だと直感で理解する。


「行こうダリア。ここでやる事は済んだ。私たちの家へ、帰ろう」


 その声は随分と優し気なものだった。まるで家族に掛ける一言のようにだ。続けて聞こえたアリスの声からは肯定の言葉が響く。

まるで意味が分からなかった。だがこのまま逃げられても困る。


 限界である体に鞭を打って起き上がる。たったの一突きで、俺の体は上手く動かせなくなった。心臓に近かったのか出血が多いのか。この際、どちらでもよかった。

今は目の前の男を見据えて、アリスと共に、仲間の場所へと帰る事だけを考えよう。


 利き手を離れたはずの短刀を拾い上げた。

読んでいただきありがとうございます!

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