二十八話 小さな集落の看板
「なあユウキ。なんでこんなルートを選んだんだ?」
夕食どき、ノブチカはそんな事を話し始める。
「安全な道のりを選んだつもりだ。村から直接南下して行ってもよかったんだが、それだと物資が尽きる。自給自足にも、限度があるだろう」
実際、俺たちが今口にしているのはパンだ。と言っても柔らかく茶焦げたものではないが。真っ黒で硬い、食べ物と呼んでいいのかすら疑問な食べ物。
ヴィーダと呼ばれる国で広く栽培される小麦を使ったパンなのだと。スガルが教えてくれたものだ。
「現に今食べているパンも、スガルがくれた物だからな。大事なのは、安全に生き抜くことだ」
「そうか。確かに、最短だけが最善ではないな。それにしてもこのパンは鈍器か何か?」
「同じところを噛むしかないよな。口の中の水分がなくなっていく……」
炎は絶やさぬよう、枯れ枝を投入し続ける。焚き火は光だけでなく熱も発する。そのせいか、口の中の水分は普通よりも消費が早い。
唇も乾いてパサパサだ。
何とか食事を終えた俺たち。咀嚼回数は満腹中枢を刺激すると言うが、それは果たして、本当だった。
いつもなら量が少ないと駄々をこねるヒナが、今日はおとなしいのだから。「おやすみ」と一言告げると、足早に寝床についた。
それからはいつも通りだ。見張りを交代しながら眠り、朝には旅を続ける。目標は、変わらずフクスイラの街。
地図を見ると、やっぱり遠い。馬車かなにか、便利な移動手段でもあればいいのだが、生憎その類に出会った事はない。
俺たちは歩く。昼夜を問わないその進行に、自分たちが冒険者になったのだと錯覚する。
が実際はその資格を得るための道のりなのだ。
今日も野宿になるかなと、俺は言った。何げない一言だった。まあここ二週間は野宿だったしそうだろうなって、気がしただけだが。
だが今日は、そうならないみたいだった。
小さく平たい家々が遠くに見えている。口々に何かを語らうのを聞くに、全員が集落の存在に気づいている事だろう。
子供のように走って向かう者は一人としていない。これまでの旅を通して、俺たちは成長したのだ。突然走り出してもいい事などないと。
どうせたどり着く。ほら、こうして目の前には小さな集落が見えるのだから。
俺たちの姿を見ても反応がない。来訪客が珍しくないのだろう。口髭をたくわえた男に、俺は声をかける。
「あの、ここに一日泊めてもらう事はできますか? できる事があるのならします。その代わりに、宿泊させて欲しいんです」
「冒険者か? ちょうどいい時に来てくれた。頼み事があるんだ。それを解決してくれるのなら、泊めてやってもいい」
「分かりました。何をすればいいんですか」
即答だった。それどころか食い気味ですらあった。髭を蓄えた男も、これには驚きを隠せない。
「あ、ああ、助かるよ。それで頼み事なんだが、この村が遠くからでも分かるように看板を建ててほしい」
「という事は、ここは商人などが通りやすいんですか?」
「フクスイラの街から直接、王都に続く街道だ。それに安全だからな。でもここに立ち寄る人間は少ない」
「そのせいで商人からの物資補給が厳しいってことか」
「ああ。そのために目印を作って欲しいんだ。小さいが宿屋も酒屋もある。息抜きをするにはいい場所だ」
口髭の男はそう言った。
「ところで、あなたの事は何と呼べばいい?」
「ローンと呼んでくれ。名前だ」
ローンは自身の名前を伝える。俺たちも、名乗った方が良いのだろう。とも思うが、6人が一気に話をして、ローンは分かるだろうか。
「デザイン……形はこっちが決めていいのか? 集落やアンタ的に何か案はあるのか」
「ない。あんたらの好きにしてくれ。とにかく分かりやすければそれでいいんだ」
俺たちは頷く。陽が落ちるまではまだ時間がある。看板のデザインや戦略はノブチカに任せて、他の仲間たちで木の枝などの材料を集めることにした。
だが現代のような合板なんてあるはずもなく、それに近しい形も存在はしない。
枝を集めて悪趣味なトーテムポールに似た物体を作るしかないのか、俺たちは。
数時間かけて枝を集める。各々が個性的な枝を見せる。ノブチカはそれを前に、考え込んでいた。
果たして彼は、どのような物を作るつもりだろうか。
「これを組み立てていって一本の長い棒にする」
それしかない。いや、もっと簡単な方法がある。街道に看板を建てればいい。王都とやらに続く道ならば、自然と目に入るだろう。
集落に大きな目印をひとつ建てておけば、それで済むのではないだろうか。あとは、フクスイラに行く道中で看板を適宜配置するだけである。
「そうか。まあ、ここに目印が建つだけでも喜ぶべきだろう」
「集落の人手を使おうとは思わなかったんですか? 俺たちが来なかったら、簡単な看板すら建たないって事ですよね」
「老人か子供しか居なくてな。男手が足りないんだ。かく言う俺も、もう歳でな」
なるほど、どうりで人を欲するわけだ。集落内の極端な人口比率では、畑仕事も満足にできないのだろう。
言葉通りの仕事として、俺たちは集落に目印、トーテムを作った。とは言っても、そこまで巨大ではないが。
少なくとも近場を通る旅人ならば見つけられるだろう。
ローンは約束通り、宿を貸してくれる。まあこちらも、民宿のように誰かの家に間借りする形だが。
各々が案内された家で休息を取る。夜は巡って、朝がやってきた。
早朝。まだ満足に太陽が見える前の明け方、ノブチカと俺はローンの家へと赴いていた。
一宿の礼と、転移者の手掛かりについて、情報を探っていた。
歳が深まれば知識も深まる。積み重なった経験や記憶は、俺たちを遥かに凌駕するだろう。
だが、ローンは転移者について目ぼしい情報を持ってはいなかった。
ピンポイントでクラスメイトの捜索。この広い世界となると、やはり難しいものだ。
「力になれずすまないな。ところで、看板の件は忘れないでくれ。ここの生命線になるかもしれんのだ」
「わかってます。できるだけ、多く設置しておきますよ」
そんな会話を交わしてその場を去ろうとする俺とノブチカに忍び寄っていたのは、一人の老人だった。
足取りすら覚束ない、歩くのがやっとといった印象の老人。瞼は半開きだし、腰だって曲がりくねっている。
「あんたらか。あれを建ててくれたのは」
「そうだ。でお前は誰なんだ?」
「哀れな老人だ。妻には先立たれ、娘は数年前に殺された。流れ着いたのが、この集落だった」
健康な歯が見当たらない。抜け落ちたのか折られたのか、それは見当もつかない。
「ゼール爺さん。昔話は、もういいだろう? 思いだすと自分が辛いだろう。ほら、もう帰ろう」
ローンは、その今にも倒れそうな老人に優しく問いかけた。その問いは聞こえていないのか、老人は昔話を続けた。
「あいつらだ。あいつらが、娘を……! お前たちのような、余所者だった…………。
可哀想な娘だ。まだ生きていたかっただろうに。生き残ったのは、この老いぼれだったとは」
まだ眠いのだろうか。朝だから、半分夢の中って可能性も捨てきれない。
正直、この手の話に俺は何も感じなかった。それは何故だろうか。スガルとの会話を思い出す。そうか。これが、混ざり合った思考って事か。
前世のままの俺だったら、たぶん同情していた。間違いない。老人と同じ、やるせなさを感じるはずだった。
それなのに今は、他人事として切り捨てられる。
残酷だと思った。自分の思考が。
不運だなと思った。”残酷だ”と思う自分の思考に気が付いた事が。
ローンの嗜める声が、膜を被せたみたいに潜もって聞こえる。自分の外と内が、完全に切り離されたかのような世界。
俺は今、自身の心の内側に籠っていた。
だが急に、肩を掴まれた。そのせいで、俺は現実へと引き戻された。
老人だ。ゼール爺さんと呼ばれた干からびたような老人が、俺の肩を借りて立っている。
そして指差した先には、アリスがいた。
「お前だ……! よくも……よくも。娘を奪って。わしは! あの娘はもっと生きていたはずなんだ……それなのに…………!
お前が奪ったんだ!」
アリスは唖然とする。豆鉄砲をくらう鳩のように、状況が飲み込めないのである。
それでもゼール爺さんは、変わらずアリスを責め続ける。ここにいる誰もが、固まってしまう。
だがさすがはローン。集落の長として、ゼール爺さんを鎮めるために行動をする。それでもゼール爺さんの怒りは治らず、アリスを憎み続けている。
そんな老人を、アリスは知らない。故に言えてしまうのだ。
「何のことだか分からないけど。とりあえず謝るよ。すまなかった」
「何の……ことか分からない? お前ぇ!」
「ああ、もう。怒らないでよ。知らないものは知らない。自分が過去に何をしたか、私は分からないんだ」
無関心。どこまでも、老人の身の上に興味がない。アリスにとって、ゼール爺さんの怒りは全て見当違いなもの。
ローンに無理やり連れられて、老人は自分の家へと帰って行った。
戻ってきたローンから、その後のことを聞いた。興奮状態が覚めた途端、萎れていく花のように眠ったらしい。
今もベッドの上で、安眠中とのことだ。
「一悶着あったけど、俺たちは先に行く事にする。じゃあ、何かあってもし、またここに訪れる事があったら。その時は取引でもしよう」
「ああ。君たちのおかげで、我々は助かる。その可能性があるんだ。心から感謝をするよ」
読んでいただきありがとうございます!




