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三十六話 協力契約

 ベッドに机。それから窓にはカーテン。一通りの物が揃っている。

俺は少女を椅子に座らせる。前のめりに倒れてしまうため、背もたれに首を掛けるように座らせた。


 蝋燭に火をつける。小さな明かりが灯った。カーテンを開けて日光を取り込もうともしたが、あまりうまくいかない。

部屋の立地が悪いのだろう。陽の光が部屋の中まで届かない。


 ベッドに座ってため息を吐くと、どっと疲れが押し寄せてくる。瞼が重く、体も上手く動かない。脳が眠れと命令を出していた。


 その命令に逆らって、辛抱強く待っていると少女が目を覚ました。

まだ寝ぼけている眼で部屋中を見回す。俺の姿を認めた瞬間、少女は体を震わせる。


「ご、ごめんなさいっ。あや、謝るっ! 謝るからっ。命は助けて」


 椅子から転げ落ちるように床へと膝をつける。涙を浮かべて懇願している。命は助けてくれと。


「別に何もしない。ただ話をしたいだけだ。まあ、いいから座れよ」


 声色が低い。だがそれは威圧感のある低さではなく、しんどいという表現がしっくりくる低音。俺の喉を出たのはそんな声。


 ベッドに座っている俺は、背もたれがない事に違和感を覚えて床に腰を下ろした。

固いベッドフレームに背中を預ける。これだ。この背中を預けている感覚が、俺には必要だった。


「お前はあの馬車ん中にいた奴らの仲間なのか?」

「だ、だれのことですか?」

「とぼけてるのか? それとも覚えてないのか。どっちだ」


 疲労が限界まで達している。今にも瞼が垂れてきそうである。これは、マズイな。

頭が重くなる。思考が纏まらないまま、耳には少女の声が届いていた。


「わたしは……あの、きこえ…………」


 そこまで聞こえたところで俺は、瞳を閉じた。すっ、と体から力が抜けていった。最悪だ。ここで俺は死ぬのかもしれない。


 そう思ったが、次に目を覚ました時、俺の体は五体満足でそこにあった。傷の一つすらない。脚を触ってみても、過去に出来たあの傷以外には何もない。


 だが少女の姿がない。まあいい。そもそも、あいつはここに来るまでの運転手でしかない。

話を聞こうとしたのだって、他にも仲間がいるのかどうかを知るため。


 報復の可能性を考慮するのであれば、もっと気にかけるべき事がある。

体にかけられた毛布を取り払い、外に出ようと立ち上がる。


「お、起きたんですか……」


 開かれた扉の向こうから誰かが入ってきた。それは共に、この宿へと訪れた少女。忘れ物でもしたか、それとも脅しに来たか。


 暗がりの部屋の中、俺は後退りを始めた。

その姿を見た少女は両手を前にして弁明する。


「ああの! 何もしないですから。何も持ってませんし……」

「それで、何をしたいんだ。というか、何で戻ってきたんだ」

「だ、だって……勝手な事をしたら”おしおき”をされるから……」


 左腕を庇うように身を寄せた少女。一体、俺の何がそんなに怖いのだろうか。

だが警戒は解かない。

俺は自身の安全のため、少女に命令した。


「服を脱げ。何も持ってないなら、出来るだろ」

「えっぃ、えっ! な、なんでですかっ。その、裸になるのは……」

「そこまでは要求してない。下着だけになればそれでいい。服に何か隠してないか、確認するだけだ」

「そんな。と、というか! 今まで何もしてないのが何よりの証拠じゃないですかっ。

やましい事があるのなら、あなたが寝てる間にやってますよ」


 少女はそう言う。確かにその通りだ。相手が俺を害そうとしていたのなら、俺はとっくの昔に死んでいる。

けれど今ここに立っているという事は、少女に敵意はない。少なくとも、今は。


 それでも俺の疑念は消えない。例え論理や因果が正しくとも、自分の心に宿った不安は拭えない。

寝起きの頭に正常な判断は出来ない。

近づいてくる少女を止める。


「ほ、本当に脱ぐんですか……?」

「別にやらなくてもいい。その場合、この部屋から出ていけ」


 それで終わりだろうと思っていた。だが少女はモゾモゾと動き出す。少し時間を置いた後、少女は前へ歩き出す。小さくて怯えるような足取りに、俺はまた後退りをした。


「それ以上近づくな。正直に言うと、俺は攻撃したくない。”そうならざるを得なく”しないでくれ」

「だっ! あなたでしょう服を脱げって言ったのは」


 そんな問答をした後、窓から差し込まれる細い明かりに照らされた少女を見た。


 長く薄い生地のシャツを一枚だけ身につけた格好。俺の指示通りに衣類を脱いだという事だろう。その姿を見て、恐る恐る近づく。


 正面を眺めた後、左右から背中側を見る。観察して分かった事は、武器は隠し持っていないようだ。

脱ぎ捨てられた衣服も同様に、暗器などの類も見当たらない。


「ま、満足ですか……」


 今にも死んでしまいそうな声で呟く少女に「ああ」と軽く、一言伝えた。急いで衣類を身につけた少女を再度椅子に座らせて、俺は質問する。


「で、あの馬車には何故乗っていた? 目的は? 仲間は? そもそもお前は盗賊か?」

「そ、その前に……あなたの事を話すべきです」


 震え声で反発する少女。駆け引きをしたいらしい。が、今の状況は駆け引きできる場面では無い。だが俺自身、脅威になり得ない小さな女一人に、ムキになる気はない。


「サリヴェス王朝に向かう途中だった。まあ、馬車が襲われておしゃかだが」


 少女は呆気に取られて何も言えないでいる。教え込まれた教育と、いくらか違う展開だったのだろう。


「お前の番だ。自分の事を話してみろ」

「わたしは……あの馬車にいた盗賊の一員です。彼らが殺した相手から、金品を見繕うのが役目でした」

「俺の事も殺そうとしてたのか? 物騒だな」

「丸腰でしたから、脅すだけで良いって言ってました……」


 今となっては無意味だなと言い放つ。その盗賊とやらは、目の前の無力な少女を残して皆、息絶えてしまったのだから。


「他に仲間はいるのか。それと、馬車を襲った奴らの事が分かるか?」

「仲間はいません。馬車を襲った人たちのことも、わかりません」

「そうか。お前、行く宛とか信頼できる人とか。居ないのか?」

「いません。全員、死にました」


 少なくとも、共に居た者は信頼できる人間だったのだろう。恐怖で繋がれた鎖でも、それは人と人を繋ぎ止めるだけの力を持っている。


「名前は?」

「トリナです」

「そうか。俺はユウキだ。呼び捨てで構わない。俺もそうする。仕事も何もないなら俺を手伝え。少なくとも、その間は死なないように守れる」

「な、何をすればいいんですか?」

「手伝うだけだ。馬の操縦とか、冒険者としての仕事とか。サリヴェス王朝に着いたら、何をしても構わない」


 少女、トリナは何も言わない。怯えて何も口に出さない。


「割のいい話だろ? 怪しいだろ? けど本当だ。別に、俺には俺の目的がある。道中の計画は、必要に応じて組み立てるだけだ。

その間に払う対価は必要だと切り捨ててる」


 すでに一つ目の対価は切り捨てた。それは、現世に帰るための必要なチップの一つ目。


 同時に一番高いチップでもあった。


「本当……ですか?」

「一人で旅をするより二人で旅をした方がいい場面だってある。この世界じゃあ俺は……出来ない事だらけだ」


 トリナは承諾した。正直、誰だって承諾する。特に重い対価の伴う契約ではなかった。偏ってるとはいえ、それなりに公平な条件だ。


「なら、まずは寝ろ。俺は街を見て回る」

「はい。待ち合わせは、どうするんですか?」

「しない。夜に戻る。もしくは明日か。どちらにせよ、この宿に戻ってきて情報を共有する」


 机の上に数枚の銅貨を置いた。扉に手をかけた所で一言伝える。


「それで、幾分かにはなるだろ? 適当に使え。他は俺が持ってるから」

読んでいただきありがとうございます!

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