第二十一話 メルカート盗賊団
目を離した一瞬の隙に、アリスとヒナは二人の密猟者を眠らせる。目を擦って何が起きたのかじっくり見る。
瞳の開け閉めをしても景色は変わらず、地面に倒れる密猟者は動かない。
「やべっ! あいつら止めないと!」
そう言って俺は草むらから飛び出た。剣に手を掛けたアリスを止めるように向かう。
「待てアリス! そいつらを殺すな」
冷たい殺気を放つ彼女の行動なんて予想出来た。
何が起こるか分からない。仮に2人に仲間がいたとする。そうすれば、確実に報復を受ける。
それは避けたい。回避できる困難にわざわざ足を向ける必要は無いのだから。
俺の声を聞いたアリスは、疑問符を浮かべて小首を傾げた。
「こいつら、どうするの?」
「拘束して話を聞く。縄で両腕を縛れば動けないだろう」
こうして俺たちは、エルドラの森で密かな狩りを行う不届者を捕らえた。ルールに則れば、正義はこちらにある。とはいえ、彼らがそれを理解してくれるかどうかは別問題である。
ヒナの持っていた縄を使い、両腕を縛った。地面に寝ころばせたままに、彼らが起きるのを待つ。数分経つと目を覚ました様で、俺たちの姿を認識した。
途端に踠く。が、無駄だと理解したのか動かせない腕を見て、絶望の表情を浮かべる。
「はぁ……後生だ! 逃してくれ、頼むよっ!」
男はやれやれと言った風にため息を吐く。その後、飛び跳ねる様に体をしならせて懇願する。
「な、何が目的だあんたら! 金か? なら待ち合わせは無いぞ残念だったな! 俺たちを殺す事の方がよっぽど損だぜ!」
「お頭……もうあきらめましょう。ランスもどこかに、ふらふら~と行ってしまいました……
もう助かりませんよ」
飛び跳ねる男と、冷静に諦めの境地へ立つ女。正反対な2人を見て、俺たちは困惑する。
「あなたたちは密猟者なんですか? 安心してください。何かするわけでは無いですから」
「なら腕を自由にしてくれよぉ。せめて座らせてくれ! 正座で話し合えば、きっとわかり合える」
真っ直ぐな瞳で訴えかけてくる男。だがもし、万が一がある。隠し持った秘密道具で俺たちに害をなすかもしれない。
そう思うと、簡単には近づきたくない。
そして男はそんな俺の心理を察したのか、口を開いた。
「何も持ってないから。持ってても、両腕がこんなんじゃどうしようもない」
相手の口車に乗せられている気もするが、確かにその通りだ。動かせない、行動させないために両腕を縛り上げた。
背中に回している両手首は、がっちり固定しており隙間の自由もない。
逡巡したの後、俺は結局2人を地面に座らせた。依然として女の方は顔に陰りを見せていて、話の成立するような感じでは無かった。
息を吐いて、自分のペースに持っていくように意識する。まずは何者かを聞かないといけない。
「あなたたちは何者なんだ? こんな森の中に入って、一体何をしていた?」
「おんなじじゃないか。深い森の中で、やってる事はそう変わらないと思うぜ」
「俺たちは街道に出ようとしているだけだ。で、あなたたちは密猟か。安心して欲しいのは、俺たちは別に捕まえたいとかじゃないって事だ」
ここは正直に言った。高圧的な態度は崩さず、それでいて、あくまでこの森を抜けたいだけだと。すると男は強張らせていた緊張を少し解いたようだ。
「そう、なのか。てっきり村の狩人かと思ったぞ。いやーなんだか話が分かりそうなお人で良かったよ」
「じゃあ、あなたは本当に密猟者なんだな。他に仲間はいるのか?」
先ほど、女はランスという名前を言った。同行者の1人だろう。
「ああ、隣の奴の他に1人いる。けどまあ、見ての通り今はいない。どっかすっ飛んで行っちまった」
「この状況で言うのもなんだが、取引しないか? お互い、いい落とし所を見つけようじゃないか」
「取引? この状況で? いやいや、あんたらのは一方的な要求だろ」
調子づいたのか知らないが、男はそんなことを言ってくる。真意は分からないが、少なくとも、この男は空気を自分色に変えることが得意らしい。
これまでの会話で、なんとなく分かった。
「ああ。けど悪い様にはしない。俺たちの要求はこうだ。これから協力していこう。
俺はあなたちちのやってることを口外しない。貶めるような事もしない」
「へぇ優しいな。で、俺たちに何を要求するんだ? 狩った魔物の利益を渡せとか?」
「言った通りだ。これから協力しようじゃないか」
腑に落ちない言葉。男は初めて困惑の表情を見せる。実利と信頼の世界で生きてきた男には、少々抽象的すぎたのかも知らない。
あの言い草は、まあワザとであるが。
「俺たちの目的は話した通り。けど、この森を抜けた後なんて分からない。だから、森ではこれ以上深入りしない。
その代わり、街やこの森の外で会った時、お互いに助け合おうじゃないか」
「分かった、と言うしか無いしな。だが、どうやってお前たちを信じればいい?
確証が無いと、悪いが手は組めない」
「今こうして話している事が何よりの証拠だろ? お互い、生きる理由があるはずだ」
その言葉に男は少し考え込んだ。
「一理あるな。分かった、信じよう。少なくとも、お前たちは目先の利益に目がくらむ質でも無さそうだ」
そして話し合いが終わる。すると、黙り込んで絶望していた女がついに声を上げる。
「なら……逃してくれるのか? や、やったー! お頭、早く逃げましょう!」
「ああ、そうだな。そうと決まれば……行くぞ、ベルロー!」
勢い付いた2人の密猟者。逃げる手立てがあったのか。くそっ、しくじった。何も出来ないと侮っていた。
それもそうか。密猟者ならば、こんな状況くらい予測できる。それに、この世界には魔法がある。
俺たちは後ろに下がる。一歩二歩では無い。出来るだけ大きく、かつ素早く。
だが男たちは何も仕掛けてこない。
木々のざわめく様子は間奏の様で、木漏れ日も相まって静謐の芸術である。
男は後退した俺たちを見て声を上げる。
「おーい縄解いてくれ。取引成立だろ? このままじゃあ俺たち、魔物の餌になっちまうよ」
肩の力が抜けた。いやいや、考え直せ。策略は二重三重に重ねるもの。だが、果たして彼らの姿は策略と言えるだろうか。
いやそうは見えない。あの姿は、しくじった密猟者の姿だ。
「一応聞くけど、その状態から抜け出す方法はあるのか?」
「お前たちが縄を切ってくれれば、まぁ、抜け出せるって言えるかな?」
「あ、ああ。そう? 何か隠し持ってるとか……」
「だったらもう使ってるよ。俺たち、こう見えて金欠気味なんだ」
とぼとぼ歩いて縄を解こうとする。背中を向けろと言うと、座ったまま回転して拘束した腕をこちらに向ける。
女の方も、男に続いてそうやった。しゃがみ込んで縄に触る。が、思ったより硬い。
これは、解くのに時間が掛かりそうだ。
そう思った矢先、俺は首元を掴まれて後ろに投げ飛ばされた。
誰がやったのかなんて見ていない。が、背後にいるのは仲間である。ならば魔物か。
そんな考えは一気に消し飛んだ。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響く。目の前で火花が散った。アリスと見知らぬ誰かが剣を交えたのだ。
剣の腹で突きの一撃を受ける。が、アリスの腕が震えている。力負けしているということか。瞬間、切先がアリスから離れる。
アリスと剣を交えた人物は、密猟者の二人に近づくと声を掛ける。
「大丈夫か?」
「ああ、だから剣をしまえ。たった今話し合いが終わったところだったんだよ」
すると剣を持った男は俺たちと密猟者を交互に見て、今度は俺に声を投げかけた。
「何があったんだ。なんでこの二人は拘束されている」
「えっと。危険だったから? じゃなくて、何者なんだお前」
「そうか……儂はこいつらの仲間なんだが、とりあえず儂も座るか。おう、そこの小いこいの。縄は無いか?」
「……あ、あります」
「なら儂の腕も縛ればいいだろう。ほら、これで儂がこいつらの仲間だと分かるだろう」
満足気な青年は、男の横に腰を下ろした。するとリーダー格の男は、青年に向かって怒りを露わにする。
「なあランス……なんでお前まで捕まるんだよ! 助けろよ俺達を」
「ん? お前さんが悪いのだろう。ならば、儂も仲間としての誠意を見せなければいけんだろう」
「いつもメルさんが悪い事考えるから。まあ、自業自得?」
2人に詰められた男は、けれど立場が揺らぐことは無く依然ランスと呼ばれた青年を責め立てた。
当のランスはどこ吹く風と受け流すが。見ていられなくなったヒナが、一つ提案する。
「あー。縄、解こうか?」
「頼む。手首に血が溜まってヘンになりそうだ」
そうして3人は自由の身となった。にも関わらず、ランスへの怒りは収まらないようだ。
「なあ、そろそろいいか」
「ん? ああすまねぇ。俺はメルカート。メルカート盗賊団の頭目だ。と言っても団員は3人だが」
焦茶色のコートに黒手袋。頭には布を巻いているが、髪が長いのか所々からはみ出ている。
メルカートは親指を横に向けると、仲間を紹介する。
「こいつはベルロー。潜入とか市場調査とか、馬車の運転なんかも任せてる」
人懐っこい笑顔を見せる彼女は、シャツの上に革鎧を纏っている。こちらもコートで身を覆うが、より潜入向きと言ったところか。
「んでこっちの馬鹿がランスだ。剣持ってるから分かると思うが、戦闘役だ。こいつは凄ぇぜ、なんたって『豪位』の剣術者だからな」
「メルカート、何度も言うがこれは刀と言ってだな、片刃なんだ。ほら、こっちに刃が付いてないんだぞ」
「うわぁ! こっちに向けんな!」
メルカートは自身に向けられた刃に悲鳴を上げる。ランスはというと、刀の特徴を示して満足したのか、刀を鞘に戻した。
ランスの装いは、他2人に対して特徴的だった。頭には広い笠を被り、和服のような軽い服を身に纏っていた。だが靴はブーツだし、腕には肘辺りまで伸びる手袋まで付けている。
見た目より、実利重視なようだ。
「俺たちの説明は済んだ。で、あんたらは?」
「他に2人いるんだ。俺たちを合わせて、6人だな。
で、俺はユウキ。小さいのがジャミア、剣を持ってるのがアリス、ローブを着てるのがヒナだ」
「6人か……冒険者なのか?」
「いやまだだ。そうなれるよう、まずは街を目指してるんだ」
「ギルドがある街だと……ここから近いのは『フクスイラ』だな」
「歩いてどれくらいだ?」
「休憩やら小遣い稼ぎやら含めても、3ヶ月がいいとこだな。もっと掛かるかもしらんがな」
3ヶ月。意外と長い。
「ねぇ、その間に他の街とかってないの?
ほら、この地図の間とかにさ」
ヒナはいつの間にか取り出した地図に指を置き、メルカートに見せていた。
というか、この地図の下側にフクスイラの街があるな。
「この街道に出ようとしてるな? だったらここだ。出てすぐにある。が気を付けろ、あそこに居る執政官はヤバいからな。
運が悪ければ、全員投獄されるかもしれない」
「なら出会わないようにしないとね。メルカートさん、色々ありがとう。
じゃあ戻ろうか。ユウキ、皆」
「そうだな。ありがとう、メルカート」
「ああ、お互い様だ。それと、盗賊や貴族によろしく頼むぜ。俺たち『メルカート盗賊団』の宣伝をな」
「ああ。出来るだけ良いように喧伝しておくよ」
そう言って俺たちは別れた。
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「いいのメルさん。あのままにしておいて」
「俺たちは同業者になれるだろう。それに、ダメだったらあの執政官にやられる。
まあどう転んでも、あいつらは俺たちの敵にはならねぇよ。
あいつ、ユウキからは何でだかそう感じんだよ」
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