三十四話 死の手応え
「な、なにが起きた!」
「知るかよっ! と、とにかく外に出ねぇと」
慌ただしく言葉を放つ二人の男。焦燥に頭が支配されてしまい、冷静に物を見れなくなっている。その屈強な肉体は飾りなのだろうか。
一抜けとでも言わんばかりに外に飛び出す。
そして、一秒と掛からずに八つ裂きにされる。断末魔が聞こえてきて、死んだのだと分かった。
残った片割れは、半狂乱となりながら最悪の選択を取った。
横転した馬車の外には二人の無残な惨殺体が転がる。まあ、妥当な結末だろうと、尻目で覗く。
ただでさえ暗い街道。おまけに、左右は小さな林だ。馬車の荷台は人の目には見えない。俺は息を殺して潜む。野盗の内、何人かがこの、俺のテリトリーに入りさえすれば、あとはこちらのものだ。
だがそうならなかった。ガシャンッ。そんな音が響く。ガラス瓶が割れた音だろう。それと同時か少し時間が経ってからか。
俺の視界はグラついた。
意識が持っていかれる。これでは、お終いだ。咄嗟に取った行動は魔法。手を馬車の外に向けて、魔力を込める。
「『風:とっぷう』……」
強烈な風が流れる。そのおかげで、毒物が外に排出された。同時に、俺の存在がバレた事だろう。やるしかない。相手がどれだけ、いるか分からない。
だが、このまま荷台に居座ったとしても事態の好転は望めない。それどころか、増援を呼ばれる可能性だってある。覚悟を決めた俺は、死体を前に押しのけて外に飛び出る。
荷台の天井は布で出来ていた。魔法で引き裂いてそこから飛び出たのだ。
月明かりに照らされた野盗共は、視認できるだけでも四人は居た。
知覚強化の魔法を使用し戦闘態勢に入る。だが、俺は今空中にいた。つまりは良い的だ。矢が放たれる。それを、ギリギリで躱す。
地面に下り立つと、一斉に襲い掛かって来る野盗。丸腰の俺は、奴らからしたら抵抗のしようがない獲物なのだ。
短絡的だなと思う。考えるだけの頭がないから、野盗なぞに落ちたのか。それとも、誰かに使われるのが性に合っているのか。
一瞬とは言え空中に飛び上がる人間が、丸腰で戦いを挑むわけがない。
そんな簡単な事は、獲物を目の前にした獣には理解できないのだろう。粗雑な短刀を振り上げる男。その一刀は俺に届かなかった。振り下ろされるより早く、風属性の魔法が宙を舞うのだから。
全身に魔力を流しているおかげで、詠唱の必要がない。野盗の手首に向かって、『かまいたち』を放つ。すると手首は、おもちゃのように簡単に腕を離れる。
「っがっあああぁあ!!」
そんな絶叫が、俺の聴覚を著しく刺激していた。だが止まる訳にもいかない。空中に浮かんだ手首を掴み、その手から短刀を奪い取る。
逆手に持って、首を一突きする。血が流れて地面に落ちる。その勢いのまま、野盗を押し倒す。声も上げられず窒息死する野盗をちらと認めて、俺は次の標的に視線を向けた。
仲間の死を悼むことすらせず刃を向ける。切先が、俺の耳を掠める。続けざまに、もう一人が剣で薙ぐ。こちらは、幾分か長いリーチを持っていた。
奪い取った短刀で剣を止めた。が、力押しされてしまえば俺が負ける。空いた方の手で、もう一度魔法を使う。今度のはもっと、魔力を込めて。
手のひらに集まる魔力は大きな流れを作り出し、不可視の刃となって野盗の胴体を切り裂いた。下半身と上半身とに分かれた野盗は、臓腑をまき散らしながら絶命した。
引くに引けなくなった最後の一人。顔は恐怖で歪み、その瞳は正常に像を映してはくれないだろう。すでに正気ではいられなくなっている。
「うっ、あ……おぉおおぉおお!!」
雄叫びを上げて自身を鼓舞して俺へと突撃する。無謀な賭けに出たと思った。そんな鈍り切った刃で、俺を捉えられるわけがない。
振り下ろした腕を軽く躱す。その一撃に全てを賭けていた野盗は、たちまち体重に持っていかれて前のめりになる。曲がった背中。丁度、刃を突き刺しやすくて助かる。
手入れなどしていなかったのだろう。皮膚を突き破るのに、俺はかなりの力を入れた。一度ならず二度三度。俺は腹部を突き刺す。
その度に野盗の男は、喉から音を洩らした。
最後の一撃。四回目の突き刺しで俺は、腹部に刺したままの刃を体のラインに這わせて滑らせる。手応えの悪い短刀では、切るというより断つという方がしっくりくる。
臓物のほとんどは胴体に収納されている。これだけ傷つければ死ぬだけだ。
人の油と血液と筋肉で、短刃は抜けなくなった。だが脅威はすでにいない。弓矢を番えていたはずの野盗は、既に逃げ出していた。
辺りに散らばった死体を見て、俺は考えを巡らせる。
走って馬車の前面を見に行った。そこはひどいものだった。運転手は遠くに投げ出されており、ピクリとも動かない。二頭いたはずの馬の内、片方は既に事切れている。
辛うじて生きている馬も、パニックになっていた。俺は馬を操れない。だが、徒歩で移動するには力が残っていない。
簡単にやっているように見えて、実の所俺は、限界だった。人を殺した感覚は、とてつもなく重い。言語化できない精神の過重が、俺の体を隅々まで襲う。
立っているのだって、本来ならおかしいことだった。
戦いの興奮と自身の死という極限状態が、一時的に精神の機能をマヒさせているだけ。だが、そんな原始的な脳機能だけでは、三人の命を奪ったという事実を塗りつぶせなかった。
途端、俺は激しくえずいた。膝を付いて地面に座り込み、吐き出す。胃の中には何も入っていない。にも関わらず、俺は胃液を吐き出す。これでもかと吐いた。
口の中の感覚がない。手足が痺れていた。呼吸が震えた。視界が明滅を繰り返し、耳は音を拾わない。それでも何とか平静を取り戻そうとする。
力の入らない足腰に鞭を打った。
「死ぬのと、ここで留まるの。どちらを選ぶ……」
独り言だ。だがそれは俺の決意を固めるために必要不可欠な処方箋。言葉は力を持っている。
歩き出し、馬車の荷台を除く。そこには少女が一人縮こまっていた。
膝を抱えて固まり、動こうともしない。近づいていき声を掛けた。
「おい、聞こえてるか? 返事をしろ」
そう言っても少女はブツブツと呟くだけで何も言わない。心の防衛機制が働き、現実逃避をしていた。
俺は少女の顔を殴る。肩を掴んで壁に叩きつけ、強烈な一撃をお見舞いする。すると少女は金切声を上げて暴れ出した。どうやら、意識までは死神に取られてはいないようだった。
その甲高い声は親鳥を待ち続ける雛に似ている。だが、巣を落ちた雛に、親鳥は手を差し向けない。代わりに訪れるのは凄惨な死だけだ。遠くに松明の火が見えた。
「おい、おい聞け! このままじゃあ死んじまう。お前、馬に乗れるか?」
そう聞く。だが少女はまだ狂騒状態だ。顔を押さえつけるように両手で少女の顔面を固定して、瞳を見据えた。
そこまでしてようやく、少女は現実に戻って来た。
「で、出来ます。ど、どうしたらい、生かしてくれるんですか」
「馬が一匹残ってる。それに乗って、逃げる。どうにかならないか? 俺は死にたくない!」
焦りが俺を急かす。こんな状況でも他人に頼らないと何もできない自分に、歯がゆくなる。いや、殺したくなるほどだ。
少女は首を縦に振る。首が折れてしまいそうな勢いだった。
立ち上がった俺は、少女が服を引いたせいで動きが止まる。このガキ、なんのつもりだ?
「た、っ立てません。腰が、腰が抜けちゃって」
少女を小脇に抱える。一人分の重さは、今の俺にはとてつもない重労働となった。
なんとか生き残りの馬の所まで行く。細心の注意で馬の体を起こすと、それに跨る。
頭に取り付けたような革紐を叩きつけると、馬は風を切って走り出した。
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