四十三話 黄金の棒とその意味は
馬車の中で、棒状の依頼物を眺める。月明かりに照らしても変化は無く、文字の溝に影が落ちるだけ。
トリナと顔を見合わせるのは、お互い何も理解できてないからに他ならない。
片手の葡萄酒を溢しながらも飲み干そうとする運転手も、詳細は何も知らないらしい。
城塞都市に戻るまで会話らしい会話すらなく、俺たちは宿に帰った。
「……なんだと思う」
地面に黄金の秘文字とやらを置く。叩いても落としても意味はない。へこむわけでも無く削れるわけでもない。
逆に宿の床にへこみを作る。店主には黙っておくべきだろう。
「一体なにをするつもりなんですかね。一見ただの棒なのに」
「うーん、訳がわからない品だな。早いところ手放したい」
すると扉を叩く音が響いた。小さく2回ほど。誰かが意思を持って訪ねてきたのだ。
だが知り合いといえば、メジェカかゲルニカの二択。
その二人にも、宿の場所は教えていない。知るはずのない場所へと赴ける人間はそういない。
好奇心と共に扉を開くと、そこに立っていたのは件の占い師。
「なんで俺の泊まってる宿が分かるんだ?」
「占いさ。まあ、周りの人に聞いただけだよ。それで、依頼の物は取り戻してくれた?」
体を逸らして床へと指差す。トリナが警戒するように床に置き去りの棒をつついている。
占い師はそれを見ると部屋の中に入っていき、黄金の秘文字とやらを持ち上げる。
「それはなんなんだ? 何に使うものなんだよ。教えてくれないか」
「これは強力な退魔の装具。使い方は……まあ、悪性の魔物に使う?」
「どういう意味だかわからないな。それを使って何をするんだ」
「死霊王者を倒してもらう。そのためにこれが必要だったんだ。それが、冒険者はやられてしまって……。
全く踏んだり蹴ったりだよ」
ため息混じりにそう言う占い師。早く部屋を出て行ってほしいところだが、報酬がまだだった。
催促をしてみるが、出し惜しみをされる。
「金貨を渡すのはいい。けれどね、見合ってないと思わない?」
「お前……騙したって事にならないか。それは」
「いやいや勿論渡すさ。報酬は報酬だ。ただ、君たちにとっても無関係な話じゃないんだよ」
「何を言ってんだ? 俺の仕事はお終いだろ」
「まあそうだね。でも、街としてはどうだろうね。死霊王者の脅威は冒険者全体の問題だと思わない?」
話がまるで見えない。受け答えはするが、その答えの意味までは理解できない。
「俺に討伐しろってのか? その死霊王者ってのを」
「流石に一人で討伐するような魔物ではないよ。討伐隊を組んでもらう。その中に入ってくれないか?」
占い師はそう提案する。俺を勧誘する事に何の意味があるのかは定かではない。
「俺が参加する必要はないだろ。第一、危険な魔物なら俺の等級を理解しろ。まだD級だ」
「等級は関係ない。それに、私としてもこの一件には一枚噛んでいたくてさ。
私直属の人間って事で、参加してくれないか?」
図々しい要求に聞こえた。俺が応える理由はない。
「茫狼猟団について知りたい事もあるだろ? “詳しく”教えてあげられるけど。どうする?」
「プラスの報酬を用意するのなら、参加する。だが危険になったらすぐに逃げるからな」
「ああ、助かるよ。参加してくれると思ってた」
どうしてこうもすぐに流されてしまうのだろうか。報酬と聞くと、体が反応するようになってしまった。
個人でやりくりする冒険者の職業病であるのか。
俺は占い師にその死霊王者とやらの詳細を聞く事にした。
「そのリッチって言うのは、危険な魔物なのか」
「それはもうね。この街の東側に共同墓地があるんだけれど、そこに現れて根城にしてるらしい。
死霊王者の力の余波が広がって、森にまで影響を及ぼしてる」
そのせいで冒険者たちの死体が立ち上がったのだと理解する。彼らは死後も起き上がり俺たちを襲ったというより、依頼物の保護をしていたという事だ。
冒険者の一団を丸々、動く死体—この際ゾンビと呼ぶか—に変えるほどの力。しかもそれは一端に過ぎない。
そんな魔物相手に、有象無象を集めた急ごしらえなんかで果たして討伐可能だろうか。
「その討伐隊ってのは、誰が組み込まれるって決まってるのか」
「A級冒険者が一人とB級冒険者が四人。それからゲルニカって言う街の兵士とその部下数名。私が知ってるのはこのくらいかな」
「少数精鋭ってことか。なあ、本当に俺が行く必要はあるのか?」
すると占い師は黄金の棒を揺らしながら、俺にクイズでも出すような口調で語る。
「依頼を出したのは誰だと思う? アグリカの兵士に交渉したのは?
もちろん、ただの盗賊じゃあ無理だ」
「お前が全部仕込んでってのかよ」
「死霊王者は存在自体が脅威だ。それは、外で稼業に殉ずる私たちだけの問題じゃあ断じて無いんだよ」
「全員の脅威。アグリカが一団となって対策する必要がある。そうやって丸め込んだわけだな」
「そんな所だよ。だが事実だ。それに君の場合、ギルドからも”私たちからも”報酬が支払われる」
「わかったから、その棒を寄越せ。どうせアンタは使わないんだろ?」
「まあね。だが保管は私がやる。君に預けて紛失されたら元も子もない」
その言葉にむかっ腹を立てる。街で自適に過ごしているこの女に言われると、無性に怒りが湧く。
俺の沸騰するかの如き怒りが言葉になる前に、トリナが爆発させた。
「あなたは何もやってないのに、どうしてそんなに勝手に振る舞うの? こっちは命を賭けたのに」
「その分の報酬は渡した。仕事は評価してるよ。でもそれとこれは別問題だ。
切り札なんだよこの黄金は。そんじょそこらの退魔魔法や補助道具とは違う」
他人の怒を見れば自分の状況を正しく評価できる。俺は怒りの矛を収めると、トリナを鎮める。
「作戦の決行時にはそれを渡せ。でないと倒せないんだろ?」
「ああ。以前と同様、この紙を見せるといい。合言葉も同じだ。頼んだよ」
そう言ってようやく、占い師は俺たちの部屋を出ていく。
光を浴びて輝く硬貨を眺めて毎日を潰していると、作戦決行の時が来た。
俺とトリナは、馬車を目指した。
読んでいただきありがとうございます!




