三十九話 牧場の女主人
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「冒険者認定証を提出ください」
首元を探ってみるが、ない。じゃあどこだ。ポケットだろうか。
ズボンに付けられた深いポケットに手を入れると、異物感を感じた。
取り出してみるとそれが認定証であった。
「これでいいだろ。はあ、依頼を吟味するだけなのにコレを出す必要はあるのか?」
「街での決まりです。人の出入りが多い分、悪意の出入も増えますので」
しっかりとした着こなしの受付嬢は、事務的な言葉で伝える。そんな機械的な応答を終えた俺は、数多の紙が乱雑に貼り付けられた一枚のボードの前に立った。
「メジェカ……メジェカ…………。あのおばさん、本当に依頼を出したのかよ。全然見当たらないぞ」
空にぼやくみたいな独り言。誰も聞いていないだろうし、誰にも聞こえていなくてよかった。
もしもメジェカの耳に「おばさん」という単語が届いたとしたら、それは俺の死を意味する。
紙をめくって裏を覗く。ない。
どこかに落ちていないかとしゃがみ込む。ない。
見落とし確認のため同じ場所を覗く。ない。
依頼ボードの前で頭を抱えた俺は、他の冒険者からしたら厄介な存在だ。一人で場所を占有しては居座り、ブツブツと独り言を発する。
恐怖だろう。
だが俺だって、恐怖なのだ。あの牧場主の女、メジェカの存在は俺の頭を悩ませている。
ついでにトリナも俺と同じく、あの牧場主にビクビクとしている。
話は三日前に遡る。いや、五日前ほどだろうか。出会いは突然だったのだ。
ゲルニカの依頼を達成した後、俺は日々依頼をこなしていた。朝目が覚めたらギルドに向かったし、帰りには食事を持って宿に戻る。
トリナも同じく俺について回っている。一人より、二人で依頼を行う方がぐっと効率的なのだ。
旅行とは往々にして、金の掛かるもの。この世界では旅というものは、金持ちの特権である。
馬車だってタダではない。格安の馬車旅は、すでに経験済みだ。
生活費だってバカにできない。
食料、洗濯、消耗雑貨、宿代。すぐに思い当たるだけでもこれだけある。
加えて俺は、他人からすれば異端らしい。異常なペースで体を洗う。洗濯だって頻繁に行う。俺からしたら、むしろサボっていると言われても仕方がない頻度なのだが。
そのために日々の出費は大きく、依頼は日銭を稼ぐための手段となっていた。これでは旅の資金が集まらない。
かと言って、自らの生活の質を一定水準以下まで落とすのは精神安定上、難がある。
魔物退治の依頼でもすれば、いい金額が稼げるのだが、丸腰で挑んでも自殺に他ならない。
だから俺が受ける依頼は簡単なものばかり。『ペットを探してくれ』とか『薬草《アグリカ草》と薬苔《バルカラ苔》を摘んでこい』とか、駆け出しがよく受け付けるものを重点的に選んでいた。
ここ数日は、水浴びだって自制気味だ。当面の目標は、まずは武器を仕入れる事。
短剣か斧。できれば斧だ。駄目なら棍棒でもいいのだが、やはり金がいる。
トリナと相談すると、彼女は棍棒で大丈夫だろうと提案した。
刃こぼれもしないし携帯性も高い。そして何より、価格の低さ。種類はあるが安い物も多々ある。これなら、すぐに買い込める。
目標を定め、俺たちはギルドに向かった。すると道中で人溜りを見つけた。牛車が道で止まっていた。
集まった人々の隙間から見えたが前足が、石畳の亀裂にすっぽり嵌っていたのだ。
牛本来の体重に荷物の荷重。合わさった総重量は考えたくもない。
ちなみに、俺の知っている”牛”より発育が良い。
「荷物を下ろしたら軽くなりそうだが、試してみたのか?」
「それがなぁ……ありゃメジェカさんとこの奴なんだよ」
「メジェカ? 誰だ、その人は」
「知らないって事は、兄ちゃん外から来たのか。メジェカさんは街で一番の牧場主さ。と言っても、この街で牧場を持ってるのが彼女だけなんだが」
「じゃあそのメジェカって人は、一人でこの街の畜産を担ってるのか? こんな広い街の」
「元は何人もいたが、メジェカさんが全部まとめっちまったのさ。ありゃあ女傑だよ、女傑」
薄手の半袖に頭には布を巻いた農奴に話を聞いた。愛想よく話をしてくれる彼に、俺は質問を続けた。
「で、荷物は下ろさないのか?」
「メジェカさんが怒鳴りつけて、ケツを叩くだろうな」
「どんな制約でそんな事をされるんだ。緊急事態なら、仕方なくないか? 融通の効かない人なんだな」
「おいっ! 聞こえるぞ。静かに話せよ」
農奴は焦り、振り返って俺の肩を叩く。ちらと視線を向けた先には、体格の良い大きな人間がいた。筋骨隆々とまではいかない。
言うなれば、より実践的な筋肉と脂肪を蓄えていると言った印象。
「……まさか、牛の前に立つ人がメジェカか?」
「そうだ。メジェカさんが居なかったら、もうとっくに商品は地面に下ろして解決してたろうな。全く、商品へのこだわりも仇となるか……」
眉間に皺を寄せるメジェカは、どうにかして牛車を引き上げようとしている。だが、人力だけではとても上がりそうにない。
メジェカがプライドを、一瞬でも捨ててくれるのなら話は別なのだが。
見かねた俺は、メジェカと言う女性の前まで向かう。
「手伝いますか?」
「ありがたいが、あんたみたいに細いと力にならないんじゃないかい? アタシみたいな体が必要なんだよ」
「何も体格だけではないと思いますが……。
魔法で浮かせるか試してみましょう」
そう言って嵌った足に手を近づける。驚かさないよう慎重に、小さく弱く、風魔法を使う。
多少だが、足が浮いたのを確認した俺は、メジェカに言った。
「俺が魔法で浮かせるから、その間に、前足をどうにかしてくれ」
「どうにかって、あんたがやってくれるんじゃないかのかい?」
「助け合いでしょう? 準備はいいですか?」
同じように風魔法を使う。そして浮かんだ前足をすかさず、メジェカが前にずらした。
すると牛はバランスを取り戻しながら歩き出した。メジェカに制止させられるとそこで止まる。
一種のショーが終わったように、集まっていた野次馬は次々に解散していった。
「助かったよ。アタシはメジェカだ。ここの街で牧場をやってるんだ。アタシたちの作る牛乳は最高だよ」
「ああ、機会があればもらうよ」
「あんたの名前は? 助けてもらって手ぶらで帰すわけにもいかないしね」
「ユウキだ。こっちはトリナ。……トリナ、お前どこにいた?」
「みんな背が高くて……」
「はっはっはっ! ユウキにトリナか。改めて助かった。何か困ってる事はあるかい?」
豪快に笑った姿は巨漢と見紛う。俺は正直に金に困っている事を話した。
「依頼なんかはないか? できれば魔物退治以外で」
「魔物退治なら丁度人を募集しようと思ってたんだけどねえ」
「内容だけでも聞かせてくれ」
「牧場付近に、何か魔物が現れたんだよ。生憎アタシは冒険者じゃないから分からないが、ありゃあ悪意を持ってるよ」
魔物か。もうなりふり構うのも面倒になっているし、上手い具合に言いくるめられないだろうか。
「規模はわかるか? どのくらいの数を見たかとか」
「さあね。簡単に襲わないところ、数は少ないんだろうねえ。で、助けてくれるかい?
今度も私を助けてくれたら、依頼金はたんまり出すよ」
「そうだな。見張り番程度ならできると思うが、戦うには武器が無いんだ」
「ならウチにある道具を使えばいいじゃないか。牧場だから、色々と器具が揃っているのさ」
うまい口上に乗せられている気がする。いやいや待て。武器も無しに魔物退治は危険だ。ここは悪いが、断ろう。
「依頼を受けてくれるなら、報酬は、そうだねえ……銀貨五枚でどうだい?」
「五枚か。でも、魔物を退治しなくちゃいけないんだろ?」
「退治じゃなくてもいいさ。アタシたちの牧場や動物に悪ささえしないのならね」
「……受けるかどうか考えさせてくれ」
「早く決断してもらわないとねえ。まあいいや。とりあえず、ギルドに依頼は貼り付けておくよ。早い者勝ちになっちゃうからねえ」
そう言うと、メジェカは牛車に乗って進んだ。
トリナと顔を見合わせて考えるが、今日のところは簡単な依頼を、今までどおりにやろうと決めた。
そこからずるずると引き延ばして分かったのは、やっぱり銀貨五枚で見張り番ってのは、破格だと言う事。
故に、俺は血眼になってメジェカの依頼書を探していたわけだ。
強制では無いにしても圧力を感じたのは確かだ。まあそれも、今になってはと言う奴で、すでに他の冒険者が手に取ってしまった可能性もある。
が、俺が運良く掴んだのはメジェカの依頼書だった。重なった依頼書類の中には無かった。
俺はそれを受付けカウンターに持って行くと受注した。




