二十二話 森からの脱出
「えー、ジャミア曰く、明日にはこの森を抜けられるとの事だ」
「やったね。それにしても長い道のりだったよ。ねっ、皆」
メルカート盗賊団と別れてから更に数日。俺たちは相変わらず、森の中を進み続けていた。
ジャミアのナビゲートに従い街道を目指し、沢山の苦難を乗り越えてきた。
ヒナの食中毒に始まり、ノブチカのテントへのこだわり。マイヤは日に日に精霊と喧嘩するし、俺は俺ですぐバテるようになっていた。
5人の中で『まとも』を貫いたのは、唯一アリスだった。ジャミアはというと、彼女は元よりこの世界の住民だ。
それに加えて実践的な知識まで身に付けているときた。正直言って、この少女が居なければ俺たちはもう死んでいた。
ジャミアが付いて来てくれたのは、とても幸運な事だったとしみじみ感じさせられた。
長い旅も、もう少しで終わる。そう思うと、なんだか涙が出てくる。
決して良い生活では無かったにしても、俺たちを成長させてくれた。この世界で何かを為すには、強く賢く無ければならない。
俺たちはそれを理解した。だからこれは、大切なプロセスだったのだ。
焚き火を囲った俺たち。マイヤがパチパチと拍手をすると、ヒナも真似て音を出す。
「という事で距離の関係上、今日は早めに休めて明日に備える。街道近くには街があるみたいだから、
夜には街に着いてるようにしたくて」
「そうだな。街道に出たら盗賊に遭ったっておかしくない。合理的な判断だ」
「てな事で今日の見張り番は、まずは俺とマイヤ。
その次は適当に起きた奴から頼む。じゃあ皆おやすみ」
とは言っても寝入る者は少なかった。ルーティンが形になっているので、体が寝る時間だと認識してくれないのだろう。
というわけで、俺が寝た。誰も寝れないのなら、俺が示しを見せなければ。
地面に転がると瞼を閉じた。次に意識を取り戻したのは、軽く頬を叩かれてだった。
「ユウキ交代だ」
「ああ、わかった。眠ってないのは誰だ?」
「マイヤくらいじゃないか? ちなみにお前はずっと寝てたな」
「まあ、それは申し訳ないけど」
そうして暗幕の内側に入るノブチカ。代わりに、俺は自身の居場所を譲った。
焚き火の炎が見えた。黄色と赤を混ぜたようなオレンジ色だった。パチパチという音が、心を穏やかにしてくれる。
「これからはもっと過酷な道のりになると思う」
「急にどうしたんですか」
「真面目な話だ。たぶん、沢山の人間や魔物と戦うことになる。今は運が良いだけで、ずっとこのままだとは思えない。
それでもマイヤは、ついて来てくれるのか?」
「ここまで来て引き返す選択は無いですよ。
私は死にたくないし、殺したくもない。でも、それじゃあ何も変わらないじゃないですか。
異世界《ここ》で生きていくのなら、皆と一緒に居たいですし」
「そうか。それなら……よかった」
そうして無言の時間が過ぎる。辺りを警戒するが、物音は愚か風すら吹かない。
静かな夜だった。
「眠たくなってきました。私、誰かと交代してきます」
「うん。話に付き合ってくれてありがとう。それと腕はもう完全に回復した?」
「私は大丈夫です。けど、ユウキ君のその足は、どうなんですか?」
俺は思い出したかのように自身の足首を見る。
毎日包帯を変えていた。だがそれも、二日に一回になって三日に一回になって。そんな風に日数を空けるようになっていた。
理由は簡単だ。出血が止まったから。それだけだ。だが治療法が良くなかったのか、歩くたびに違和感が付き纏っている。
このキツく縛った包帯が無ければ、俺はビコ引いて歩くことになる。
「これか。特に問題は無いな。普通に歩けるし、血ももう出ないし。治ったんじゃないか?」
嘘である。しっかりと後遺症は残っている。それも、自分で理解出来るくらいにハッキリと。
「……そうですか。でも、これからは無理をしないでください。ユウキ君が怪我したら、指示出せる人が居なくなりますから」
肝に銘じておく。とそう、俺は言った。それから朝まで見張り番をしてから出発。
ようやく森を抜ける。本当に長かった。終わってしまえばって言葉があるが、この旅は言葉遊びで片付けて良いものではない。
湿った森の香りでは無い。カラッと乾いた、けれど澄んでいる香り。見晴らす限りに樹木が生い茂っていた今までとは違う。
土ってのは同じだが、舗装されているように見える。
よく往来があると予測できるここは、草が生えていない。疎らだ。
「ジャミア、ここからどっち方向だ?」
「今ここら辺ですから、やや西に南下して行けば、フクスイラに付きますね。ここにあるんですよね? この印の所に」
「ああ。メルカートが間違ってなかったらだけど」
正直なところ心配ではある。だが他に誰もしらないのだ。
どこに街がある、どの方向に行く、どの程度歩く。その全てをだ。
だったら、あの時出会った盗賊に賭けてみるのも一興。それに、歩いていればいずれ、何処かにはたどり着く。それを待つのみだ。
「暑っつい……! ユウ、水。水ちょうだい」
「我慢してくれぇ。もうないんだよ」
「えぇ! じゃあアリスぅ! お願い、一口でいいからぁ」
「残念、私の皮水筒には酒しか入ってないよ。それも村から持ってきたやつがね。たぶん、もう腐ってる」
「ウワッ! なんでこんなパンパンなのよ! うげぇ……気持ち悪い」
ヒナが見たのは何だろうか。気になった俺は振り向いた。すると、アリスの持つ皮水筒が目に入った。
頑丈なはずの水筒が、パンパンに膨らんでいる。
「発酵したのか? にしても凄い形になってるな。おい俺に近づけるな」
「……ユウキさん、本当に飲み水無いんですか?」
「な訳が無い。自分の分だけだがな。まぁ、考え無しにガブガブ飲んでたヒナが悪い」
非道い話だ。けれど尤もでもある。ヒナは後先考えずに水を飲んでいた。そりゃあ底もつく。
「道中に街があればな」
「ありそうですけどね。見た感じ、道の舗装がきちんとされてるから、意外と近くに」
ジャミアの言葉を信じてもいいのか。だがまあ、絶望だけってのも味気ない。多少の希望を胸にしまってもバチは当たらないだろう。
太陽に炙られながらも歩く。草が無いのは歩きやすい反面、地面からの照り返しに晒される。足裏もつむじのてっぺんも、両方から熱が伝わるようだ。
そんな中、俺たちは人影を見た。ぼやぼやと蜃気楼に似ていて、豆粒みたいな大きさ。
遠近法で小さく見えている。つまり、距離は相当だ。声を出しても聞こえないだろう。
とは言っても走る事はしない。体力の消耗は避けたいし、何より今の俺は足が不自由だ。
マイヤに指摘されてから意識すると、動きに鈍りが生じている。
思い込みってのは、バカに出来ないようだ。
徐々にその人影が現実味を帯びてくる。
まずは形。腕、脚、胴体に頭部。完全に人の形。
次に服装。風に靡く裾は地面にも達していそうだ。まるでドレスのようである。
「あの、この近くに街か集落ってありますか? あるのなら案内してほしくて」
「ん? 君たちは何処から来たんだい?
この近くの村から。それとも……”森の中”からとか」
なんだ、エルドラの森が分かるのか。それなら話が早い。俺は村の事、森から抜けてきた事を話した。誇張を含めたが、ちょっとぐらい武勇伝を自慢してもいいだろう。
俺たちを問い詰める女性は、再び口を開いた。
「魔物だらけのエルドラの森で、しかもその中心に位置する村か。よく出来た話だな」
「ええ、俺たちも驚きましたよ。まさかこんなに時間が掛かるなんて」
「言い訳は牢獄で言うように、密猟者諸君。君たちのせいで、私は無駄な仕事が増えてしまっていてな。
おかげで、こんな所で見回りだ。何日もかけてな」
女はそんな事を言った。明確な敵意を感じ取れるその言葉に、俺たちは身構える。
言い訳よりも先に、自らを守る姿勢を取る。命のやり取りをしてきた故の、悪い判断だった。
「戦う意志があるのか。やっぱり、盗賊とは下賤だね。なんでも暴力で解決しようとする」
「ちょちょっと待ってくれ! 俺たちは盗賊じゃない! 本当に森の村からやって来てだな」
「二度目だ。言い訳は牢獄で」
「ユウキ、やるしか無いよ。隙を見て逃げよう。彼女、相当手練れだから」
アリスが耳打ちする。アリスを以てして手練れだと? なら、俺が勝てる見込みはないな。
「近づかさせないよう立ち回る。アリス、いつも通りに前衛を頼む」
「コソコソ話して、何をしてるの。大人しく捕まってくれない」
そう言った女は背後に手を回す。ドレス、いや上着か。体を覆う布の中から取り出したのは、一つの巻物。
羊皮紙みたいな上等な感じを漂わせている。
上下を両手で掴むとそれを開き、こちらに向ける。そして、言葉を紡ぐ。
「彼等の罪には第一の罰を。罪状は、密猟だ」
すると女の持った羊皮紙が、形を変質せせていく。捻じ曲がって生き物みたいにうねる。
そして出来上がったのは、一本の剣。刀身には、文字がびっしりと書き込まれている。
元が羊皮紙なのだから、納得の出来である。
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