四十話 魔物退治
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「街の東側。壁外に位置している牧場ですか。魔物に襲われても仕方ないのでは?」
「街の中じゃあ、動物たちも自由に過ごせないんじゃないか。理由は分からん。とにかく、俺たちは魔物の脅威から動物たちを守るだけだ」
城塞都市の東側。街の中でもそれなりに位の高い人間が多いのだろう。家々の豪勢さもそうだが、巡回する兵士の数が相対的に多い。
そういった前提を元に住民たちを見てみると、確かに格式高い雰囲気を纏っていると言ってもいい。
なんだか近づき難い場所だ。自分が場違いのように感じてしまう。
東門から橋を渡って、俺たちは足早にメジェカの牧場まで向かうことにした。
どこまでも続くような無整備の広野。そんな中で一段と目を引く場所。大きな納屋がいくつもあり、それに応じて家畜用の柵も広大だ。
何人もの従業員を抱えているのが一目で分かる。それに、歩くたびに人とすれ違った。
それぞれの仕事を全うしているのだろう。
煙突から出る煙を頼りにメジェカの住居を目指す。それにしても、煙突か。そんな物がある建物は、初めて見た。
ドアを開けて中を覗くと、素朴で過ごしやすいという印象を覚えた。
丁度、避暑地のコテージのような、落ち着く匂いにわかりやすい家具。牧場主は、それなりに儲かるのだろうか。
「勝手に入っていいんですかね」
「どうだろうな。わからん。でもまあ、メジェカが居ないんじゃあな……」
トリナと顔を見合わせて立ち止まる。誰かの家に土足で立ち入るのは、良くないだろう。
分かってはいるのだが、他にどうしろと言うのだ。
「外で待ってるか」
「えっ、中にいるかもしれないのにですか? もういっそ家に入ってしまってもいいのでは」
「さすがに無断はな。こうしてドアを開けてるだけでも、本当は良くない事なんだぞ」
「私の故郷ではみんな家族みたいな感じでしたから。クセが抜けてないのかもしれないです」
そうして石段の上に座って待った。日向ぼっこをしていると、トリナの頭がこくりこくりと上下している。
ついには眠りに落ちてしまった。つられて俺も眠りそうになってしまう。
だが意識を保って、牧場主の帰りを待っていた。すると突然、背後のドアが勢いよく開け放たれた。
驚いて見てみると、そこにはメジェカが立っていた。
「中にいたんですね。てっきり外出してるもんだと」
「今日は休もうと思っていたんだよ。定期的に、溜まった洗濯物をやらなきゃいけないしね。それで、依頼は受けてくれるのかい?」
「それでここまで来たんだ。家の中に入ってもいいか」
「構わないよ、むしろおいで。テーブルに座って話そう」
手招きしたメジェカ。俺はトリナを背中に抱えて後を追う。背負われたトリナは目を覚ましていたが、歩くのが面倒くさいのか俺にしがみついたままだった。
「ほら、適当に座りな。腹が減ってるだろう? 食べるもの持ってくるから、少し待ってるんだよ」
「いや、そんなに気を使わなくても……」
「これから仕事なんだ、腹ごしらえしないと。空腹ってのは、人間の一番の敵なんだよ?」
メジェカのその勢いと圧に気押されて椅子に座った。少し待っていると、両手に皿を抱えて彼女が戻ってくる。
それだけでは終わらず、キッチンに向かってはまた戻ってを繰り返していた。
テーブルの上にはいくつもの料理が並んだ。食べ切れる量ではなかった。それはメジェカ自身も理解しているようで「食べたいものだけ食べな」と言って食事が始まった。
干し肉やチーズ。ローストビーフにも似た、新感覚な肉料理。パンは珍しくカチコチではなく、それなりに食べられるもの。
スープだって味がついている。野菜も摂れて最高の食事。フルコースと遜色ないだろう。
トリナの寝ぼけた頭にも誤魔化せない旨みの香りで完全に目を覚ます。
「こ、これ食べてもいいんですか?」
「小さいんだから食べなさい。体を大きくしないと、将来娶ってもらえないよ!
あたしを見な。これは全部、この牧場で作ったんだから」
体が大きく頑丈でも、貰い手がいない理由が分かる。口が裂けても言えないが。
一通りの食事を終えた俺とトリナは、本題に入ることにした。
「それで魔物の事だけど、どのような魔物で?」
「人型ってやつかね。二足歩行で手に何か握って。よく見えなかったけどね」
「そうか。毛が生えていたかとか、布を纏っていたかとか、他にも何かないのか?」
「うーん、背中に何か……岩? のようなものを背負っていたかもしれないねえ」
そこまで言われて、腕に何かが寄り掛かる。と言っても隣はトリナの席だが。
「お腹一杯になって眠くなっちゃったんだろうねえ。それで、あんたはどうする。
納屋なら、自由に使っていい所があるけど」
「そこで準備したりしてもいいのか?」
「もちろんさ。依頼中は、好きに使ってくれ。それに役立つ道具も、探せばあるだろうしねえ」
「ならそこに移動する。魔物を目撃したのは夜間だろ?」
「昼間にも何回か見た事がある……でも大概は夜だよ」
「そうか……ならやっぱり、今の内に寝ておこう。納屋に案内してもらっていいか」
そうして俺は、使っていないという納屋に案内された。とは言っても今の時期に使っていないだけで、冬になれば解放するらしいが。
がらんとしている。仕切り柵があっても中に家畜がいないと寂しいものだと思った。
「自由に使ってくれ。罠を作るもいいし、武器を研ぐもいい。布団で寝たくなったら家に来な。いつでも使っていいから」
「じゃあ色々と借りるよ」
メジェカにそう伝えると、彼女は納屋を去った。家の中に戻ったのだろう。
俺は家畜を囲っている柵の確認に赴いた。
平たく加工した木板を縄で縛り、それを連結。何枚も何枚も繋げて円形を模ったそれは、魔物の襲撃にはあまりに脆い。
遠ざける為の抑止にはなるが、止める為の防壁にはなり得ない。
今から補強しても終わりはいつになることやら。柵の補強案はなし。
だからと言って、俺が全ての魔物を倒すのも現実的ではない。松明を等間隔で設置して、魔物の威嚇に使う。
思いつくのはこれくらいだった。より経験を積めば良い考えが思い浮かぶだろうか。
俺は納屋に戻ると干し草の上に寝かせていたトリナを起こして指示する。
「おいトリナ、お前は頑丈な枝を探して加工しろ。腕が麻痺するまでな」
寝起きの瞳で見つめられるが、間髪入れずに話す。
「うーん……。枝を集めて何するんですか?」
「槍の代わりにして、遠投しようかなって」
「わかりました。じゃあ、ユウキは何をするんですか?」
「松明を設置する。牧場の人にも手伝ってもらうから、すぐに終わらせて手伝う」
それからというもの、柵には大量の松明が取り付けられる。納屋に戻って枝を加工すると、大小様々な木槍が出来た。
やがて夜が訪れる。人々は帰るべき家へと戻り、ドアを閉める。
家族と過ごす者もいれば一人で過ごす者もいるだろう。そんな中、俺は松明一つ一つを灯していく。
火打ち金で火花を散らして回るのは、想像以上に重労働だった。
「トリナ、準備しろ」
「うん。じゃあこれ、ユウキの分」
紐で縛られた木槍の束を一つ、俺は手渡される。他の全ては、少女であるトリナに任せていた。
背中がハリネズミのように刺々しいトリナ。
あっという間に空は黒く染まる。地上には松明があるため、昼のような明るさ。そのチグハグさが、なんだか恐ろしい。
牧場内を巡回する。魔物の痕跡がないか目を光らせていた。すると目先に、何か二足歩行のものを発見した。足音を殺して近づく。
背後を取った。やれる。そう思ったのに、正体は牧場で働く一介の者。ため息混じりに木槍から手を離す。
だが直後、遠吠えが聞こえた。かなりの大きさだ。向きと声量から、近場だと理解した。
「ユウキ、あそこです。あそこにいます!」
指差したのはトリナ。どうやら彼女、目が良いらしい。俺が視認できない距離を指し示した。
片手に槍を持ち、それを投擲した。
両足を地面に付けて適度に股を開く。安定したフォームには力が籠り、初めてとは思えないほどの速度と正確さで飛ぶ。
当たったかどうか。わからない。確認のため、俺は急いだ。新たな槍を補充しながら地面を蹴る。魔物が立っていた場所には何もない。
足元に転がる死体以外には。
犬のような顔に、背中には石を背負っている。見た事もないが、今は他の魔物に対処しなくてはならない。
家畜の悲鳴が鳴り響く方に向かう。
予想通りに同じ魔物。数匹の群れで家畜を襲い、肉を食らっている。走りながら狙いを定めて投擲。
喉を貫通して、一匹が死んだ。すかさず、風魔法でもう一匹を攻撃。たどり着く頃には残り一匹。
勢いそのままに胸を突き、地面に押し倒す。数回顔を踏み抜けば、魔物とて死んでしまうのだ。
それからも牧場内を駆け回り魔物を殺して回る。返り血で体が染まる。それでも働き続けた。
槍を投擲して魔法を現象させて。
松明は役に立った。同時に、弱点ともなった。魔物も俺も、暗闇の中で光り輝くそこを目指すだけなのだから。
呼吸がままならない程の運動量。夜が明けるまで魔物を狩り続けた代償だった。
明け方、残った魔物はいなかった。数多の同胞の死を見て、まだ牧場に残ろうというものはいなかったようだ。
ひと段落ついた。が、やられた家畜も多い。依頼が成功か失敗かを聞かれたら、失敗よりの成功と言ったところだろう。
地面に大の字になり空を見上げた。顔に影がかかる。誰かが俺の顔を覗き込んでいる。
「これで一件落着ですか」
「一応はな。だが、またいつ襲われるか分からない。どうなるか知らないが、メジェカに話してみるか」
「納屋で生活するの? 私はちょっと」
納屋での睡眠は、トリナにとって心地よいものではなかったようだ。少し考えて、俺は言う。
「依頼金をもらってそのまま、とんずらするか。それから新しい依頼をやればいい。
ここに固執する理由はない」
「でもメジェカさんのご飯は美味しいし……」
「お前な、どっちがいいんだよ」
そうして話していると、地面を伝う振動が俺の体を揺らした。
「おやおやまあまあ…………とんでもないねえ」
牧場内の惨状を見たメジェカが、言葉を洩らした。この結末に、落胆しただろう。
「俺では力不足だった。出来るだけのことはしたが、守りきれなかった。
もっと腕の立つ冒険者に直接依頼を出すといい。俺なんかより、立派に仕事をしてみせるだろうから」
「やるだけの事をやってくれたんだろう? それに無くなったもんじゃなくて残ったもんで、これからを考えないといけないからねえ。
だが、助けてもらったのは事実だ」
メジェカはこの惨状を前にしても取り乱さない。これからの事を、静かに考え始めた。
「依頼金は渡すよ。仕事をしてくれたんだからね」
「……なんだか申し訳ないな」
「何言ってんだい、相応の対価は何事にも必要さあ。ああそれと、あんた知り合いに冒険者はいないのかい? いるなら雇いたいんだけど」
「ギルドに行くしかないと思う。俺には知り合いがいないんだ」
「まあいいよ。ほら、報酬だよ。これでうまいもの食べて、体大きくしな!」
俺は依頼金を受け取った。自身の半端な仕事に対する報酬としては、かなりの額であり重さであった。
別れを告げ背中を向けて、俺たちは牧場を後にした。そんな背中に、メジェカは暖かな言葉をかけてくれた。
「金なくて腹減ったらウチに来な! 雇ってやるから」
そうして俺たちは、宿に戻る事にした。




