第十九話 森の迷子たち
「ここはどの辺になるんだ? わかるか、ジャミア」
「えっと、そうですね。この辺りでしょうか」
両手で拡げなければ俯瞰出来ない巨大な地図。思案するジャミアに代わって俺がそれを持つと、彼女は指で差し示す。
とは言っても、地図に書かれているのは大雑把なもの。
「エルドラの森って言うんだな。ここは」
木々を集めただけの落書きの上には『エルドラの森』という名が記載されている。
ジャミアが指差したのはその名前から右上ということは、このままやや右上に進めば街道に出るのか。
それにしても、前を歩く3人の元気が過ぎる。ノブチカは無言だがずんずん進む。アリスとヒナは、何かと見つけては寄り道をしようとする。
ルート設計をしているジャミアと俺は、付いていくだけで精一杯だ。
そこで俺は、思い出したかのように振り向いた。
「マイヤは大丈夫か」
「え? 何もないですよ。傷も治ってますから。そんなに心配しないでください」
そう言って、マイヤは腕を見せる。サベージウルフに齧られたあの腕を。
まじまじ見つめるが、そこに傷があったなんて信じられない。痕も何もない。きめ細かい肌は、なんでも無いように綺麗だった。
気になった俺が無遠慮に彼女の腕に触れる。指先とちょちょいとつつく。むず痒くなったのか、マイヤは腕を引っ込める。
くすぐったかったのか、頬っぺたを赤くして。
「な、なんですか。気持ちわるい」
「あ、そう。ご、ごめん」
その一言に傷ついた。少しつついただけなのに、そんなにか? 俺から離れるように走り出すと、アリスたちに合流している。
「いやー突然触り出すのはちょっと……女の子ですよ?」
「駄目だったか。でも傷が全く無くなってるなんて、気になるだろう……」
「傷って、何があったんですか?」
肩を落とした俺へ、ジャミアは矢継ぎ早に尋ねる。心傷に浸る間すら与えてくれない少女。
申告通りに好奇心王なようで。
「俺を庇って腕に噛みつかれたんだよ。なんだけど、傷痕が綺麗さっぱり消えてるから驚いて」
「でも、ユウキも足を怪我してるんじゃないの? なら同じように治って……」
俺はジャミアに足を見せる。ズボンをまくり、血に滲んだ包帯が顕になる。極限まで巻き付けた包帯が、足を締め付けている。
同時に、強力な補強帯にもなっている。
ジャミアは唾を飲み込んで「てっきり治ってるものだと」と。
俺は、首を振ってそうじゃないと示す。
実際、マイヤが治療してくれなかったらもっと酷いことになっていたはずだ。感謝している。だが、完全に治せるのなら、俺も頼みたい。
が、おそらく違うのだろう。
誰かに治してもらった。と考えるのが妥当だ。そしてそれが出来るのは、ルクス冒険団を名乗るあの者たち。
思い返してみれば、魔法使いといった出立ちの人間がいた。彼女の魔法を使い、マイヤは傷を治してもらったのだ。
「その『冒険者』の人に治してもらえなかったんですか?」
日が傾きかけている。が、まだ進める。一刻も早くこの森を抜けるためには、緻密な計画設計とギリギリを攻める絶妙さが必要だ。
歩き続ける中、常に俺の横についていたジャミアが聞いてきたのだ。
「その話は後にしよう。まずは、キャンプ地を決める!」
「キャンプ……ってなんですか?」
「野宿の事だ。俺たちの国じゃあ、外で寝る事をそう言うんだよ」
適当なホラを吹いた。仮に説明しても、ジャミアには理解出来ない。彼女は聡いが、知らない概念を理解するには時間が掛かる。
こんな森の中で彼女の知的好奇心を刺激しては、面倒だ。
大声を出して皆を引き止めた。距離が離れているために仕方がないが、あまり音は立てたくない。
魔物の恐ろしさが、文字通り骨の髄にまで染み込んでいるから下手な真似はしたくない。
ホイッスルに集まる生徒のように、アリスらが集まってくる。テキパキと役割分担をしていく。
テント担当は職人二人に任せて、アリスはマイヤと薪拾いだ。
からっと乾いた薪が所望だが、果たして彼女らは見つけ出してくれるだろうか。まあ見つからなかったとしても、その時はその時だ。
問題は、起きるまで問題とはいえないのだから。
「じゃあユウはどうするの。ジャミアちゃんといっしょに留守番?」
「木の実を拾ってくる。キノコとか野草とか。ほら、山菜取りみたいな感覚でさ。
食べられるものと食べられないもの。それが分かるようにならないといけないし」
「あっ、それなら私分かりますよ! たぶん。この辺りで採れる物、おじいちゃんが言ってました」
手を挙げて主張するジャミアだが、身長の小ささが起因して腕しか見えない。
「元からジャミアといっしょに行くつもりだったからな。適任だろ、この中じゃあ」
「賛成だね。じゃあ各々動こうか」
ジャミアと俺は足元や木の上を意識的に探った。進むたびに知らない植物が目に飛び込んでくる。
これは食えるのかあれは食えるのか。
見つけた食物らしきものを俺は逐一ジャミアに報告する
その度にそれは毒だの酸っぱいだの言われて、ついには何に対しても警戒心を抱くまでになった。
どう見たって毒キノコだ。俺が目を付けたのは、傘が真っ赤で白の斑点がまだら模様になったキノコ。
大きさは、手の平に押さまるほどだった。もぎ取ってみるが、どこをどう見ても毒キノコに間違いない。
木の実や野草は見た目ではわからないものが多い。だが、キノコは割と理解しやすい。手に持ったそれを見たジャミアが「それは食べれる」と言った。
何かの冗談だろう。それか、俺たち全員を食中毒にしたいか。後者である可能性は限りなく低い。それならば。
「冗談だろ。コレが食べられるのか? どう見ても毒だけど」
「長時間煮て食べるんです。まあ苦いですが。食感も……よくないです」
「じゃあ十中八九食い物じゃないだろコレ! 長い間煮ないといけない時点でもうアク抜き必須じゃないか」
「なんだかよく分かりませんけど、村の人はよく食べてるみたいですよ。一応持っていきましょう」
それからも食料集めは続いた。俺は相変わらず間違いだらけだったが、食べてはいけないものを覚える事ができた。
一つずつでも覚えていけば一年で365個の知識が集積される。膨大な知識だ。
手に抱えた木ノ実や野草。ジャミアは鞄にもいくつか入れている。
一方の俺はあの毒々しいキノコを抱える。ちなみに、バリエーションが豊かなのだ。
意外と種類があるらしい。
色とりどりの食料を見た反応は様々だった。
明らかな嫌悪を示すマイヤに、意外と好感触なヒナ。アリスは焚き火に集中し、ノブチカは食料の組み合わせについて思案する。
串のように尖らせた木の棒に、一つずつ刺していく。最終的には十本ほどになっただろうか。
それらは全て、俺の意向で火に近づけて焼いた。生のまま食べるのはまだ抵抗がある。
ジャミアは不服な顔をするが、腹を下したら元も子もない。ここは我慢してもらう。
随分と健康的な食事だった。含有されているか分からないが、ビタミンや食物繊維が豊富に摂取できていそうだ。
けれど、人が生きる上で欠かせない重要な栄養素が不足している。エネルギー源になる物だ。炭水化物や脂質、それらが圧倒的に足りていない。
そもそも、疲れてエネルギーを必要としている体は菜食主義にはならない。平たく言えば、肉不足だ。
キノコは煮ないと食べられない。焼いたものを食べたヒナは、直後に倒れて既にテントの中。
「…………魔物。サベージウルフ辺りがいればな」
「滅多な事言うな。夜に出会ったら辺りが見えなくて俺たちが蹂躙される」
「そうだよな。腹は減ってるが仕方がない。今日は寝よう。じゃあ最初の見張り番は」
パキリ。と音がした。俺は喉に言葉を残したまま音の出所を探った。暗くてよく見えない。だが耳は聞こえる。後の発生源も、大体の方向は分かっている。
「何かいるな。ノブチカ、短刀貸してくれ」
「ああ。というか、もうお前が待ってろ」
ノブチカの腰から短刀を拝借する。矢筒の中から矢を取り出すが、ノブチカはそれを手に持って近接武器とするようだ。
音が重なる。カサリ。パキリ。サラリ。
葉を踏む音。枯れ枝を踏み折る音。土を歩き埃が舞う音。
少なくとも三つの気配が分かった。
まもなく、炎が姿を照らし出してくれる。
ようやく見せたその姿は、蛇の胴体にトカゲの足をくっつけたみたいな生物だった。これも、魔物の類だろう。
大きくはない。むしろ小さい。サベージウルフにムーンベア。大型から中型の魔物を相手にした俺たちにとって、それらは小さな魔物。
だが油断は出来ない。体の大きさは武器だ。だが、生物の武器が大きさだけである事は稀である。
毒を持っているかもしれない。攻撃を受けずに攻撃する。それが今やらねばならぬ事。
するとノブチカが矢を突き刺す。脳天に一撃だ。それに続いた俺は、魔物の首を切り取った。
最後に残った一匹が細長い牙を見せて脅かすが、ノブチカが頭がと踏みつける。
やっぱり体の巨大さは強力な武器らしい。
難なく三匹の魔物を倒したが、変なお願いはするべきでは無いなと反省した。
「ロングトルソー。これ、食べられますよ! しかも美味しいです」
「「な、なに!?」」
ジャミアの言葉に、俺とノブチカは揃って返事をした。肉を、食べられるのか。今日、それもこれから。
一日が始まって以来、一番の吉報であった。
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