幕間3 立ち向かえない
私に力は無い。理解してる。隣を歩きたくても、共に行くための足が無くては歩めない。
それに今、私には重要な役割がある。
この黄金を守る事。死霊王者にも動く死体にも見つかってはいけない。
そのためだ。そのために、ここに隠れている。空に向かって伸びた一本の木のてっぺん。誰も登っては来ないし興味だって抱かない。
我ながら、すごくいい隠れ場所だと思っている。
ここからの眺めは格別だ。遠くを見渡せるし何より音の響きだ。木の葉に遮られているから、直接鼓膜を揺さぶられることも無い。
怒号とか走り回る音とか。沢山の音が響くけれども、私がこうしていられるのは自然の恵みの賜物。
隠れてろって言われたけど、でもやっぱり気になってしまう。ユウキは自分よりも大きな冒険者―既に死んでるけど―に立ち向かってる。
実際は、死霊王者との戦いに向かうために仕方がなくだけど。
でも知っているんだ。私は知っている。彼はそんなに強くない。言っちゃ悪いけど、戦闘力っていう面で言えば強い人間はもっといる。
ユウキは直接的な戦闘じゃなくて、絡め手とか裏方とかそういう、煌びやかではない戦闘を好む。泥臭いというのだろうか。少なくとも、名誉とかそんなものはどうでもいいと思っていそうだ。
だから心配で、ドキドキして。彼が自身よりも強いであろう動く死体と相対した時に、思わず叫びそうになった。
逃げた方が良かったと思う。誰かと協力した方が、少ない時間で倒せたとも思う。けれど私の喉から言葉が出ることはなかった。勿論、木のてっぺんから降りようなんて思うわけもない。
さっきは簡単だった。ユウキが私に声を掛けて「降りてこい」って言ったとき、私はいち早く地面に足を付けたかった。
飛び降りたのだって、ユウキが居たから。じゃなきゃあんな危ない事はしない。
でも今は石のように体が固まって動かない。枝を握る手に力が入って、いかに落ちないかを探っている。接ぎ木された幼い枝みたいに、この巨木にしがみついている。
人間らしさの象徴である言葉なんて持っての外なのだ。私は、ユウキの役には立てない。彼が吹き飛ばされても、彼の痛みを理解したくないと思った。
結果として彼は勝った。あっさりと、それまでの攻防が嘘みたいだった。戦い、ひいては殺し合いとはこんなにすんなりと、決着が付くものなんだ。その時にようやく、私は理解できた気がする。
それからユウキは、死霊王者との戦いに加勢した。てっぺんに居ては、見えない。あの後ろ姿が見えなくなるのは、嫌だ。私を守ってくれる人間がいなくなるのは、もう嫌だ。
私は一人で生きていくには幼い。誰かに、付いていかないと。
そう思ったら固まっていた体へ徐々に熱が宿るのを感じた。木に繋がれたお尻が浮かび上がって、私は枝の上に立っていた。
息を吐いて、硬い地面を直視した。今度は誰もいない。飛び降りるべきではないと分かってる。でも、これぐらいは自分で出来るようになるベきだ。
意を決して飛んだ。浮遊感は長続きしなくて、意外とすぐに衝撃が体を包んだ。不格好な受け身で転がって、動く死体達の餌食にならない内に走り出す。
伸びてくる腕。飛んできた剣の切っ先。捨て置かれた人体の各部位。それら全てを躱して、私はユウキの元へ走った。
なんとしてもこの『黄金の秘文字』を届けないといけない。
障害物に目を凝らしながら走るのは並大抵ではない。一つ一つが命に関わる物なのだから。ようやくたどり着いた。鋭い衝撃音が聞こえる。そしてその次の瞬間には、熱風が私の体を通り過ぎた。
幸い、誰も死んではいない。死霊王者もだったが。呼吸を整える。いや、そんな時間はなかった。
また走りだす。今度こそ、ユウキに届ける。そうでなければ、自分も死ぬ。
ゲルニカとリンデル。二人も追い越して、ユウキの前に出る。満身創痍で、それでも勝ちに賭けるユウキ。でも、あの一撃は防げないだろう。地面から伸びるあの杭は、彼を刺し貫く。守れるのなら、一瞬でもいいから。
ユウキの前に立ちはだかって、両腕を前に突き出す。体を流れる魔力を腕に集中させる。でも、私にできるのは精々それだけの事。あとは……神頼みだった。
きっと何かが。誰かが私に力を貸してくれる。そう思わなければいけないのだ。実際はただ、感覚と思考が麻痺して起こりえない奇跡を幻視していただけだ。
私は久々に、誰かを失いたくないと思っていたのかもしれない。
そして奇跡は起こる。魔力が集まって形を成して、私の想いに答えた。
伸びてくる杭は動きを止めて、その場で制止する。まるで時間が止められたみたいに。でも私の腕へはとてつもない過重が掛かる。腕が震える。
「トリナ! それをあいつの体にぶち込んでくれ」
「わ、私? 無理だよ」
「動けるのはお前だけだ。後ろからついて行く。だから、頼む……!」
動けるのは私だけ。紛れもない事実だ。リンデル、ゲルニカはすでに立ち上がる力すら残っていないように見える。期待には応えたい。それに、『黄金の秘文字』。これを渡している時間なんて、もうないだろう。
死霊王者との距離も近い。逃げるなんで出来ない。走る。変わらない事だ。ずっとやって来た。誰に言われたわけでもなく。ただ生きるために、自分のために。
でもこうして背中を押されて信頼されて。そうして蹴る地面は幾分か、いや何倍の心地よくそして、達成感に満たされていた。
読んでいただきありがとうございます!




