三十二話 冒険者の始まり
結局、俺は眠らなかった。瞼が降りてきてやっと眠れる。そう思うと決まってジャミアがうなされる。
そうなれば、おちおち目を閉じられない。
ぶつりぶつりと途切れる睡眠の後に朝がやってくる。ジャミアも覚醒したようで、痛む体を庇いながら目を覚ます。
「大丈夫か。傷の手当てはしたけど、まだ痛むかもしれない」
「大丈夫です。痛みは、それほどでもないです。ユウキさんはどうなんですか?」
そんな事を聞かれるが、俺の返答は決まっている。頬を指差しながら傷の具合を見せて、何事もないと告げる。
ジャミアからすると大きな怪我らしいが、俺にとっては大した事は無いのだ。
徐々に外が明るくなってくると、続々と二階から降りてくる冒険者。俺たちには目もくれず、席に着いては酒に会話を酌み交わす。
給仕も姿を現し始めると活気を取り戻し、前夜の静けさが嘘のようだった。それに紛れたアリスたちを探すも、見つからない。ひとまず、ジャミアと口裏を合わせておこう。
「ジャミア、アリスたちが起きてきたら昨日あった事は話すなよ。絶対面倒くさくなるから。代わりの出来事をでっちあげるぞ」
「代わりですか……どんなものがいいでしょうか」
ジャミアの傷を再度確認する。そして俺はカバーストーリーを諦めることにした。一言で矛盾してしまう。ジャミアだけでなく、俺だって同じだ。
転んだだけで、こんなにボロボロにはならない。壁に激突したことにするか?
いやそんなものは通用しない。どう考えても無理がある。
けれど事実を話せば確実に報復を行う。最悪、この街で殺し合いが始まる。
それだけは避けたい。そうだ。それなら、犯人を既に殺したことにすればいいのか。
簡単な事だ。襲われたけど、暴漢はすでに処した。そう伝えれば深くは詮索しないだろう。
「ジャミア。昨日襲ってきたあいつら、俺が殺したって事にするぞ。そしたらこの街でも波風が立たない」
「分かりました。でも、どうしてそんなに隠したがるんですか? 別に説明したらみなさん分かってくれそうですけど」
「今は問題を起こしたくない。それに、冒険者の認定証を手に入れたらこの街を出て行く」
「? ならなおさら、どうでもいいのでは……」
どうでもいいと言われたらそうかもしれない。俺は何が気に掛かっているのだろうか。
そんな思考とジャミアの質問から逃れるため、俺はなけなしの硬貨を使って注文をした。おすすめは何かと聞くと、花の蜜を少量加えた水を貰った。
それは仄かに甘味があって香りも豊か。包まれるような柔らかい花弁の香りは、鼻を抜けていく。
たった一口で、ジャミアも俺も虜になってしまった。
それからもギルドの一階でただ待った。降りてくるアリスたちへ、ようやくかと痺れる直前の尻を椅子から離す。
「これから技能テストだな。どんな事をするのか知ってるか?」
「知ってるわけないでしょ。でいうか、その怪我どうしたの」
「昨日、風に当たってたんだ。そしたら変な奴らに絡まれてな……。なんとかしたが、ジャミアは見ての通りだ」
まず初めに、俺は短刀をちらつかせた。その後、ジャミアを指さす。マイヤとヒナが近づき顔を覗くが、問題は顔ではない。
2人は自身の体を使ってジャミアを隠し、服の中を覗く。そして声を出す。
「これはひどいね。痛くないの?」
「痛いです……。でも、ユウキさんの方も」
「俺はここだけだ。まあ、言っちゃなんだが素人だったんじゃないか。俺一人に倒されたんだから」
「ジャミアを守ってやれなかった時点でダメだと思うが」
「仕方がない。俺は、お前たちと違って強くはないんだ」
少しでけ、空気が悪くなった。いや、緊張が走ったという方が正しいだろうか。ノブチカは眉間をピクリと動かしたのだ。
その機微を察知した俺は、受付嬢の元に向かった。
「冒険者の技能試験ってやつを受けたいんですけど」
「はい。ですがもう少しだ時間が必要です。試験を請け負う試験官の方がまだですので。準備が出来たら声を掛けますよ」
そう言われたら戻るしかない。アリスらには、待機の旨を伝える。その間、暇だった。故に、俺はさっきの花蜜の飲み物を注文する。
猜疑的な感情を向けられるが、俺はジャミアと共にそれを勧める。
生暖かい瞳で水を飲み込む皆を眺めた。たぶん、アリスたちのあの怪しむ視線は俺とジャミアの仕草のせいだろう。
そうやって時間を潰していると、ようやっと試験が開始された。
街の外れにあった放牧用の柵。それを使った簡易の闘技場で、技能の試験が行われた。
アリスもノブチカも、試験官である冒険者を倒した。順調だった。詰まる要素なんて二人にはない。修羅場を乗り越えてきたのは、ノブチカたちだって同じなのだから。
最後に残ったのは俺の試験。木刀を手に、柵の中へと入っていく。逃げ場のないそこは、まさに闘技場と言ってもいい。
反対側から入った男は、どこか見覚えのある顔をしていた。よくよく観察する必要は無かった。なにせ昨日の出来事だ。自然と、剣を握る手に力が入る。
相手は気が付いているだろうか。そんなことは、関係ないのだろうか。
受付嬢の合図と共に、試験は開始された。
俺と相手の冒険者は同時に走り出す。そして剣で打ち合う。いなして攻撃を繰り返す。鍔を競り合い、力比べをする。
アリスやノブチカのようにはいかないなと思った。2人ならきっと、こんな回りくどい戦闘をしなくても勝てる。
だが俺は、何度も木刀を交えて攻撃の機会を伺うしかない。幸いだったのは、相手も近接戦闘が得意ではないこと。
長い時間打ち合っていた。もっとも、それは先の2人に比べたらってことだ。決着という物は、意外な一撃で決まるもの。
相手の横薙ぎを受け止め、その力をそのまま剣に乗せて押し込んだ。すると相手は姿勢を崩した。その隙に間合いを詰め、馬乗りになって切先を首に押し付ける。
それで勝利。俺は勝ったのだ。目的は達した。これで晴れて冒険者。だが俺の内には、勝利という甘美な酔いが回ってくれない。
言い表せないけれど他の何かが渦巻いていた。それはおそらく、前から持っていた物だ。だが急に、今になって表層化した。俺はそれを、俺だけに理解できる言葉にすることすら嫌だった。
ギルドに戻ると、6人全員が冒険者の認定証を手に入れる。祝杯の時間だった。酒に、いつもより豪華な食事。野宿に硬いパンと、サバイバル的生活がしみ込んでいた俺たちの胃袋には、ギルドの食事すらご馳走となった。
楽しい時間だった。証拠に、俺の感じる時間と実際の時間の間にはかなりのズレが生じていた。
今日と言う一日がもう終わる。それは同時に、俺の決断への決定的な答えだった。後戻りしようなんて思うな。そう、自分に言い聞かせる。
昨日と同じ。ギルドの二階で俺たちは眠った。ただ一人、俺を除いて。
おもむろに立ち上がると、ギルドの階段を下った。乗合馬車を探した。次の目的地は決めていた。街を回った時、地図を確認していたのだ。
今日だけではないにしても、何故だか一段と、夜風が冷たかった。いつやって来るのか分からない馬車を待ち続ける。
眠ろうとは、到底思えなかった。
「どこに向かうんだ?」
聞こえてきた声に、俺は振り向かない。
「…………サリヴェス王朝だ。そこで、情報を得る」
「何も無かったらどうする。無駄骨だったら、その時はどうするつもりだ?」
「どうもしない。次を探す。それもダメなら、また次を探すさ」
足音が近づいてくる。ノブチカは俺の真横に立った。
「何も言わずに、旅に出るのか? 他の仲間には、なんにもなしか?」
「俺は……お前たちにとって要らない存在だ。自己肯定感とかそういうんじゃない。ただ、そう思うんだ」
俺は必要とされたい。誰かの役に立ちたいと思う。けれど、あの一団に、俺という存在は必要ない。
「気の迷いか?」
「なんだろうな。たぶん、俺はお前たちに嫉妬してるのかもしれない」
時折、俺は夢を見ていた。不定形なナニカが、俺に語り掛ける夢だ。それは俺の心理を見透かしたような事を言った。的外れな事も多々あった。
だが、一度見透かされたと思うと人間、そこから這い出ることは難しい。
俺は俺自身に嫌悪を向けていた。それは無力だから。力を持たないから。故に羨望もした。
アリスに。ノブチカに。マイヤの『精霊との会話』。ヒナの底抜けな明るさ。ジャミアの知識と純粋さ。
けれどその嫌悪はいつの間にか、嫉妬に変わった。自分には何もない。それを受け入れることは、おそらくできた。
きっかけの違いだ。夢を見るのが今だった、こんな事はしていなかった。
疑念から確信へ。嫌悪から嫉妬へ。自己から他者へ。
そうやって俺は、問題を環境と人に向けた。他でもない、仲間達に。
「何を言われても虚しいだけだ。俺は、変になっちまったのかもしれない。分からない。どうするべきなのか」
「事実として、俺はお前に助けられた。アリスもヒナも。他の2人もな。お前は何が不満なんだ」
「分からない。だが、矛先を仲間に向けたくない。許してくれなんて言わない。俺は、これから行く道を変えるつもりはないんだ」
仲間と共に遺跡を踏破する。秘密を暴く。そうして、苦労の末に現世へと戻る。それは俺の考える最も最高な未来だ。
結局、俺は誰かに止めてほしいのかもしれない。俺のこの心は気の迷いだって、殴ってほしいのかもしれない。
そうすれば、一人にならなくて済む。
「……お前の選択だ。口出しはしない。俺たちはそれぞれに道があるはずだ」
「どうすれば、俺はお前たちと一緒に居られるんだろうな。あんな夢を、見るべきではなかった。記憶を消せるならそうしたいな」
腰に付けた短刀を、ノブチカへと返却した。俺なりに、覚悟のつもりだった。
「別れは明日を惜しむためだ。いつかの再開に気づいてるからだ。これが最後にはならない。ユウキ、俺はお前を恨む。次に会ったら、俺はお前を殴る」
ノブチカは、俺の望んだ言葉を吐かなかった。俺も、こうして仲間を信じられたのならよかった。
「その時には、俺は何者かになれているだろうか」
「さあな。どうするもこうすも、決めるのはお前だ」
暗がりの街に、一台の馬車は到着する。俺は決断した。それは大切な一歩であり、初めての決断だった。
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