三十八話 城塞都市の兵士
「ゲルニカ様宛ですか……。ゲルニカ様とはどういう間柄で?」
「彼は依頼主ですよ。で、俺は冒険者です」
アグリカの兵士にそう伝えた。終始、俺への疑いは晴れなかったが、最終的には手紙を受け取る事にしたようだ。
身に着けた鎧が重いのか歩く姿がぎこちない。それから一日後、返事はすぐに帰ってきた。待ち合わせの場所はもちろん南側の橋だ。
「どこかに向かうんですか」
大きな布で包んだ、秘密兵器を抱えた俺。
するとトリナが尋ねた。何処に赴くとしても、彼女には関係ない。それどころか、むしろ自由に動ける時間が増える。
「ゲルニカという人の依頼で、南側の橋に行かなくちゃいけない。その間、お前は自由にしておけ」
「は、はい」
「いやそうだ、冒険者ギルドでいくつか簡単な依頼を見繕って来てくれ。俺の認定票を渡す。
まあ、バレないだろう」
厳しい制約の上で成り立つ冒険者という肩書き。認定票の譲渡は誠実な行いとは言えない。
だが今回のは、依頼を見繕ってもらうだけ。いわば予約のようなものだ。
簡単な依頼や割りの良い依頼は、すぐに人が群がる。反面、金払いの良くない依頼は残りがちだ。
ちょうどよい塩梅の依頼。それをトリナに見つけてもらう。ただそれだけの事。
それは巡り巡ってギルドや冒険者のためにもなる。
「あの、私もついて行っていいですか?」
「依頼にってことか。お前に何ができるんだ?」
「周りへの呼びかけとかなら……」
「汚水に抵抗あるか?」
「人よりは耐えられます。汚いだけならなんとか」
「傷があるなら水には入るなよ。必ず体調を崩すからな。付いてくるなら来てくれ。もう出発するところだ」
俺はトリナと共に、ゲルニカと落ち合う。
彼は初め、トリナを怪訝な目で観察していた。が、すぐに受け入れた。
閉鎖されている門だが、ゲルニカの顔は広いのか瞬時に解放される。
その際、門兵たちは深く頭を下げていた。俺には目もくれなかったが。
「それにしても、こんなに小さな子でも冒険者か。何から何まで、世知辛いな」
「ははっ、盗賊になるよりはマシでしょう。駆け出しとはいえ、俺たちも冒険者の端くれですから」
ゲルニカと俺の会話は、トリナの耳にはかなり痛い事だろう。俯いて歩く彼女を見て、多少の自重をした。
それにしても鼻へ漂ってくる臭いがキツイ。フィルシフシュが群生するのも納得である。橋から覗くと川の色味も、なんだか濁っている。
「で、どうする。冒険者」
「その為のコレですよ」
数日前からコツコツ準備していた秘密兵器。生ゴミだ。それも腐りかけの強烈なやつである。
「それを撒き餌にするつもりか? うまくいくといいんだが」
「うまくいかなかったら、地道に一匹ずつ釣り上げましょう」
俺は包みごと川に投げ込んだ。水に揺蕩う生ゴミは徐々に広がりいく。それに呼応するみたいに、フィルシフシュが影を見せるのだ。
何匹も集まってくるが、コレで全部とは思えない。もう少し待ちたい。いや、これが最大だろうか?
これ以上待って逃げられたら、目も当てられない。
決断しよう。仮にこれで全部ではなかったとしても、かなりの数を減らせる。
水の汲み返え時期がいつか分からないが、数が少なくなれば作業は楽になるだろう。
「ここからどうするんだ」
そう言われた俺が腕を川に向ける。瞳は川の中、フィルシフシュに向けていた。
魔力を全身—特に眼球—に集めていく。知覚強化の内、魔力のほとんどを眼球に送り込んでいた。
驚くほど鮮明でかつ美しく姿をハイライトできていた。
慎重に魔力を操作する。スガルから聞いたのだ。この世界には、空気中にすら魔力がある。
ならばその魔力を使って魔法を使うのだ。
大丈夫、きっと出来る。
今までやっていた事を順当に、スケールアップしただけだ。
魔法の発生地点を川に近づける。いや違う。川の中だ。フィルシフシュの真下から突き上げるように、旋風を起こす。
そのイメージ。何処で見たのか覚えていなくとも、あの竜巻は覚えている。砂塵が舞い上がり渦となった光景。
アレを、再現するのだ。
「ふぅ……『風:とっぷう』」
万全を期した俺の魔法は、フィルシフシュを空へと打ち上げる。同時に汚水も空を飛んだ。
仕方がない事だが、やっぱりいい気はしない。予想通りに俺は汚水に塗れる。
「ぐぅおおおおぉ!! く、臭い!」
途方も無い臭いが俺の鼻を襲う。逃げ場のない臭いは俺にまとわりついて、離れてくれなかった。
咄嗟に魔法を使ったはいいものの、逸れてしまった。俺は俺自身を守る事はできず、代わりにトリナを汚水から救っていた。
「うわぁ! こっちに近づかないでくれ! 臭いが移るだろ」
ゲルニカはどうやって防いだのか分からないが、汚水に汚されたのは俺だけのようだった。
そして遅れて、フィルシフシュの大群が落ちてくる。
一匹から二匹。それから三匹と続いて落下を続けている。
だが川にはまだ泳いでいる個体が見える。目に見えるところだけでも、なんとかしておくか。
そんな考えの元、数時間の釣りが始まった。
「だいぶ数を減らせたはずだ。助かった。こんな大胆な事をやってくれる奴が、軍にも欲しいよ」
「いえ、お互いさまですよ。冒険者は信頼の人ですから」
「ははっ。君はまだ駆け出しなんだろ。ま、とりあえずその格好と体はどうにかするんだ。
兵舎で水浴びでもしてくるといい。
着替えはあるか?」
「それがないんですよ。まあ、市場で安いものを見繕えばいいでしょう」
「兵舎の物を使え。私の依頼を完遂してくれたのだから、その程度なら問題ない。
ついて来い、今から向かうぞ」
ゲルニカに連れられて街を歩くが、周りの人間からの視線が痛い。というか、ゲルニカもトリナも微妙に俺から距離を取って歩いていた。これはちょっと……心に響く。
たどり着いた兵舎ですら軽蔑の視線を向けられる。自分の嗅覚は既に使い物にならない。長時間汚水の臭いにさらされたため、慣れてしまった。だが他人はそうもいかない。
もうこの際、堂々と歩くことにするか。
木製の小屋の、大量にある広場に着くとその内一つに案内される。そこには桶やらタオルやらがあった。訓練を終えた兵士たちが、リフレッシュする場所だろうか。
ゲルニカが姿を消した。少しして彼は、桶に並々、水を入れて戻って来た。
「衣類はどうする。廃棄するのか」
「そうしよう。この様子だと、洗浄するのは不可能だろうから」
「着替えを用意する。依頼金は服の分、差し引くからな」
汚れを落とし服を貰い、依頼金を手にした俺は落胆した。銀貨が七枚もらえると思っていたのに、布の中には六枚しかなかった。
兵士に使う衣類が、銀貨一枚もするだろうか。適当な理由でちょろまかされたに違いない。が、すでにゲルニカとは別れた後。抗議をしようにも本人がいない。
またあのボロ宿に戻って夜を越すしかないな。トリナと共に、俺は宿に戻る。道中、銀貨はしまい込んだままだった。代わりに銅貨の方で買い物をして、食料を買い込んだ。
とは言っても料理をしなくてもいいものばかりだったが。
そのまま食べられる果物を口にしていた。果肉と同時に果汁も摂取できるから、多分飲み水いらずなのだ。我ながら、天才だと思ってしまった。
「明日はギルドに行く。そこで割のいい依頼を見つけて、達成。繰り返して、サリヴェス王朝まで向かう」
「上手くいくんですか」
「いかなかったとしても、明日の金は稼がなくちゃならない。どうしようもないんだ。だから仕事をする。はぁ……人間、どこに行ってもやる事は変わらないな」
「盗みや恫喝でお金を稼いではどうですか? いくらか早く集まりますよ」
「ダメだ。そんな事をしてたら足が付く。後ろ暗い事をするには、俺は向いていない。
対して、俺は依頼とか冒険なら、上手くやれる。人の役に立ってるって感じられるからな」
「わかりません。お金が欲しいのなら、効率的な方法を取ってもいいのに……」
ため息を吐いた俺は、トリナに説明をする。でなければ、彼女は理解できないままだ。俺との協力関係が損なわれない限り、彼女にも俺の考えを理解してもらわなければいけない。
「金を集めることが目的じゃない。それは手段だ。候補の一つ。目的は、もっと大きなところにある。その過程で人を蹴落とすような真似をしたら、不利になるのは俺だ。”やる事”と”やった事”の間には、大きな違いがなくてはいけないんだ」
分かってくれなくていい。ただそれは、今だけだ。次説明するときには理解できるようになってほしい。
ただ今だけは、頭を傾げたってかまわない。
「よくわかりません。けど……分かりました。それなら、ユウキに協力します」
読んでいただきありがとうございます!




