四十八話 村と惨劇
調剤師が経営している店はギルドの近くにあった。依頼書に従って、その店から一定量の薬を貰わなければいけない。
すでに用意してくれているようだが、スムーズに進んでくれるだろうか。
扉を開くと、ギギッと多少の重たい音が鳴る。店の壁には四角形が規則正しく並んだ棚が埋め尽くしており、硝子瓶やらすり鉢やらが並んでいる。
四方の壁を覆っている関係上かなりの圧迫感がある。見た目ほど広くは感じない。
腰の曲がり始めな店主に依頼書を見せる。残念ながら必要な薬についての知識はひとつもない。店主に聞く。
「これだ。必要な物は全て入っているから、村に届けてくれるだけでいい。それと代金だが……全部で銀貨が七枚になる」
「金取るのかよ」
「当たり前だろ。ギルドから支払いは受けてないんでな。お前が払うんじゃないのか?」
「聞いてないな」
「なら、渡せないな」
そう言うと、いくつもの薬草に硝子瓶も含まれた布包みを下げる。受け取ろうとした俺の手が、空中を虚しく舞う。
「分かったよ、払う。だから早く渡してくれ」
「一、二……ふむふむきちんと全額だな。これで心置きなく渡せる。なるべく早く行ってやるんだぞ。相当待ってるはずだからな」
それを知っていながら手を差し伸べようとはしないとは。無償の人助けなんてものは、この世界では異端も異端なのだろうか。仕事と報酬は切っても切り離せないみたいだな。
風呂敷のような大きい包みを抱えて歩き出す。
街中では多くは皆、同じ外見をしている。髪の毛に二本の腕。脚だってもちろん二本だけ。特別な尻尾も耳も長い体毛もない。
そんな”普通”の中に、魔物と良く似た身体的特徴を持った者が混じっている。あり得ないはずの尻尾や頭の上に突き出た耳。獣人と呼んでいいだろうそれらは、他の地域では見た事が無かった。
それに、これまで出会った魔物に対していい思い出の無い俺は、すれ違う旅に心臓の鼓動が早まる感覚を覚えた。
突然攻撃されるのではないか。何かの拍子に因縁を付けられるのではないか。そんな不安は、過去の経験からはじき出される防衛機制のようなものだった。
「トリナ、あの耳とか尻尾を持ってる奴らは何なんだ? 人間……なのか」
「魔族の一種だよ。オトルロン族って呼ばれてるらしいけど、中央大陸で見かけるのはここだけじゃない? だって私も初めて見たから」
「にしては冷静なんだな」
「昔にあった事は知らないんだ。歴史? は興味ないから。ユウキといっしょ」
「そうか。魔物とは違うのか。ならまあ、安心なのかもな」
とは口で言っても、やっぱり簡単には払拭できない。王朝に来て気持ちも切り替えて……と思った矢先に心配事が増えた。俺は元来、こういう質なのだろう。
王朝を抜けて街道を歩き、村に向かう。小さな村だ。近くには自然の豊かな森がある。こちらも同様、こじんまりとしている。
活気がない。とういより、人の気配が薄い。王朝という大きな国家があるのだから、それも仕方がない事かもしれない。
遠くに小さく見える建物を目指して進む。だんだんはっきりと見えて来た。それと同時に、村に起こったであろう惨劇についても想像できた。
地面には血液が飛び散っていた。服の切れ端や、逃げる際中に落したであろうカゴの類に千切れた髪の毛。さらに進むと、引きずり出された臓器やらが見える。と言っても死体は見当たらないのだが。
魔物。おそらく、魔物に襲われた。抵抗出来るような者はおらず、隙を付かれた。村は壊滅し、生存者は見当たらない。不思議なのは、これだけ血みどろに見える現場に死体が一つだってない事。
トリナは俺の背中にくっつくようにして、後ろを付いて来ている。目を細めて、何があったかを認識しないように努めていた。
村の中を歩く。無人になった家を調べたし、地面に残る何かを引きずった跡も見て取れた。
「何があったんだろうな。全くの無人だなんて」
独り言のように呟く。そこまで大きな声ではないはずだ。誰かに向けた言葉ではない。トリナは背後にいる。だが確かに俺の言葉に、反応を示した誰かがいた。
小さな呻くような、苦しみに満ちた声。俺の耳には「助けて」と聞こえた。
木の葉の擦れる音。風が空を切る音。動物か魔物の足音。
本来ならそうやって、脳の錯覚だと誤魔化すべきだった。だが、ここが俺の悪い所である。同時に、この世界で唯一誇れる事。
掠れた声のする方向を目指すも、手掛かりはたった一度の言葉。それも弱々しい一言。探し出すのに、随分と時間を食った。それでも見つけだしたのは、ある冒険者の一団。
なんで冒険者と一目でわかったのか。言うまでもない。なんたってそいつらは、俺の知り合いだったからだ。いや、この言い方はよそよそしいか。
正しくは、かけがえのない仲間たちだ。
駆け寄って声を掛ける。地面に横たわったノブチカは、肩で息をしているようだった。
「おいっ、何があった。なんでこんな……。おいしっかりしろよ!」
「肩を掴むな。深手なんだ。それより、アリスはどこだ」
「アリス? 見てない。というか誰かの心配してる場合じゃないだろ。皆死にかけてるじゃないか」
「だからだ。アリスが一番危ないんだ」
そう言ったノブチカ。彼はそれ以上を答えようとはしなかった。というより、話す事すらしんどいと言った様子だ。
マイヤもヒナも、気を失っている。意識を保っているのはノブチカただ一人。
「ジャミアはどうした。まさか」
「生きてる。王朝だ」
「そうか…………。トリナ、皆の手当てをしてくれ。俺はアリスを探す」
「待てっ。あいつには、近づかない方が……」
肝心な所は最後まで言ってくれない。そのまま、ノブチカは意識を失ったようだ。立ち上がり、辺りを見回す。気絶している皆を一か所に集めて、トリナに治療を任せる。応急処置だが、無いよりは断然マシだ。
全員の傷を塞ぐ。素人ではこれが限界だ。加えて物資も少ない。調剤師から買った薬を使ってしまったが、死人には必要ないものだ。
手当てを終えた後、振り返るとそこにはアリスが居た。それも、抜き身の直剣を手に持って。血を被ったのか、真っ赤だ。
「なんだよその恰好。何があったんだ?」
無言で近づく。嫌な予感がした。だが信じている。俺はアリスが話をしてくれると、信じている。だが信じきれなかった。命を守るためには、全幅の信頼でも天秤に掛ける必要がある。
そしてその天秤は、やはり悪い方向に振り切れてしまったようだった。血によって鈍った彼女の直剣が、俺に牙を向いた。
「何の、真似だよっ!」
短刀で受け止め、なんとか弾き返す。相変わらず、無口だ。いつものアリスではない。またもや構えるアリス。俺も、覚悟を決めるべきなんだろう。
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