三話 作戦会議
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洞窟、魔物、狩り。最後には退治と。
なるほどそういうことか。話をゆっくりと理解した俺は、スープと机に置いた。そしてこちらもゆっくりとした動作で眠りにつこうとする。胸の上で両手を組んで。
気分はさながら棺桶の中で眠る殉職者だった。俺は頑張ってきたんだ。休んだって、バチは当たらない。そう思って今一度、安眠を願う。だが仕事に従事してもいなければ、課題だって見つけてない俺は、殉職するにはまだ早かったようでアリスに無理矢理、起こされた。
腕の片方を引っ張られた。空気の抜けた風船みたいに俺の体は、否応なしにまた座らされた。病人看護をするみたいなアリスは溜息を吐いて俺を見つめた。
「眠りたいなら、仕事をしないとダメだよ。村長がここで保護する代わりに提示したのが洞窟の魔物退治なんだから」
「どうやってあんなのと戦うんだよ。馬鹿なんじゃないか? 何も持ってない俺が。
エサにでもなれって言うのか?」
「じゃあどうするの? 黙ってここに居たら、多分村の人たちに追い出されるよ。この村、ただでさえ何もないんだから。村長が言ってたけど、病人と老人から間引いてくんだってよ」
あり得ないくらい俺の頬が引き攣るのが分かった。間引くって言うとあれだ。森や山の奥深くに捨てると言う事だ。生きたままで。
「こうしちゃいられない。アリス、マイヤと合流して作戦会議を始めよう!」
ベッドの上で伸ばしていた足を外に向け出して、俺は地に立った。
「急にやる気だね。よし、じゃあお望み通りマイヤの所に連れて行ってやろー」
俺の眠っていた家屋は、それなりに大きな場所だったとわかった。外に出て他の家を見てみても、ほとんどは平屋でかやぶき屋根だ。
壁は継ぎ接ぎで木板を使って封じられ、風の侵入を許す様なそんな心許ない修繕。
破壊痕も無く綺麗な外壁に三角形の屋根。遠目からでも目印になるそれは、この村で唯一と言っていい宿泊施設。そこに泊まっていたのだ。金額は想像したくもない。
村を歩いていると、道行く人に好奇の視線を向けられる。何がそんなにおかしいのだろうか。俺はその視線に居心地が悪くなってしまった。
昔から、人の視線は嫌いだ。何を求めているのか分からないから。
対照的にアリスはどこ吹く風かと、そんな佇まい。村人の向けてくる視線に動じることなく、マイヤのいるという場所へ向かう。
それにしても、腰に付けたあの刃は少女が振り回すには少々物騒だと思う。けれど俺には無い。だが武器を持ったら魔物と真正面から向き合わなければいけない。
そんなのは御免だ。裏方に徹しよう。
魔物討伐では作戦立案や状況を整える事に全神経を使うべきだろうな。
そんなことを考えていると前方に注意が向かなくなっていた。だからアリスが止まったことにも気が付かず、危うくぶつかるところだった。
振り向いた途端にぶつかったのらまだ良いが、後ろからだとドミノ倒しになってしまう。
「ここだよ。ほら、あそこで座ってるのがマイヤだよ」
地面に木を四本刺し、その上に布を敷いている。簡易的なテントと言ったところだ。軒下みたいに出っ張る布影の下、ちょこんと体躯座りをしている少女がマイヤだと言う。地面に広げているのは商品であるのか綺麗に整頓されていた。
縦に圧縮して幅はそのままなとんがり帽子を被ってコートのように長い外套を身に着けているマイヤ。
誰一人として興味を示さない品。人の流れを追って視線を彷徨わせる少女。客観的に見て、とても心が痛くなる光景だ。
足元を覗くように視線を落とすと、粗末なシャツにベスト型の長袖という俺。
なんで二人と俺の間には、衣類による差があるのだろうか。同じではダメだったのだろうか。
誰にも理解されない不平に嘆いていると、マイヤはこちらに気が付いたみたいで大きく手を振ってくれた。笑顔が眩しい。誰も買わない商品を一旦仕舞いこむと、今度はテントを畳もうとする。だが一筋縄ではいかないぞと、俺は手助けに入ろうとする。
が、歩き出したころには終わっていた。日光を弾くために広がっていた布は畳まれ、四本の木の棒はマイヤの足元で整列している。何が起きたかわからなかった。その場で目をぱちくりさせても、起こった事は変わらない。
理解できなかったとしても、現にそれは起こってしまった。まるで魔法のように。
「もしかして、これって魔法か?」
「こ、これ? なんのことか分かりませんが。というか、あなたは一体」
「ユウキだよこの人。見た目じゃわかんないよね、こっちに来てからだと」
頭から足の先までを見て、マイヤは「こっちの世界では身長大きくなってるんですね」と俺に言った。
恥ずかしいことに、俺は元の世界では低身長に分類される人間だったのだ。
「うぐっ、それはいいだろ別に。そんなことより、さっきテントを片付けたやつだよ。あれって『魔法』か?」
「うん。まあ私の力じゃないんですけどね」
頬を掻きながら困ったように目を閉じたマイヤ。私の力じゃないとはどういうことだろうか。じゃあ、誰の力なんだ? 疑問と好奇心から、俺は質問をしようとしたが、その雰囲気を察知したアリスに先手を打たれる。
「マイヤにも会えたから、さっきの宿に戻ろう。あ、宿泊費の事は心配しなくていいよ。村長が『洞窟の問題を解決してくれるなら金品の心配はしなくていい』って言ってたから」
頑張って声を低くして老人を再現するが、いくら頑張ってもその声は女の子のそれだ。終始ヘタクソな物まねを聞かされれば、嫌でも気分は平坦になっていく。
そのせいで、魔法という未知へのワクワクも宿に戻るまで鳴りを潜める事となる。
「で、魔法が自分の力じゃないってどういうことだ?」
宿に着いた途端に口を開いたのは俺。気になっていることに蓋をしても、瓶の中身が無くなる訳ではない。
「私自身は魔法を上手く扱えないんです。近くにいる精霊や、私についてきてくれる精霊に頼んでるんですよ」
「なあ、俺達って転移したの昨日の今日だよな? なんで普通に順応してるんだ」
精霊に魔法ですか。と頭の中で情報を整理したら、なんでという疑問が浮かんだ。俺は何もできないのに、
なんで二人はこんなにも”この世界の普通”が出来ているのだろうと、そんな疑問だ。
「正確に言うと三日目くらいだね」
「ああ、そうだな。でも短い日数には変わらないだろう」
新天地に来たのなら、二日も三日も変わらない。知らない事は沢山のはずだ。
それなのに常識を知っているのは、何らかのわけがあるべきなのだ。その答えに近しい事柄を、アリスが口走る。
「この世界に転移してくる前に神様が何か言ってたじゃん。覚えてる?」
「ああ。たしか『この世界を救ってくれ』とかなんとか」
「それも言ってたけど、贈り物を授けるとも言ってたじゃん? たぶんそれのお陰だと思う」
「言ってた……かも? てか、仮にその『贈り物』があっても、急に剣振ったり精霊と会話できたりするのはおかしいと思わないのか?」
アリスとマイヤは顔を見合わせる。俺は、本当は何が言いたいのだろうかと、額を押さえた。
「言われてみればってやつだけど、体も変わってるんだからそこまで気にすることかな?」
「個人個人で神様からの贈り物が違うのではないんですか? ほら、言うなれば私は『精霊との意思疎通』。アリスちゃんは『剣術と身体能力』みたいな感じです。考え方としては」
人差し指をピンと立てて言ったマイヤ。
なら俺の『贈り物』とやらは一体なんなのだろうか。せめてこの世界を生き抜くための力が良いなと思う。一方で、人と関わりを持てるような『贈り物』も良いな。
後頭部を掻いて考えをリセットした。わからない事を考えていても仕方がない。今は、やらなければならないこと、できること、に意識を向けた方がいい。
「そうか。なら、ノブチカとヒナの……加護って呼ばないか? 贈り物じゃなくて。そっちの方が呼びやすい。で、二人の加護は何か、分かるか?」
「ノブチカ君はたぶん『弓術』だと思うよ。弓矢を背負ってましたから」
「ヒナちゃんはなんとも。魔法に関連したものだろうなって思うけど、いかんせん情報が少ないからね」
ふむふむと、顎に手を当てて俺は熟考した。
ヒナの加護は魔法に関連した何か。ノブチカは『弓術』。なるほど。前衛と後衛、後方支援に味方補助と一通りの役割は揃っていると。
「うーん、なら前衛がもう一人か……」
「前衛って、なんのことですかユウキ君?」
「洞窟の魔物を退治しに行くんだろ? それなら、もう一人前衛がいた方が安全かなって思ったんだ。目の前で見たからアリスの腕前は確かだけど、腕は二つしかないからな」
「えっ、え、ええちょっとまってください! 洞窟って。それに魔物退治ってなんのことですか!」
マイヤは明らかに動揺していた。俺もそうなったから気持ちは分かる。
アリスは、指遊びをしながらバツが悪そうに言った。
「その、この村で保護してやったんだからそれに見合った事をしろって……」
「待ってくださいよ。確かに村で過ごしましたけど、私とアリスちゃん野宿でしたよね!?」
「うん。でもノブチカとヒナちゃんとユウキは宿を借りてたから……」
「ノブチカ君とヒナちゃんは狩りに同行してるからナシとしたら……ユウキ君のせいじゃないですか!!」
アリスの言葉を受けたマイヤが突然、俺を悪者に仕立て上げる。頬を膨らませて怒る姿は可愛らしいものだが、その怒りは本物だ。
にも関わらず俺は至って冷静だった。




