四十四話 死霊王者との戦い 前半
夜半に訪れたのは共同墓地。街では火葬の文化があるのか、山になった遺体がいっぺんに焼かれていた。
焼きはすでに終わっているようで、ひどく黒焦げた臭いが漂う。
その他には墓があるのだが、こちらは土葬だろうか。俺は、警戒の目的で辺りを見ているゲルニカへ質問した。
「遺体はそのまま埋めるのか? それとも、あの山みたいに焼くのか」
「基本は埋めているな。他人の体を焼くのは、本来教えに反している。だからいけない事だが、事情が事情だからな」
焼けば筋組織やら皮膚やらが動かしづらくなるのだろうか。とにかく、明確な理由があってそうしているらしい。
墓石や遺体の側を通って進む。
A級冒険者、ゲルニカと兵隊。二手に別れて探す。標的である魔物は、一体どのような姿をしているのか。
濃密な死の臭いが充満しているその空間に、死霊王者は佇んでいた。
何をするわけでもなく立ち続け、すでに届きはしない夜空に想いを馳せる。背中から感じるのは哀愁。
果たして届かない空に、彼はどんな記憶を持つのだろうか。
地面に向かうにつれて擦り切れるようにボロボロになった外套。フードを被り、頭部どころか体のフォルム自体見えない。
「僕が仕掛ける。様子見にこいつを投げるから、僕の合図と共に散開してくれ」
A級冒険者である青年、リンデルはそう言う。胸の内ポケットから鋭いナイフを取り出すと、死霊王者との距離を測量する。
瞬間、風切り音が耳に届くと同時に、真っ暗なローブに突き刺さる。それより少し前には既に、冒険者は散開していた。
『黄金の秘文字』を持つトリナを影に隠して、俺も戦闘に参加する。
冒険者たちは皆実力者ばかりで、果敢に死霊王者へと立ち向かう。
リンデルの素早く重い一撃を、儀礼用に見える剣で受け止める。その隙に、ガラ空きになっている脇腹へ斧が近づく。
紙一重で躱しても、他の剣が動きを阻む。
魔法で援護しつつ刺し込める機会を伺う。だが放った魔法は、死霊王者のマントに触れると消えてなくなる。どんなカラクリだか知らないが、効果がないのであれば使う必要はない。
そうして俺たちは、多対一で戦う。だが決めきれない。強さは、死霊王者と呼ばれる所以だろう。
とその時、奴の握っていた杖が不気味に光る。経験豊富な冒険者は、その光に恐れを抱いた。そして身を引く。
だが背後から迫る冒険者には、その光は見えない。
直後、死霊王者の足元からは奴を囲むように杭が生えた。一瞬の内にだ。
太く強靭な幹のようなその杭は、人体を容易に貫通する。事実、背後を取った冒険者の二名は串刺しになって死んだ。
下半身から頭頂部までを貫いたその杭が、地面に吸い込まれるように消えていく。
同時に支えを無くしたB級冒険者の身体は、残酷に死霊王者の足元へ落ちた。
その様子を見たエルミンという冒険者は激昂し、自分勝手に突撃をしてしまう。
リンデルの制止すら、既に耳には届かなかった。
屈強な両腕で斧を振り上げた。空気を切り裂くような凄まじい一撃だが、死霊王者は簡単にいなしてしまう。
そして人差し指をエルミンに向ける。力任せに斜め上へと斧を振るよりも早く、死霊王者の炎魔法はエルミンを焼く。
肉の焼ける嫌な臭いと断末魔が、静寂の夜に溶け込む。
「ゲルニカと合流した方がよさそうだな」
冷静にそう言う俺に、リンデルは無言で肯定した。武器を手に持ったまま、生き残った俺たちは退く。が、死霊王者は逃すつもりはないようで、墓地の死体たちを操り始めた。
もちろん、先ほど死んでしまった冒険者も同じように。
四方八方からゾンビがやって来ると、今度は俺たちが押される番だった。一体ずつの脅威度は高くない。だが死を恐れない行進が厄介だ。
それに加えて、死霊王者の魔法。捌ききれなくなる。
数十分格闘していてはずだ。その間、死霊王者は、狩りを楽しむようにして戦っていた。
不幸中の幸いだった。仮に死霊王者が積極的に先頭に参加していたら、既に全滅していた。
ゾンビの数を減らしながら後ろに引いていく。そしてようやくゲルニカと、彼の部下である部隊との合流に成功する。
手練れの兵士たちは次々にゾンビを倒していく。道を作り、戦況をこちらに傾ける。
だが死霊王者も伊達ではない。ゾンビが削れたからと、そんなものは憂慮すべきでもないらしい。
依然として強力な魔法で、俺たちを苦しめる。ゲルニカの兵士たちにも既に犠牲者が出ている。
激戦の中、背中を合わせたゲルニカとリンデル。互いが互いに話を聞く。
「終わりが見えてきたかもな。アレが死霊王者か?」
「ええ。ですが勝てるかどうか。正直、僕一人では無理です」
「そのための討伐隊だ。全員でかかれば、もしかするだろ」
そんな事を言うゲルニカは、槍を軽く掲げると炎の矢を現象させる。短く細長いその矢を複製し、射出する。
炎の矢に突き抜かれて身体を燃え上がらせるゾンビたち。そうして強引に、死霊王者への道を切り開く。
多くの仲間と戦友を引き連れて、彼らは死霊王者へと立ち向かった。
かく言う俺も、こうして他人の状況を冷静に分析している余裕は無かった。
数日前の経験からゾンビへの対処法は理解しているが、的確に首や弱点を狙うのは、それなりに神経を使う。
いくら知覚強化していようと魔力には限りがある。頃合いを見て、俺も死霊王者との戦いに向かおう。その前に。
「トリナっ、どこだ!」
「こ、ここだよ!」
俺の呼びかけに、トリナが答えた。声の出所を頼りに歩くと、一本の木の上から発していると分かった。
見上げると、トリナは飛び降りようとしていた。
「ばっ! 飛び降りるな! っうぅ……」
支えきれない重量が俺の体に落ちてきた。トリナは俺を下敷きにしてなんとか怪我は無かった。
「なんで……飛び降りるんだ」
「こっちの方が早いかなって。はい、これ。使うんでしょ」
胸の上に乗っかるトリナから、一本の棒を受け取る。黄金に輝く秘密兵器。死霊王者に対する切り札だ。
「いいかトリナ。お前は離れてろ。さっきみたいに木の上に陣取っていてもいい。俺たちが全滅したら、お前は逃げろ」
「うん。分かってる」
トリナに釘を刺した。短くない時間を共にしたら、やっぱり感情が芽生える。理解していたけれど俺は、やはり絆されやすいみたいだ。
こんな時でも”仲間”の未来を心配してしまう。
トリナを下ろすと俺は死霊王者との決戦に向かう。
死霊王者へ続く道には、近衛のように立ち塞がるゾンビ。雰囲気の違う彼らは、ついさっきまでは生きていたB級冒険者の三人。
とりわけ、俺の相手になったのは斧を持っていた冒険者、エルミンだった。
死後間もない彼らは敏捷で筋力の低下も見られない。”新鮮さ”は、ゾンビにとっても命らしい。振り回す斧の刃は、兵士の鎧を砕いてその下の胴体に致命傷を与える。
横から向かってきたそんな一撃を、俺は短刀で受ける。弾いて、逸らして、回避して。そうやって攻撃のパターン性を掴む。
が次に訪れる攻撃を予測するのは至難の業だ。
心の中だけで毒付いて、あの剛腕を切り落とす方法を考える。
「炎の矢か……いや無理だ」
思考を言葉にして、俺は無理だと断じた。
一度見ただけの技術を真似出来るほど俺は熟練していない。付け焼き刃な魔法より、使い慣れたもの。
短刀の刃が欠ける。悔しい事に、エルミンの斧に欠けは見当たらないしその攻撃も、俺なんかよりずっと筋がいい。
正面戦闘では勝てないだろう。小細工。だが何がある。風魔法。俺の手札だ。
作戦を考えようにも激しい乱撃が、俺の思考をかき乱す。
斧に当たれば死ぬ。それは間違いない。緊張感と恐怖が、冷静な思考を許さない。
狭まった視野。そのせいだ。俺は脇腹を殴打された。気がつかなったのだ。
右に吹き飛んで地面を転がる。が、痛がっていては死ぬ。受け身を取るとすぐに構えを直して応戦。
さっきよりも一撃の重みが違う。軋む痛みが体に走る。力が入りづらい。回避するにもピキリと脇腹が引き攣る。
「うぉぉおぉお! 攻撃を続けろお!」
ゲルニカの部下たちが、エルミンへ槍を突き刺す。肉体はただの人間であるために、簡単に貫かれる。だが痛みを感じないゾンビである彼は、標的を変える。
一瞬でも俺から目を離すべきでは無かっただろう。風魔法で腕を落とす。走り出し、短刀を逆手に。
背後から首を切りつける。まだ体から離れてはいない。『とっぷう』の風魔法で土煙を起こして姿をくらませる。一瞬だが、その時間で俺は再度首を切りつける。
二点の切り傷。そして最後に完全に切断し、俺はゾンビを倒す。そうまでしないと、死霊王者への決戦には参加できなかった。
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