四十二話 森の依頼と動く死体
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宿に戻りトリナと話す。夜間に依頼がある事を伝えると、それなら今のうちに休眠した方がいいのではと。
やる事もないため、寝た。
「またこれか……」
言いようのない浮遊感。腕、脚、背中、腰。顔のパーツだって、今は何も感じない。
俺を構成する体の各部位。それどころか、身体というそのものの欠落。
いや欠落ではない。全てが初めから無いのだから。
ただ一つだけ、まだ俺の自由になるもの。それは自分の意識だけ。この空間、俺の夢であるにも関わらず依然、俺は自由ではなかった。
『久しぶりだね。何日ぶりだろうね? だがまあ、僕たちの間では時間の隔たりなんて関係無いよね?』
「なんでまだ俺に付き纏うんだ。他の誰かの所……お前を信仰する奴等のとこにでも行けよ」
『僕を信仰する人間か。行っても楽しくないだろ? そんなところ』
相変わらず靄の形を取り続ける神とやらは、不愉快な口調で話をしていた。
「何のようだ。夢に現れるって事は、何かあるんだろ。早くしてくれ。こんな夢、いつまで経っても気分が悪いままだ」
『別にどうこうなんてないよ。でもまあ、近々良くない事が起きると思うよ。その時、僕の事は恨まないでほしいな』
「状況によるだろうな。起きた出来事とか、原因とか」
『未来は分からないよ。僕でもね』
それから少しの沈黙。俺はもう用事が無いだろうと、無い瞳を閉じる真似をした。
相変わらず景色は、俺の意識へ直接語り掛けるようだったが、徐々に霞がかってついには現実に戻る。
窓から見える空はすでに真っ暗で聞こえてくる声も少ない。トリナを起こして、馬車の待合い所まで歩く。
たどり着いたそこにはすでに一台の馬車と、傍に禿頭の男が立っていた。
「アンナリナの使いだ。この紙を渡せばいいと言われたんだが」
「ん? どれ…………まあ間違いないか。乗りな。例の森まで連れてってやる」
安馬車よりもボロっちい馬車。俺が以前に乗った物ですら、もう少し上等であった。
馬が走る度にガタガタと座席の揺れる感覚があった。
船酔いのような気持ち悪さが、俺の胸に宿る。
「それで、あんたらはどんな経緯で、アンナリナと知り合ったんだ? 盗賊じゃあねえだろ」
「ギルドでちょっとね」
「良いように使われてるな。まあ俺もいっしょか。それとそれと、ちいと居心地悪いが我慢してくれよ」
トリナは具合悪気な俺を見ながら「今更ですか」と呟いた。
そうして整備の行き届いていない馬車に揺らされた末、ようやく依頼の森についた。
夜という事も相まって、おどろおどろしい雰囲気だ。入りたくないために、足がすくむ。
「終わったらここに来い。待ってるからな。
明日、太陽が真上に登るまでは待っておくからよ」
「分かった」
木々の乱立は無秩序で、でこぼこの地面に足が取られる。手掛かりは冒険者の一団。それ以外にはない。
何処にいるのかも、どのような魔物が潜んでいるのかもわからない。
全てが手探りの中、トリナは息を切らしていた。少女である彼女には険しい道のりだったようだ。
いましかまた、立ち止まり休む。
「大丈夫か」
「うん。ただちょっと、息を切らしただけ。直ぐ、治るよ」
乱れた呼吸を無理やりに整えて、大きく息を吸い込んだ。
森の中を歩き続ける。魔物は見えるが、うまく隠れてやり過ごしていた。人より優れた五感を持つ魔物に感知されるのは、一番避けたい出来事なのだ。
物音たった一つにすら、必要以上の警戒をする。そうして右も左も分からなくなった頃、俺は見た。
一際大きな樹木に背中を預けて座る男の死体を。近づくと、彼の死体の側には仲間達も転がっていた。
一人、二人、三人。やはり全滅しているようだった。魔物や獣に齧られたようで、体の組織が欠損している部分が見える。
口元を押さえて小さな悲鳴を上げるのはトリナ。やはり、彼女には少し早かったのかもしれない。
他の者より多くの荷物を入れていたであろう男の死体を探る。ポケットやバッグに手を入れるも、お目当ての品は見つからない。
誰が持っているのだろうか。しゃがみながら探っていた俺は、突然の事で地面に倒れてしまった。
死んだと思っていた男が、いきなり起き上がったのだ。そして俺を押し倒す。地面に転び、後頭部をぶつける。
振り上げられた拳は、所々の肉が剥がれ落ちているが、当たるわけにはいかない。
直線で叩き落とされるその拳を回避して死体の腹部を蹴る。
すると死体は背後に飛ぶように転がる。軽いのか知らないが、意外にも簡単に拘束は解除された。
体勢を立て直す。そして辺りを見回すと、他にも死体が立ち上がっては、俺たちを攻撃しようと近づく。
その歩みはひどく遅いが恐れというものを知らないかのようだった。止まる事も引く事も知らない死体は、ただ目の前の生者へ行進を続けた。
「トリナ、俺から離れてろ」
「えっ。でもそれじゃあ、他の魔物に襲われるかもしれないのに」
「お前が後ろにいたんじゃうまく戦えないんだよ」
俺は腰につけた短刀を引き抜いた。お披露目はまだ先になるかと思っていたが、こんなにも早く出番がくるとは。
動く死体が近づくまで待っても良いことはないだろう。俺は比較的近場にいる一体に対して走る。
逆手に持った短刀で、伸ばしている腕を切断した。ドロっとした黒色の血液が流れると、痛みを感じない死体は、もう片方を俺に向かわせる。
四角い切先を無理に突き刺し、関節ごと強引に切り上げる。両腕を失ってもまだ、頭がある。特には口のようだ。最後に残った武器で俺を噛み殺そうというのか。
空中で短刀の向きを変つつ持つと、頭を割る。竹割りのような強烈な一撃で、死体の頭蓋を打ち砕いてはその下。
柔らかでいて生命の根幹である臓器を破壊する。
硬い骨に刺さって嵌る短刀。動く死体に足をかけながら無理やりに引き抜く。
流石の死体でもこの攻撃はかなり堪えたようだ。背後に倒れ込んだ死体へ三、四度同じ攻撃を繰り返すとようやく動きを止めた。
だがまだいる。同じように処理するには、時間が掛かる。それなら、魔法の出番だろう。
死体の腕やら胴体やら、手近な部分を破壊しながら風属性の魔法で脚を切り離す。
すると当然ながら、支えを失った奴らは地面に伏せる。
機動力の無くなった者から頭部を破壊して回る。仲間がやられているのを見ても動きを止めない。やはり、すでに意識なんて物は無いのだろう。
動き出した全ての死体を無力化した。辺りはバラバラになった人体が散らばっており、それはもう凄惨な現場に見える。
そんな中でただ一つ、欠損のない綺麗な死体があった。近づいて持ち物を探る。すると、何か棒状の物を見つけた。
手に取って見てみると、それには解読不能な文字がびっしりと刻まれている。
これが、アンナリナの言っていた『黄金の秘文字』というやつだろう。
「おーい、トリナ。もう大丈夫だぞ」
「あ、分かりました。そっち行く」
木の影に隠れていたトリナが、ひょこりと姿を表す。俺の側まで来ると、黄金とはいかないその物体を覗いた。
「輝いてはないですね。黄金っていうから、光ってるものだと思ったのに」
「まあ、いいだろ。それにこれ以外、それっぽいもんも見当たらないし。とりあえずこれを持ち帰ろう」
トリナを抱えると俺は魔法で飛び上がる。だが、一度で森を抜けられるわけもない。
枝から枝へ。枝から幹へ。そうやって繰り返してようやく、広大な森の真上に飛び出す。
浮遊時間は決して多くない。
だからトリナと二人で探すのだ。だが意外にもすんなり見つかる。
「ありました! あっちですあっち」
指差した方向には、小さな小さな円形の壁が見える。という事は馬車で待っている男はそちらの方向。
森に落下した後、俺とトリナは忘れない内に歩き出した。




