二十五話 スガルの異世界講義 前半
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「実のところ、聞きたいことは少ないんだ。本当は、ユウキと議論したかっただけなんだよ。私には仮説がいくつかあるんだ。この世界に対してのね」
「仮説ってのは、どういう意味での?」
「まあまあ。判然としないだろうから、一つずついこう。まずは『転移後の姿』についてだ。
まあ、この世界での自分自身って言っていいかもね」
転移後の姿に疑問は絶えない。だが、その疑問は俺だけが強く持っているようで、他の仲間はそれほど気にしていない。
それ自体はどうでもいい。俺が独自に調査すればいいだけだからだ。
問題は、その疑問への好奇心が止められないことだった。
無駄な思考をしないよう、日々を過ごしているにも関わらず、興味は膨らみ続けていた。
この好奇心は、どんな心理から来るものか分からない。だがきっと、大切な事だと確信している。
スガルが答えを持っているとは限らないが、聞いてみても損はない。可能性を広げれば、いつか答えにたどり着ける。
「これまでに数人、転移者に会ったと言っただろう。それ以外にも転生者に出会ったこともある。
先に言っておくが、この世界での『転移者』と『転生者』は違うみたいなんだ」
「具体的には」
「『転移者』は私たちみたいなもの。突然この世界に放り出された感じ。で『転生者』ってのは、この世界に生れ落ちることらしい」
「……違いが分からん。それと、その話はどこで聞いたんだ? 詳しすぎないか」
「歴史を紐解いて、それから実際に転生者に会ったんだ。苦労したよ。魔精大陸まで行って『獣の魔女』を探したんだから」
「で、その違いは何なんだよ」
「そうだったそうだった。まず『転移者』は簡単だ。要は漂流してるようなもんだよ。何等かの理由でこの世界にやって来た。”自分の体”を持ってね。
『転生者』は、元の世界の記憶を持ったままこの世界に”新しく生まれた命”だ」
「うーんよく分からない。ちょっとだけ時間をくれ」
手のひらを差し出して、スガルは猶予を与えてくれる。俺は考え続ける。今与えられた情報を咀嚼し、自分なりに落とし込む。
『転移者』と『転生者』。それはこの世界において、異なる存在。
元の世界で生まれたか、この世界で生まれたかの違い。つまり、それはこの世界に属しているか属していないかという違いではないのか。
でもそれでは、辻褄が合わない。『転生者』はいい。前世の記憶を持っているなんて現象、元の世界でも腐るほどあった事例だ。
問題は俺たちだ。明らかに、自分の体ではない。この世界の誰かの体。だがこの世界には属していない。
ダメだ。思考が絡まり、上手く表せない。
「さっきの説明だとこの体も”自分の体”って事になるのか? それは、なんというか……違うと思うけど」
「うん、違う。これは”自分の体”を持ってこの世界に転移するっていう法則に当てはまらない。そこが問題なんだよ」
「ちなみに、元々の体を持った転移者はいるのか? 会ったことは?」
「裁原倫也に会った。彼は記憶の中の姿といっしょだったよ。かなり年を取ってたけどね」
裁原倫也。始めに行方不明となった、5人のクラスメイトの内のひとり。彼もこの世界に転移していたとは。
「倫也に聞いてみたんだよ。そしたら、彼は魔法が使えないと言っていた。魔力が無いらしい。それから、肉体強度もかなり脆い。
ヒト族より体力が無いんだ」
「待ってくれ! ヒト族って何だ? 魔力が無い? わからないことだらけだ……」
頭がパンクした。熱を持った脳を冷やすため、少しの間俺たちは黙り込む。
「まぁ、ヒト族はこの『中央大陸』に住む種族の名前だ。他は違う大陸に居て、総じて『魔族』と呼ばれてる」
スガルが「ここまではいいかい?」と聞いてくれる。小出しにしてくれれば理解しやすいな。
「で、ヒト族も魔族も、基本は魔力を持っている。というか、この世界で魔力を持っていない存在はいない。転移者を除いてね」
「でも俺たちは魔力を持っている。つまり、俺たちは《《この世界に属している》》?」
「その通り。転移者であるにも関わらず、私たちは特別な方法でこの世界にやって来て、そしてこの世界の住民になった」
「じゃあこの体は元々、他に所有者がいたって事か」
誰かの人生を奪った。暗にそういう事だと理解した。
「その通り。でも安心して。体の持ち主は既に死んでいる。比喩じゃなくてね。
第一位界……えーと、地獄だ。地獄に行ったときに、統治者に聞いたんだ。というか驚いてたな、あの人」
あはは、と笑うスガルに俺は詮索しようとしなかった。今必要なのは地獄だの天国だのの事では無い。この体、ひいては転移についてだ。
「じゃあ俺たちは、手頃な死体に無理やり詰め込まれたってとこか? なんだそりゃ」
「その認識で合ってる。
元々この世界に属する体だから、私たちはこの世界の記憶を持ってるし魔力もある。でも問題はそこじゃない」
「記憶か」
「そうだ。比較的、君はまともそうだから、話を聞いてもらおうと思ってね。
『魂』と呼ぼうか。私たちの魂は、この世界の肉体にはめ込まれた。すると……」
「徐々に侵食されていき、自我が混ざり合う。断片的な記憶はその予兆ってとこか?」
「程度の差はあれど、おそらくね。だから、元の世界に帰るにはリミットがあるはずだ」
仮説の域を出ない。確定的な”答え”ではない。でもそれは、腑に落ちた。
説明不可能な力になぜだか残っている記憶。考え方の変化や順応性。例を挙げればキリが無い。
「先に言っておくと、私は元の世界に帰ろうとは思っていない」
「なんでだ? この世界に順応しすぎたか?」
「そうだろうね。両親の顔も思い出せないときがある。まあ、五年もこの世界に居ればそうもなるよ」
五年? 五年だと。俺たちはまだ、この世界に来てから半年ほどしか経っていないはずだ。村で自堕落に過ごしていたから分からないが、長く見積もってもその程度のはずだ。
慌てて椅子から立ち上がる。俺は目を見開いて、スガルに聞いた。
「この世界に来てから五年? 間違い、ないのか?」
「えっ、えまあ。うん。本当に五年かは知らないけど、そのぐらいは経ってるよ」
「スガル、転移者によって、転移した時代が違うんじゃないか?」
「そうだよ? だから倫也が年取ってたって言ったじゃん」
「あ……そうだった。言ってたな。最初に」
やっぱり、俺の頭はこんがらがっていたようだ。




