二十七話 お小遣いをもらう者
「足が痛いです……」
ふくらはぎをさすりながら、マイヤが言った。円形の部屋ゆえに、床に布団を敷いての雑魚寝である。
「でもさ、布団で眠むれるなんて久々じゃない? やっぱり人間、柔らかい布で眠らなきゃダメなんだよ。ほら見て、ジャミちゃんもう寝てる」
よほど疲れが溜まっていたのだろう。ちょっとやそっとじゃ起きない。
現に今、ヒナがイタズラをしているのだから。
ヒナやマイヤ、ジャミアは既に眠りに付いた。ずいぶんと穏やかな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
余暇だが、これを存分に味わっておかなければならない。でないと次が、いつになるか分からない。
夜更かしをする人員と眠る人員。その人数がちょうど半々になった。俺たちは蝋燭の一本を囲み小さな会議を始める。
「スガルからは、この世界の転生者だのについて教えてもらった。いわく、元の世界に帰るにはタイムリミットがあるらしい」
「いつまでも許してくれる時間は無いんだね」
アリスは寂しそうに言った。
その通りだ。肯定したくはないが、事実としてそうなのだ。嘘をついてもどうしようもない。
ゆっくりと頷いて、その後の事を語る。
「出来るだけ、現世での思い出を忘れないようにしていてほしい。記憶がトリガーになると、彼女が言っていた」
「記憶か。そういえばお前も同じような事を言ってたな。あの時は家族の話だったか」
「ああ。ノブチカが、もし忘れてたら。って思ってな」
転移者だのの事は伝えなかった。俺自身、上手く言語化出来るとは思えなかったのだ。それ故に、だ。
その代わり、身体強化と知覚強化魔法について話した。魔法を使用しない二人には、知っておいてもらって損はない。
今まで無意識に使っていた身体強化を意図的に使えるようになるとしたら。
それはきっとこれからの助けになるだろう。
だからまずは、俺が実演してみせる。
「こんな風に……魔力を体の外に出す! ってイメージだ」
「…………できないよ? 私、そもそも魔力を感じないし」
「ノブチカはできるか?」
「俺も無理だな。体の中の”魔力”を感じ取れない。そもそもの話として身体強化は無意識の産物なんだろ?」
「まあ、そうらしいけど。でもほら、意識的に切り替えられるならさ、
使い所によっては……」
「戦いが終わったら剣をしまう。弓は担ぐし矢は回収する。それらが一種のスイッチになっているんじゃないか」
「普段は微弱に垂れ流していて、危機的な時にスイッチが入るって事か」
「あり得るかもね。じゃないと、私自身でも意味不明な力になっちゃう」
それからも言葉巧みに魔力を使ってもらおうと試すも、全て失敗に終わった。
蝋燭もすでに半分が溶けていて、長く時間が過ぎ去っていった事を伝えてくれた。
知覚強化魔法の事も軽く伝えた後に、俺たちはようやく眠りに付いた。が、戦闘職というのは難儀なもので、目覚めが早い。
というより、眠りが浅いのかもしれない。
意図せず早起きになるが、快適な睡眠が出来たのだろう。いつにも増して頭がスッキリしていて軽かった。
伸ばをして身体をほぐし、足音を立てないように一階へと下りる。
螺旋状の階段を下っていく。塔というだけあって、下まで続く階段は長い事この上ない。
「おはよう。ゆっくり眠れたかい? 上等なベッドとはいかないけど、布団で寝るのも久々だったろう?」
「ああ。おかげで皆グッスリだな。スガルはどこで寝たんだ」
「ここ。まあやる事もあったからね」
ちょんちょんと、人差し指で示すのは椅子。
装飾されていて座り心地は良さそうだが、一夜の眠りには向かない。
布団を占領していたからだろう。俺たちが借りているために申し訳ない。
「気にしなくていいからね。私はどこでも眠れる体質なんだ。聞いて驚けよ、いつも五分以内には眠れるんだから」
手のひらを開いて五本指を見せる。あまりに自慢出来ないどころか、それは寝不足の証拠である。
「スガル……それは寝不足の合図だ。体が悲鳴をあげてるんじゃないか?」
「そうなのかな。でもとにかく、ユウキ達が気にする事ではないよ。それから旅の事だけれど」
そうして始めたのは路銀の話だった。
スガルはこの世界ではそれなりに資産を持っているようで、俺たちに幾らかくれるらしい。
何度も確認するが、こんな世界だから協力した方が良いと。それに、俺の存在はスガルが見つけ出した《《毒されていない》》クラスメイトなのだと。
「街ってほどではないけど、集落はかなりの数がある。柵で囲まれた守りの固い場所も、こういう平地の集落もある。
物売りは何処にでもいるから、持っていて損はない」
口を絞った袋を渡される。手に持ったそれはずっしりと重い。スガルの目を見て、俺は開けていいかを尋ねる。
瞳を細めて頷くのは肯定の合図だろう。
中には、銅で出来た硬貨と銀で出来た物とが混在していた。内一枚を手に取ると、何やら知らない模様が刻まれている。
「これはなんだ? 俺の知ってる硬貨じゃないけど」
「それは王都の硬貨さ。とりわけ、大陸で広く使われてるやつさ。ビアルク硬貨と呼ばれてるんだ。サリヴェス王朝や帝国では使えないかもだけど、それ以外でなら使えると思う」
「へぇ。現代での『ドル』ってとこか?」
「まあそんな感じ。大陸でなら、とりあえずそれを出しておけば買い物はできるよ」
それ以外にもスガルは、あれよこれよと物資を分けてくれた。というか、一方的にくれた。
孫に久しぶりに会ったお婆ちゃんのような感覚だろうか。
無償でここまでの援助をしてもらうと、逆に怖くなってしまう。
ついには一人で待ちきれない程の量となる。重量に耐えきれなくなり、俺は床に荷物を置いた。
スガルと世間話をして時間を潰していると、続々と集まってくる仲間たち。
物資の説明をすると、ジャミアを除外してジャンケンをする事になった。一番公平なやり方は何か。多数決や推薦方式よりずっとシンプルで運の要素しか絡まないジャンケン。
体が未熟なジャミアでは、仮に持てたとしても途端にバテてる。だから除外した。
が、俺はその選択を後悔した。
パーがあと一つ、足りなかった。他4人は、照らし合わせたように同じ手を出す。
俺は、先ほど諦めたはずの荷物を背中に背負っていた。クソ、腰が痛い。早くも荷重の弊害が現れてくる。
「なあ、ノブチカ。少し俺の荷物を持ってくれないか? お前、弓矢以外に持ち物ないだろ」
「魔物に遭ったらどうするんだ。お前が動けない以上、戦力はアリスと俺の二人だけだぞ?」
「それを言われたら……だ、だけど、少しだけでも」
「諦めなよユウ。負けたのは運が悪いからだよー」
言い返す言葉は見つけられない。すると「クスッ」と小さく笑う声が聞こえた。
見るとスガルが、口に手を当てて肩を震わせていた。何が面白いのかと聞いてみる。
「久々に『仲間』っていうのを見てさ。やっぱり良いね、気を許せる仲間がいるのは」
何を経験して、何を思ったのか。それは聞かない事にした。スガルにとって過去は、決して快いだけの記憶ではないと理解していたから。
小さく笑う表情の裏には、乗り越えてきた試練があったのだろう。
「大切にね。友情は、そう簡単に切ってしまってはいけないから」
「ああ。なら、お前ももう仲間だろ? スガル、助かったよ。
いつか助けが必要になったら、俺たちは駆け付けるよ」
「力になれるかどうか、分からないけどね。でも、私も皆も、スガルには感謝してる。
また何処かで会おうよ。約束」
俺たちは監視塔を出た。スガルは「さよなら」の一言を伝えただけで、他には何もいらなかったのだろう。
俺たちは約束したのだ。またいつか、何処かで会おうと。だからこれは、今日の別れである。
一生の別れなんて、そんなロマンチックなものではない。ただ普通の、今日を終わらせるだけの挨拶だったんだ。
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