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四十六話 アグリカ出立

 戦いが終わったと同時にへりこむ。息を吐いて膝を折ると、空が赤らんでいる事に気がついた。

先ほどまで熾烈な剣捌きを見せていた死霊王者はもういない。その体を形作っていた骨は全て砕けていた。


 死者には死者らしい在り方がある。骨だけになっても尚動き続けるというのは、死者としてあるまじきだ。


 息を整えて立ち上がり奴の羽織っていたローブを見る。なんの変哲もないただの上着。それにも関わらず奴は魔法を無力化していた。

誰も立ち上がれない今がチャンスだろう。


 俺はちらりと背後を振り向いた。良かった。リンデルもゲルニカも、まだ腰を下ろしたままに会話をしている。コソ泥の本能が指先を刺激してくる。

死霊王者のローブを持ち上げてこの場を去ろう。


「で、結局そのマントは何でできてるか分かったか?」

「ゲルニカ殿、材質がわかっても意味はないと思いますよ。我々が簡単に採取できるようなものであれば、すでに職人たちの餌食になってますから」

「だが分からねばならないだろう? お前はどう思う」


 背中、というより耳元。近くから聞こえてくる。このまま逃げたかったがバレては仕方がない。


「死霊王者が持ってた物はどうするんだ。アグリカに持ち帰るのか」

「いや捨てる。というか埋める。厄物だからな。よかったら持っていってくれ。街には必要ない」

「そうですか。なら、僕は剣を貰いますよ。なんだか値打ちがありそうだ」


 ゲルニカの言葉に、リンデルは剣を拾う。しっかりと鞘も一緒にだ。かく言う俺は、ローブを手に持ったままだが。


 それから程なくして、ゲルニカは生き残った部下を引き連れて街に戻った。リンデルはと言うと、死んでしまった仲間を少しでも弔いたいと墓地を歩いていた。

俺も、そろそろ帰るか。


「トリナ、起きろ。帰るぞ」


 横になっているトリナに声を掛けた。死体だらけのこの場所でよく眠れるものだ。

すぐに目を覚ますと彼女は立ち上がり、俺の後ろに続いた。


 行きと同じオンボロ馬車に乗って街に戻ると、はじめにやったのは占い師の所に行く事だった。アンナリナとかいうあの占い師に、追加の報酬を貰うのだ。


 ギルドに赴くと、そこにはいつもと同じ景色が広がっている。


 酒を酌み交わす冒険者に、依頼書ボードに食いつく冒険者。カウンター裏に座って事務に打ち込む受付嬢。

そんな中でたった一人、テーブルに座っては誰も寄せ付けない女がいた。


「死霊王者は倒した。死人も多いがこれで、街は安全って事でいいだろう」


 アンナリナの座るテーブルに、俺とトリナがやってくる。すると彼女は給仕を呼び寄せ、蜂蜜酒を頼んだ。少し時間が経つと、二つの木杯が運ばれる。


「まあ飲んでよ。奢りだ、私のね」

「それはどうも。で、報酬はどうなる」

「もちろん払うさ。これだ。布に包んでるから、無くさないと思うけど気をつけてね」


 一枚の布包みを渡される。トリナにこれを渡して預けておこう。その後、俺は本題に入る。


「茫狼猟団の事なんだが……俺たちの事を追ってるとかってないよな?」

「ないない、あるわけないよ。追い剥ぎすら出来ない下っ端なんだから、本隊が報復なんてするがずない。そもそも盗賊だからね。失敗なんて日常茶飯事だよ。それでも追われる人間ってのは、位の高い人だけだよ」

「それなら私たちは安全なんですね。良かった」

「そうとも言えないけどね。単純に数が多いから、襲われる可能性は十分ある」


 アンナリナはそう言うと、自身の杯を呷る。一度に飲み干してしまったようで、空になった杯から音が鳴る。


「そうか。まあだが、それも仕方がないな。旅をするなら覚悟すべきだろうな」

「そこで、君たちには良いものをあげるよ。はい、これ。これを見せれば”仲間”だって気づいてもらえる。同時に、いろーんな人にバレる事にもなるんだけど……」


 アンナリナの手に握られていたのは、二つの小さな円盤。黄色に着色されたそれには、簡素化された狼の模様があった。

この世界風に言えば、サベージウルフだろう。


「盗賊になるつもりも予定も無いんだが」

「私もです。もう足を洗いましたから」

「いやいや、盗賊にならなくてもいいんだよ。これはね私たちの間でしか効力を持たないんだよ」

「つまり?」

「戦利品としては価値が無いし通貨にもならない。だから誰も拾わない。逆に、茫狼猟団に与する人にこれを見せたら攻撃を辞めるよ。

大概の場合はだけどね」


 半ば強制的に掴ませるように、アンナリナはその円盤を俺たちに握らせる。なんだか賄賂を受け取るみたいだ。違いがあるとすれば、受け取る意思があるかだ。


「これで新しい依頼を受けろとか言わないよな?」

「言わないさ。それに君たち、サリヴェス王朝に向かうんだろ? なら、気をつけてね。

近々、茫狼猟団の長がその辺りに出向くらしいから」

「なんでそんな事を知ってる」


 そう聞くと不敵な笑みを作ってから口を開いた。


「私は占い師だ。”ヒト”や世の行く先を見据えるのが得意なんだ。それに、盗賊団とは付き合いもある。人脈ってのはいいものだよ」


 報酬は受け取った。盗賊団の”お役立ち”アイテムもだ。用は無くなった。これ以上、この女の掌の上で踊らされたくないというのが本音。


 杯の中身を飲み干して礼を伝える。トリナはまだ名残惜しそうに蜂蜜酒を舐めているが、ここは我慢してもらおう。


 俺たちはギルドを出ると広場に向い、サリヴェス王朝への道のりを確認する事にした。

旅には計画が必要だ。その始まり、ルートの設定である。


 地図上に指をなぞらせながら頭の中で旅を思い描く。


「出発はいつになる予定なの?」

「三日後か四日後。できるだけ早い方がいいからな」

「物資は?」

「ある程度アグリカで買い揃えて、待ちきれないだろうから道中で補充だな。それから、お前もついてくるのか」

「うん。この生活に慣れちゃったから。それにいまさら盗賊には戻れないし」


 そんな事を言うトリナ。彼女は一歩前に出ると俺と同じように、地図の上に指を走らせる。

冒険者の認定票なんて、彼女にはない。けれどその手法は、冒険者から教わったもの。


「じゃあ、いっしょに行くか?」

「うん。そうする」

読んでいただきありがとうございます!

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