四十七話 サリヴェス王朝
数ヶ月掛けて王朝にたどり着いた。乗合馬車を何度も変えてたどり着いたそこは、都と呼ぶに相応しい壮大さ。
とは言っても、この大陸には王都と呼ばれる場所が他にあるのだが。
王朝と呼ばれるにもそれなりの理由があるわけだが、ここにはアグリカのような城壁がない。
四方を囲む絶壁が無いと不安になってしまう。
魔物に襲われたら一巻の終わりに思えるが、王族や貴族にはそれなりの策があるのだろう。
検問を越えた後、俺はトリナと共に情報収集を始めた。
「どこなら情報を持ってる人がいると思う?」
「まず何を探しているのか知らないんだけど。ユウキって何が目的で旅をしてるの」
「うーん……人探し? いや故郷の手掛かりだな」
そういえば、トリナに俺の身の上を話した覚えはない。良い機会だから伝えようとも思うが、理解されるだろうか。
まあものは試しだ。どこか適当な小料理屋でも探しすか。ちょうど、腹も空いてき
たからな。
とは言ってもこうも広く、選択肢が多いとやはり迷う。どうせなら美味しい物だ。金を払ってまで不味い物は食べたくない。
そんな俺の想いに応えるよう、たどり着いたのは活気溢れる店であった。
のれんが掛かった入り口は、過去に両親と訪れた居酒屋を思い出した。まだまだ前世の記憶は残っている。リミットは長いが油断してはいけない。腹ごしらえを終えたら手掛かり探しだ。
「これは…………食べても大丈夫なやつか?」
ドロっと粘性の高いスープは緑色。中の具材をスプーンで掬うと、硬い甲殻にぶつかる感覚がある。
海老や蟹と同じタイプの食材。そう思っていたが、緑色のスープからスプーンを出してみると目を疑った。
「王朝ではよく食べるみたいだよ。同じもの注文してる人多いし」
トリナは何でもないと言った様子でその異物とも呼べる物を口に運んだ。ゲテモノは美味しいと相場が決まっているが、口に運ぶまでが一番の試練である。
蝉にしか見えないスープの具材。意を決して食べる。
水分に浸っていたとは思えない程の心地よい歯ごたえ。外の殻を破ると中はもっちりとしていて美味しい。
臭みも苦みも無い。全くだ。下処理は完璧のようだ。
誇張ではあるが、これなら何匹でも食べられる。見た目を度外視すればだが。
ある程度腹を膨らませた俺とトリナ。暇になったとは言え、早々に店を出ることはしなかった。トリナには知らせておかなければいけない事がある。
「なあ、お前って『転生者』ってのを知ってるか?」
「ううん聞いた事ない。いや待って、昔話で出てきたかも。なんだか、薄っすら思い出せる」
そう言ったトリナは「うーん」と言いながら頭を捻った。昔、母から聞いたという物語を思い出しているようだ。
「何か思い出せたか?」
「うん。お母さんが教えてくれたのは『魔王を打ち滅ぼした英雄のお話』だったと思う。子供が親から聞く、子守歌みたいな物だよ。家によって内容が変わるけど」
いわゆる御伽噺。桃太郎にかぐや姫、海外だとアンデルセン童話やグリム童話だろうか。そういった、作り物の類だ。この世界ではそんな”御伽噺”に、転生者が登場するようだ。
「ヒト族と魔族を分断させた『分裂戦争』。その戦争の、ヒト族の英雄リョビトの物語。そのリョビトっていう主人公が、転生者だったと思うよ」
「どんな人間の事を言うか知ってるか? 転生者の意味を、理解できてるか」
「うーん……強い人とか、変化をもたらす人とか?」
「俺が言ってるのは、言葉の意味だ。人物の意味じゃない。転生者ってのは、他の世界から来た人間の事だ。リョビトも、そうなんだろ?」
「そう……らしいよ。物語の初めに、リョビトは平原で目覚めるの。空を見上げて仰向けに。それから物語が始まるの。でも、過去のリョビトについては全然語られないんだ」
思い出に浸っているのか、トリナは溜息を吐きつつ語る。
「まあリョビトの話はもういい。今のところ、歴史に興味もないしな。とにかく転生者についてだ。まあ、その……俺も転生者なんだ。正確に言うと違うんだが、似たようなもんだ」
それを聞いたトリナは取り乱すことも無く、ただ俺の話に聞き入る。まあ俺も、これ以上は話すつもりもないが。どんな言葉を尽くせばいいのか、まだ分かっていない。
微妙な沈黙が俺たちのテーブルを包んだ。
「ユウキが転生者。でも、それがどうしたの? 確かにちょっと変な所はあったけど、そこまで可笑しい人には見えないけれど」
「順応しようと苦労してるんだ俺も。で、俺の目的を話しておこうと思って転生者の事を聞いてみたんだ」
「そうなんだ。その目的って、一体何なの? 転生者であることが関わってくるの?」
「俺は元の世界に帰りたいんだ。それに加えて、この世界の”神様”にも用があって。でも一番の目的は帰る事だ。そのために情報を探っているんだ」
そこまで聞いてもトリナの態度は相変わらず、ただボケっと耳を傾けるのみ。
「だから、これからはお前にも協力してほしいんだ」
「協力って言っても、何がなんだか。私にできる事なんてあるのかな」
「各地で転生者と神様の事を聞いて回るだけだからな。最悪、全世界を旅する事になるかもしれないが」
「そうなったら、大陸の端から端まで調べることになるね。二人で……か。うん、分かった。ユウキを手伝う。元々、そのつもりだし」
「もっと詳しく聞かないのか? 転生者についてとか、神様についてとか。気にならないか」
疑問を誘うような煽るような。そんな言葉を投げかけるも一貫しているトリナからは質問の一つもない。
「聞きたいことはあるけど、どうせ上手く話せないよ。私もユウキも、実はそんなに知らないから。知りたいって気持ちは、知ってるから出てくるものだし」
「助かるよ。俺は説明が苦手だからな。とりあえず、ギルドに行くぞ。そこで情報を集めつつ、依頼を受けよう」
そう言って料理屋を出る。代金を支払うが路銀は、まだまだ底を付く気配がない。
大きな街はどこもかしこも石畳で、建物だって石材だ。珍しく煉瓦もある。
どうやって作られるとかそんな事は分からないが、珍しいかどうかは分かる。ここまで大きな”国”ならば、珍しい建物の一つや二つあってもおかしくないだろう。
ギルドにたどり着く。やはりギルド一つ取っても、地域ごとに個性があるようだ。
王朝のギルドはなんというか、こう、厳かな雰囲気がある。飾り気は控えめだしガヤガヤと喧しくもない。
受付嬢もキリっと凛々しい。
「あの、大陸や歴史に詳しい案内人って紹介してもらえませんか。これから、大陸中を歩かなくてはいけない用事がありまして」
カウンターに座る受付嬢に聞く。顔を上げて瞳を交差させる。
「このギルドには居ません。大商人や騎士を探してみてはいかがですか? 職業柄、大陸を横断することが多いですから」
「商人やら騎士様は、気難しいでしょう? 誰でもいいんですよ。王朝に住んでいる物知りな学者とか。誰か知りませんか?」
「誰でもいいのなら隊商や騎士が良いと思いますが。ですがその条件なら一人だけ、心当たりはありますね」
「本当ですか! 助かりますよ。それで、その心当たりのある人って一体どこに住んでるんですか?」
「王朝の外です。一番近い村に拠点を構えている……確か、錬金術師と言ってましたっけ。とにかく、村の者です。その方に相談してみてはどうですか?」
「ありがとうございます。紹介状とかって用意してもらえたり……」
「はぁ……要求が多いですね。いいですか、ギルドの受付嬢とは言え、貴方達みたいな冒険者の方より、立場は上なんですから。図々しい要求ばかりしないでください!」
「すいません…………」
「それに、彼女は紹介状を書いても意味がありません。
興味の無い事にはとことん興味を持ちませんから。人に対しても同じです」
そう言うと、受付嬢は一枚の紙を取り出し俺に渡した。されるがままにその紙を手に取ると、それは依頼書だった。
「これは依頼書ですか?」
「ええ。誰も受けてくれないんです。簡単だし報酬が少ないって。でも大切な依頼なんです。村に行くのでしたら、そちらの依頼もお願いします。もちろん断っていただいても構いませんよ。冒険者の方は、束縛されるのが嫌いですから」
「いえ、受けます。丁度、簡素ですが向かう道も描かれていますし」
そう言って一枚の依頼書と共に、俺はある村に向けて歩を進める。目的は、錬金術師に会うこと。もう一つは依頼を完遂すること。二つである。
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