二十六話 スガルの異世界講義 後編
「地獄に行って聞いたって言っても、どうやって死んだって分かったんだ?」
「外側である体と、内側である魂にズレがあったんだって。そのズレが、記憶の混濁や、技能の有無に繋がったんじゃないかな?
それとこれまでの話はあくまで仮説。全てに決定的な証拠はないんだ……。
残念ながらね」
これまでの話は推論を元にした仮説だということか。確かめる術がないのだから当たり前か。そんなことより、一つ気になる事がある。
「なんで俺に話したんだ? 俺以外にも、この話をすべき人間がいたんじゃないのか? それこそ倫也とかさ」
「何もユウキだけに話してるんじゃないよ。理解できるだろう人に話してるだけ。
周知してもらって、私の考えが正しいのか精査中ってとこ」
「それなら他の皆にも伝えた方が良いんじゃないのか」
声を低めた。怒りの色を見せたかったのではない。ただ勝手に、口を出た言葉が一段低くなっていただけ。威嚇のつもりではなかった。
「理解できない人に話しても意味はない。人が知識を信仰するようになったのは近代だ。だがこの世界の中心は、未だ神々や上位存在だよ。信仰ってのは、ユウキが思ってるよりも根深いんだ」
「だー! わかりやすく話して」
「この世界の体に魂を入れられた時点で、思考にノイズが走るんだ。私の話を根気強く聞いてくれるのは、君だけだと思ってね」
そういうことか。確かに、アリスもヒナも考え方が割と蛮族気味だった気がしないでもない。メルカートを見つけた途端に襲い掛かり、気絶させたのだから。
だが一方で、メチルやジャミアなどはそうではない。交渉に積極的だし、知識を貪欲に求めている。
短絡的で妄信的な者など見たことがない。それとも、単に俺が誰かに出会う事が少ないからそう思っているだけなのか。だが少なくとも性格に変化が有ったのは皆、同じ。
分からん。だが、今はこれを結論にしていて問題ないと思う。この問いに期限はないのだから。
「俺から質問していいか。神様から貰った『贈り物』について、どう思う」
「ウソだね。『贈り物』って言ってたのは全部ね。それはこの体が元々持っていた技能や知識だろうから、体と魂とのズレが解消されていくにつれて、《《神様からの贈り物》》は増えていくと思うよ」
スガルは茶化すような仕草で言う。それは神様に向けた仕草だと分かる。顔が真剣そのものだったからだ。
「言葉が分かるのも魔法が使えるのも、それは元の体の所有者が持っていた才能や技能って事か。神様ってやつは、俺たちに何をさせたいんだ」
唇を噛む。甘噛みと言った様子で、俺は悔しさを紛らわせていた。
あの神を名乗った謎の声に、してやられた感覚があるのだ。世界を救えとかなんとか、適当な理由を付けてこの世界に送り込んだくせに、自分は何も与えなかったなど。
数秒そうしていると、悔しい感覚が引っ込んでいく。感情を上手く制御できていると言うべきか、忘れっぽいと言うべきか。
「ユウキは身体強化魔法を知ってる?」
「なんだそれ。如何にもな名前してんな」
「知らないのか……二種類あるんだけど、どっちも知らない?」
こくりと頷く。知っていたら使っている。今まで何度、俺が死にかけたと思っているんだ。
「こういう風にやるんだけど、分かる」
「全くわからん。今何をしてるのかすらわからないんだが……」
スガルは瞳を閉じて集中していた。だが、何も起こってはいない。すると諦めたように腕を伸ばしてこちらに向けると、手のひらに小さな炎を作る。
こちらはしっかりと瞳に写すことができるのだが。
「これは見えるだろう。どちらも、魔力を使用した魔法に属するんだけどね。やっぱり、見えないか」
「やり方教えてくれるんじゃないの? 自慢しただけ」
「教えるよ。
一つは魔力を纏う方法。もう一つは、血液を通して魔力を全身に行き渡らせる方法。ユウキの後者のやつだね」
「違いはないのか?」
「もちろんあるよ。身体に纏わせる方法は、純粋にパワーや防御力が上がる。身体強化魔法と言えば、基本的にこっちを指す。もう一つの方は、反射神経や視力とかが向上する」
「鎧を纏う魔法と感覚を鋭くする魔法ってことか。で、どうやんの?」
わくわくしながら聞いてみる。スガルの言ったような魔法が使えるようになったら、確実に役に立つ。アリスに任せっきりだった前線にも出張れるし、何より行動の幅が広がる。
が、スガルは俺の幻想を打ち壊すみたいに残酷な現実を突きつけた。
「ユウキは身体強化魔法は使えないと思うよ。知覚強化魔法の方だよ、適正があるのは」
「えっ……嘘。で、でも、もしかしたら出来るだろ」
「魔法を捨てるしかないね。でも、そうしたらユウキの手札が大幅に減る。だから知覚強化魔法をメインに据えた方がいいと思うな。実際、知覚強化魔法ならもう大雑把だけれど、できてるみたいだし」
「一応聞くけど、出来ない理由は」
「身体強化魔法は魔力の消費が多い。魔法使いや魔術師にとっては天敵なんだ。一方の知覚強化魔法は、消費魔力を幾分か抑えられる。まあ、魔法を使う人間は総じて使わないけど」
がっかりと言うかなんというか。上げて落とされた気分だ。仕方がない。俺は沈んだ気持ちのまま、スガルに聞いた。
だがスガルは、自分でやって覚えるしかないと一蹴する。体中に魔力を流すイメージで生活していけば、段階的に出来るようになるのだと。
一方の身体強化。こちらは簡単だった。ただ魔力を体の外に垂れ流し、自分の周りに纏わせる。身体に密着させればさせる程、強化の具合が高まる。
使ってみて分かったが、確かに魔力の消費が激しい。一秒程度の使用で目まいがした。
スガルいわく、剣の道や冒険者など、体を鍛えていればたどり着けるらしい。魔法の体系的なメソッドなど一つもなく、それ自体が才能になる世界。
だが魔力は等しく持っている。
故に、使えずに持て余している魔力が、想いに乗じて勝手に体の外に出ては、強化してくれるらしい。アリスやノブチカが強いのは、これが原因だったのか。
「じゃあ次はユウキの番だね。何か聞きたい事はある? 知っている事なら伝えられるけど」
「前にちらっと聞いたんだが『豪位』ってのは何だ? 階級なのか」
「冒険者とか騎士階級とか、とにかく戦いに赴く人が使う強さの指標だよ。
結構ざっくりしてるけどね」
「どうなってるんだ、その階級制度は」
「うーん、口で説明するのは難しいな。あー、そこの紙を取ってくれ。それに書きながら色々説明するよ」
そこと指さされたのは机の上。俺の左手側にある羊皮紙だった。紙は貴重だと聞いているのだが、スガルはお構いなしだ。
インクを付けた羽根ペンで手際よく書き込む。
あらかた書き終えたスガルが、紙を俺に渡してくる。
「まず手始めに、この階級はきちんとした決まりの上に成り立ってるものじゃない。
誰かが始めた、いわば非公式の強さ指標だ」
紙面上で指差した場所には、何やら六つの階級が示されている。
「下位、上位、名位、総位、豪位、極位。この六つだ。
魔術師だろうが剣士だろうが、強さによってこの六つに当てはめられる」
「へ、へぇ。なんだか難しいな」
「そうでもないさ。使い道なんて、冒険者たちが、自分の強さを表す時くらいだ。
本題はこっち。五代流派の段位だよ。これは剣術の話になるね」
「もしかして基準が魔法と違うのか?」
「そうだよ。私は魔法使いの事はよく知らないけど、剣術は少し分かるよ」
六つの階級。その下にあるのは、細かく書かれた段位についてだった。
「五代流派については誰かに聞いてよ。で、その流派にはしっかりと段位があるんだ。
こっちは各流派、師匠がしっかりと管理してる。
下から順に、見習い•門弟•有免者•師範代•達人•越剣•絶剣」
「これまた細かいな……。違いはあるのか?」
「段位は五代流派でしか使われない。
下の二つは、ひよっこの未熟者たち。
有免者は一人前。師範代から上の段位を持ってれば人に教えても良い。
越剣は努力の到達点。絶剣は才能と努力の到達点」
との事だが、正直違いが分からない。冒険者でも五代流派を修めている人間はいるだろうし。そうなったら、どうなるのか。
ますます分からない。
「流派段位と強さ階級は明確に違うんだ。
流派段位は強さだけでなく、各流派の技や心、立ち振る舞いまで含まれる」
「なら、上位の強さを持った剣士と、流派段位の達人が戦ったら、
上位の人間が勝つって事か?」
鋭い質問を投げる。
「そういう事もあり得るね。実戦を知っているか否かで変わるだろうから。それと、その場合は『剣術階級:上位』って呼ばれる。魔法の場合は『魔法階級:上位』だね
ここもややこしいけど、流派と剣術は違うからね」
「流派と剣術が……違う?」
「槍とか斧とか、接近戦武器を使っていれば
全部”剣術”だよ。五大流派に属さないけど型があるのは『剣技』」
待ったを掛ける。これまでの情報を咀嚼し、俺はまとめた。
「戦闘術の中に『剣術』があって、その中の一つが『剣技』。
そのまた中で、決まった型に体系的な教えが組み込まれているのが『流派』。ってことか?」
「そう。けど、剣技なんて基本は我流の型が多い。『流派段位』と『剣術技能階級』を覚えてれば、それなりに楽なんじゃないかな。
ちなみにだけど、技能階級が高くても、社会的な地位はないよ」
社会的な地位を確立できるのが流派段位。
冒険者間での自慢にしか使えないのが、戦闘技能階級。
聞かなければ良かったと思いつつ、俺はスガルに一応の感謝を伝える。
そして椅子から立ち上がるとスガルにも協力を仰ぐ。
「あの紙配り、今から協力しに行かないか? 話も、終わっただろ」
「そうだね。元々、私の仕事だからね……」
顔を背けた。たぶん、本当にやりたくないんだろうなと分かった。
読んでいただきありがとうございます!




