第二十話 森の密猟者
倒した魔物は食料となった。
まずは足を落とし、牙を抜き、その後は皮を剥いて串に刺す。鰻のような調理法。それはジャミアが話した方法である。
現実はそんなに簡単にはいかない。
足を落とすまでは同じ。だがその後が大きく違っている。
牙を抜く道具が無いため頭を落とし、皮を剥くために腹を捌く。全て、ノブチカの持つ矢で行った事だ。終始、苦虫を噛み潰したような表情を見せるノブチカ。
木の棒に刺した姿はまさに鰻。腹を開いたおかげで、よく知るような姿である。
料理に慣れない俺たちでは、一匹捌くのに十分以上を要した。三匹いるので、3人が交代で捌く。
そうして出来た三本の串を、焚き火に当てて肉を焼く。
「なぁ俺の矢を使って調理するのやめてくれないか。その……再利用するんだ」
「拭けばいいでしょ。そんなに神経質にならないでさ。アリスちゃんの剣じゃあ料理出来ないでしょ?」
ジリジリと表面を焼く間、ノブチカの小言にヒナが反応している。見張り番では無い者も、焚き火の前に座って焼き上がりを待った。
ぼーと口を開けてただ炎を見つめている。頃合いかどうか、それはジャミア以外に分からない。が、耐えきれなくなったヒナは、腹を壊した事も忘れて一本手に取る。
「あ、美味しい。塩気が欲しくなるよぉ……」
食感は蛇にそっくりだと言う。残念ながら俺は蛇を食した事がない。ゆえにヒナの感想はよく理解出来ない。
理解したいとは思うが、三本しかない。だが俺たちは6人。単純計算で3人は仲間外れだ。
「ノブチカ。これって、肉だよな? ゴムじゃなくて」
「そのはずだ。が噛みきれん。皮を剥いでおくべきだったな……」
「し、塩さえあれば。そうすれば足も美味しく食べられるはずだよ……」
「そうだなぁ。煮るための水もないからなぁ。焼くしかないけど、これはちょっとなぁ。
そのまま食べる物ではないな」
俺、ノブチカ、アリス。3人は輪になって地面に座っていた。一様に齧っているのは魔物の足。
捨てるには勿体無いし、何より隣で肉を貪られているのを眺めるだけはツライ。
俺が「胴体が美味いなら足も美味いはず!」と言ったのが間違いだった。
調理法が良くなかったのだ。良く動かす足という部位。筋肉質だとは思っていたが、同時に柔らかいとも思っていたんだ。
どこかで聞いた、コラーゲンという奴である。動かす部位にはコラーゲンが含まれやすいと。
“焼く”という調理方法を改善すればもしかしたら、この食感は改善されるかもしれない。が、今はボヤきながらも食する他に道は無いだろう。
その晩、俺はテントの中でうなされた。
食べ物を食べるが、すべての食材に味気がない悪夢だった。
朝がやってくると焚き火を消してテントを畳み、街道を目指して歩き続ける。
地図と現在地を照らし合わせて歩く。日が沈むと休む。役割り分担を決めて朝まで見張り。
そんなループを繰り返す。次第に食べられる物とそうではない物を見分けられるようになっていった。
傷口に良く効く薬草に苦くて気付けに使える虫など、食物以外にも教えてもらった。知らない事を知っていくというのは気持ちの良いものだった。
だが、こんな日々がいつまで続くのか分からない。というのが正直なところ。
カレンダーも時計も無い生活は、正常な日付感覚を無くしてしまう。
それに加えて同じ景色が続く。何日歩けどだ。こんな日々が続けば、自然と士気は下がっていく。
今日もそうした日々の延長線上にある一日だった。そんな中、誰かの腹が音を立てた。犯人は俺だった。
皆と同じ食事を摂っているはずが、何故か俺だけの腹が鳴る。
「なあ、昼ごはんの時間じゃないか?」
「いつもテキトーじゃん。でもまあ、私もお腹空いてるかも」
「休憩しよう。なんかもう、歩くの嫌になってきた」
「腹が減ってはなんとやらだからな。テントは任せろ」
「焚き火だけでいいよ!」
ノブチカはいつもテントを建てたがる。ヒナはついに、そんな彼に飽きたようで最近はもっぱら、食材集めに興じてる。
「ム、焚き火だけでいいのか。寂しくないか? テントがないと」
「お前のそのテントに対する情熱はなんなんだよ……」
とは言ってもどうするか。ジャミアと俺はもうペアだから、ヒナとアリスを組ませるか。
「ヒナとアリスで魔物を狩ってきてくれないか? 俺とジャミアは草食担当って事で」
「私たちに危険を押し付ける気?」
「アリス、お前が一番適任だろ」
「うん。じゃあ行こう、ヒナ」
するとジャミアが口ごもりながらも言葉を発する。遠慮する様な、少ししどろもどろになって。
「あ、あの。魔物を狩るのはやめた方がいいかもしれません。密猟はバレたら大変なので」
「つってもそんな罰則は無いだろ? せいぜい罰金程度。まあ言い訳もできるし」
「いや、最悪殺されます。本に書いてました。あと、村の人たちは身包み剥いでこの森に追放してました……。なので、バレないように……」
俯いて居心地悪そうに指遊びをするジャミア。アリスとヒナは顔を見合わせる。
ここまで言われちゃ仕方がない。魔物の積極的な狩りはやめておこう。”不可抗力な時”だけ、肉にありつけるというわけか。
「という事らしいな。じゃあ……アリスと3人で行くかな。お前らなら、何かあっても逃げられるだろ?」
「いや待てユウ。聞いたろ? “バレなきゃいいって”のは、そういう事だ」
「もちろん、私とヒナに任せて欲しい。誰にもバレないよう、立ち回るさ」
「そういう意味で言ったのではなくてですね……」
「でもお肉が食べたいんだよ。もうツユ草とすだれキノコの焼き物はイヤなんだぁ!」
「ああもう分かったから。じゃあ、上手い具合にやれよ? まあ滅多に人になんて会わないだろ」
空腹が俺の正常な判断を奪っていたが、それに気付く余地は無かった。ジャミアは「やめた方が……」と警告を続けたが、当の本人たちは既に肉の魅力に取り憑かれている。
この様子を見れば、確かに密猟が禁止にされる理由も分かる気がする。
「じゃあとりあえず、食材が集まったらここに戻ってくるって事で。いつも通りコレを使ってね」
ヒナが隙間時間を縫って作ってくれた魔法の石だ。
そこにあっただけのただの石に、少しの刻印を施したもの。三つの異なる柄が彫り込まれたヒナの一品。
こうした離れ離れの作業の時は、コレが無いと始まらない。
「そういえば、なんでいつも同じ物ばかり採ってるんだ。他の物は採らないのには理由があるのか?」
「そのぉ……実は私も食べた事無いものが殆どで」
ギクリと言った様子のジャミアは白状した。だがそれは妥当な判断だろう。
俺は常々不思議に思っていた。
毒を持った生物にアク抜きが必要な植物。過食部の割合に対して、捕獲難易度が非常に高い獣。
それらを無理にでも食べようとする古代人。
恐怖に勝った好奇心が進ませる進化の道程。人にとっては前進だが、個人にとっては退歩だ。
真理を探究せんとする心を持ちながら、自らの線引きをするジャミアのその姿勢を、俺は正しいと思う。
だからそれ以上何も言わない。そもそも、ジャミアの知識が無ければ、俺たちはとっくに餓死しているのだから。
いつも通りの草葉に、木の幹に共生するキノコを毟り取る。すると俺は、物音を聞いた。ガサリと草をかき分けるような音だ。
魔物だろうか。分からない。けれどジャミアは気が付いていない。瞬時に彼女の背後に回り、小声で異変を伝える。
するとまた音がした。二度目だ。おかげで方向は掴めた。次は身を隠せる場所を。
そして三度目が聞こえ始めたときには既に、俺たちは茂みに身を隠している。
「……こっ……あるか……?」
「ない……っす。…………どうしましょう」
会話。だが千切れて聞こえない。近づく必要がある。そしてもし危険がある様ならば、監視した方がいい。
音を立てない歩法で進む。ダメ押しで、俺とジャミアから離れた位置にある大木に、魔法で傷を付ける。
幹が歪む音が響いた。正体不明の誰かは、そちらに気を取られている事だろう。
進む。そして都合よくある茂みを一つ、また借りる。緑の草むらから頭だけを覗かせる。
そして俺が見たのは2人の男女。口元は何やら布で覆い、焦茶の衣類で身を包んでいる。
何をしているのだろうか。分からない。それが分かるまでは、隠れて監視しよう。
「ジャミア。あれ、何やってるか分かるか?」
「分かりません。けど、風体を見るに、良からぬ事に思えます」
良からぬ事と聞くと、先ほどの密猟が頭をよぎった。なるほどそうか。合点がいった。
奴らは、単純に密猟者というわけだ。深い森に入り魔物を狩る。それは無許可であるが故の苦肉の策。
簡単な事だった。奴らが密猟者なら、ほっといてもいいだろう。俺たちに害はなさそうだ。
視線を外して静かに立ち去ろうとする。がそこで、運悪くヒナとアリスが現れる。密猟者と鉢合わせてしまったのだ。
互いに無言で見つめ合う。
「だ、大丈夫でしょうか……何事も無ければいいですが」
「安心しろ。あいつらもバカじゃない。なんなら、俺より頭は良かった。ここで争うほど考えなしじゃないって」
と言ったが現実は非情。視線が合わさった数秒後、アリスは二人組を制圧した。
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