二十三話 憤怒の執政官
先に動いたのはアリス。走りつつ剣を抜いて、斬り掛かった。
その振り下ろされる直剣を、女は受け止めた。足を開いて踏ん張り、両手で握り手を掴む。
沈み込むかと思った。が、アリスの剣を上に弾き返す。続けて、右に倒した刃で斜め上へと薙ぐ。
けれどアリスは向かってくる攻撃を簡単に叩き潰した。それから、二人だけの剣戟が始まった。彼女たちの激しい攻撃に手を出せる者はいない。
今は見守るしか、無い。隙を見つけるため必死に刃の軌跡を追うが、目が回るだけだった。
そんな中、ノブチカは矢を手に取る。数秒、矢筒の中にある羽を触っていた。そしておもむろに矢を番えると、弾き絞りもせずに放つ。
完全な隙をついた。アリスの腕と胴体の隙間を狙った一撃。敵対者の女は、避ける事が出来ないだろう。そう思っていた。
だが、女から鮮血が流れる事はなく、代わりに矢が勢いを失って地面に落ちた。
何が起きたのだろうか。アリスは未だ、女と剣で打ち合う。防戦一方の女に、アリスは攻め続ける。
優勢なのは、アリスだろう。だから敵である女には、ノブチカの矢に対処する暇はない。
何かの間違いだろう。証明するため、ノブチカはもう一度矢を番えては放つ。風切り音と共に女に向かって飛ぶ。
アリスの猛攻を捌ききれない女は、ステップの要領で背後に飛んだ。それと同時に、いやそれより速くだ。ノブチカの矢が迫る。
このまま突き進めば肩に突き刺さるだろう。そうすれば剣は握れなくなる。その隙に、こんな場所から逃げてしまおう。
そんな魂胆だったのに、女は簡単に矢を掴む。
目を疑う光景だった。人間の反射神経では到底、掴み取る事なんて不可能な速度。だが現実として、女は矢を掴んで止めた。
表情一つも変えずに、簡単に矢を捨てる。それでも、戦いは続く。
しり込みしている暇なんて無いだろう。
「ノブチカ、隙を見て矢を射ってくれ」
「無茶言うな。あんな簡単に止められるんだぞ」
「動きを一瞬でも封じるだけでいい。俺はアリスの援護に向かう」
何か言おうとしたのだろうが、俺は既に走り出していた。なんとか走って、アリスに近づく。短刀に手を掛けるが、引き抜かない。
狙いがあった。
女との間にある距離は剣の間合いでは無い。足を動かせば届くだろうが、動作を悟らせては意味がない。だからこそ、俺の短刀はブラフだ。
片腕を前に、女を見据えた。
「『風:かまいたち』……」
短く小さく。俺は詠唱する。風は収束し形を成し、鋭い刃が作られた。手を握り込むと、それは勢いを伴って前に射出された。
注意深く目をこらせば見えるだろう。だが、意識の外からやってくるそれに対応するなんてのは現実的では無い。つまり、不可避。
どれだけのダメージがあるかは分からないが、直撃は避けられない。
「なっ。痛ぅ……。やるね、少し切れてしまったな」
まともなダメージが入った。だが、かすり傷。すんでで避けたのだ。だがそれにしても、ダメージが少ない。本来ならもっと深手になるはずだ。
それなのに、女は脇腹から血を流すだけで痛がる様子もない。
それでも手を止めている暇はない。これがダメなら、次の手だ。短刀を引き抜いてアリスの隣に立つ。
「作戦は? 何かないの」
「それを今から考える。お前たちのタイマンの間に、魔法を放つ。臨機応変にだ」
それを聞いたアリスは、迷いなく突進する。凄まじい踏み込みだ。たった一度で女の喉元に届く。
そしてまた激しい剣戟が始まった。だが先ほどとは違い、両者は互角に打ち合っていた。
防御と攻撃が交互に切り替わり、俺の介入は許されない。
するとアリスが体勢を崩した。
一瞬の溜めの後に放った突きが、アリスの動きを歪めた。隙が生じる。決死の隙間だった。
女は見逃さない。足元のぐらついたアリスにとって、次の攻撃は致命傷だ。
「っぐぅ、ふっ!」
だから俺は、間に入り込んだ。短刀で受け止めた一撃は、ムーンベアの攻撃を思い出させた。が、考えるよりも先に体を動かす。とりわけ、口だ。
「っつ『風:とっぷう』!」
「ちっ。厄介だな……!」
力比べでは押し込まれる。分かりきっている。だから俺が信頼したのは魔法。
『かまいたち』は既にタネが割れている。この相手ならそれぐらい、警戒するだろう。
だが俺が使える魔法は二種類ある。まさにこの『とっぷう』だ。
風の収束は同じでも、現象させる方式が違う。これはいわば、旋じ風を作るもの。ただの強風に、向きを持たせたものだ。
単純。故に使い道が多い。女は体が宙に浮き上がった。といっても数センチ程度だが。
抵抗力が強いのかそれとも単純に重さか。それでも攻撃の手を止めることには成功した。アリスの立て直す時間、ついでに一撃叩き込むだけの余白も作り出せた。
一瞬の浮遊でも、踏ん張るための地面が無ければ力は込められない。アリスの強烈な蹴りで、思い切り吹き飛ばされる女。
地面を転がるが、わざとだろう。ダメージ軽減のための受け身と同じ要領だ。
ダメ押しに、ノブチカの矢が飛ぶ。今度はしっかりと、肩に命中した。
チャンスだ。逃げるための、絶好の機会。これを逃す手なんかない。
「逃げるぞ、ヒナ! ジャミアを抱えろ!」
「ガッテン! じゃあ行くよ、ジャミアちゃん!」
踵を返すと、俺たちは一目散にその場を離れる。が、ここで足の後遺症が効いた。
ピキリと骨が軋む感覚に、俺は体の自由が奪われてしまった。隣を走っていたアリスがそれに気がついて振り向くと、彼女は目を見開いて大声を出す。
「後ろだっ、ユウキ!」
何のことだか分からない。が、分からないなりに、やる事があるだろう。
っと、まただ。また、頭が冴え渡っている。行動が、俺の体がいつもよりクリアに動いてくれる。
体を捻って振り向く。同時に、頼りない短刀で何かを止める。と瞬間、俺の体が地面に沈んだ。
「止めるのかよ! 見えてなかったろ」
「ふんっ、ギィィ! ッガ!」
耐えきれなくなった俺は、刃をなぞらせるようにスライドさせる。
体ごと横に反らして難を逃れる。
そして女の剣がやってくる。今まで見た攻撃と同じ速度だ。だが、俺はそれを弾いた。
攻撃を視認してから防御する。その、判断から行動を起こすまでのタイムラグが、無くなった。
まあ相変わらず受け止められないから、弾いているのだが。
「っ! 見てられない!」
「マイヤ! 何やってんだ戻ってこい!」
ノブチカの声が聞こえた。マイヤ? 何をしたんだ。けど、誰かの心配をするだけの余裕が、俺にはない。
「マイヤ? 待て、マイヤだと?」
ノブチカの叫んだ名前を聞いて、女は攻撃の手を緩めた。ここだ。ここしかない。
逆手に持ったままの短刀で、喉元を狙った。
けれど俺の腕は無慈悲に止められた。それと同時に、体から力が抜ける。立っていられなくなり、膝をついた。
この後に待っているのは、死だろう。
そう思っていたのだが、現実は違った。
「なあ、お前たちはもしかして、転移者か?」
困惑した。全員の動きが止まったのだから。
そして女は確信したかのように、自信を持って言葉を紡いだ。
「三年二組だろ。そうでしょう? あの日転移した。そしてこの世界に来た」
俺たちを混乱させるための罠。いや、そんなわけがない。だとしたら、知りすぎているのだから。
「私だよ、寄代縋だよ。覚えてるだろ」
「ス、スガル? 本当か?」
「嘘な訳ないだろ! マイヤの前で嘘なんかつくわけないだろ!」
俺の顔に唾が掛かる。まあ、至近距離にいるのだから仕方がないのだが。
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