表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/38

十八話 旅立ちとナビゲーター

「あー、意外と遠い。もっと中心に家建てとけよあの村長」


 ぼやきながら歩いていた。魔物と戦ってから二日、まだまだ体は治らない。

特定の部位じゃなく全身に痛みが走る。


 だがこの世界の人間は頑丈なようだ。たった二日だけなのに、ピークは過ぎたような、残り物の痛みだけなのだ。


 そう言えば、あんな傷を負って生きているだけでも、前世の人間と比べるまでも無いか。

本調子とは言えずとも、簡単な運動なら問題ないまでに回復していた。

それ故に、愚痴が頭に思い浮かぶ。


 ぐちぐちと独り言を呟きながら照り返しの中を歩き続けた。ようやくついたボロ小屋の扉を叩く。

お決まりというか何というか、やはり一度のノックでは姿を表さない。

もうそろそろ、この繰り返しにも飽き飽きしてくる。


 少しだけ力を込めた。握り拳が扉を叩きつける。メシリと、木が歪むのが拳に伝ってきた。マズイとは思うがそれよりも、小さな怒りが優っていたのだ。


 相も変わらず力を込め続けると、ついには拳が扉を突き抜ける。一瞬、フリーズした。冷や汗を掻いて辺りを見回す。

空き巣がバレた泥棒みたいに、俺は一心不乱に頭を左右に振っていた。


「まてまて、冷静になれ。こんなボロ小屋だぞ? 壊れても仕方がないって……」


 そんな事をひとり言つ。頭頂部から流れ出る滝のような汗の雫は、脳みそを冷やしてくれた。いくらか冷静になってやっと、俺は貫いた扉から拳を引き抜いた。


 とは言っても小さな穴だ。な、なんとか誤魔化せるだろう。風が吹いたら木が突っ込んできたとかなんとか。

そんな、苦し紛れだが言い訳はいくらでもある。


 恐る恐る穴を覗く。するとその穴の中は真っ暗だった。いや、真っ暗ではない。何かがすでに塞いていたのだ。


 だが、なんだ? 暗いとは言ったが黒ではない。何か、丸い輪郭が見える。よく見るために顔を近づける。

すると正体が分かった。瞳だ。誰かの目玉が覗いていたのだ。

やっている事は同じのはずが、俺は背筋が凍った。


 悲鳴を上げながら後ろに倒れてしまう。見られた。いや、それよりバレた。俺の犯行の全てが、扉の向こう側の誰かに見られていたのだ。

これが本当に恐ろしく思えた。


 もしかすると、マイヤの保護が却下されてしまう。それだけは駄目だ。俺のせいで、マイヤの異世界での暮らしが滞るなどあってはならない。

マイヤに不幸になってほしいとは思わない。友達ならば、誰だってそうだ。


「謝ろう。ちゃんと、謝ろう!」


 呼吸を落ち着かせる。言い聞かせるように口に出した。言葉は俺の意志を固めてくれる。

これならば、村長を前にしても堂々とできる。誠意を込めて謝れば、きっと伝わる。


 扉を押し開けて中を見る。村長が招き入れてくれるなんてそんな幻想はもう持たない。

道は己で切り開く。たとえそれが他人の家だったとしても。


 家の中は存外整っていた。少なくとも、外観から想像されるように荒れてはいない。机と椅子は揃っていたし、棚も見える。

異世界の生活水準的に、これが庶民の普通なのだ。


「ヒィッ! あ、あの! なんで、勝手に……」


 一歩進む。すると声が聞こえる。だがどこにもいない。奥を覗いてもいない。

そうか、部屋の壁に隠れているのか。そりゃそうだ。俺は完全に不審者なのだから。


「あの、すみません。ノックしていたら力んでしまっ……痛い! っだ、あ!」


 進んで声の主を探そうとしたのだが、足が止められてそのまま顔から床に倒れる。

怖がらせないように謝りつつ、状況を説明したはずなのに。何故だか俺は床に伏していた。


「あ! あの、ごめんなさい。止めようと思ったら足を掴んじゃって……。だ、大丈夫ですか?」


 背後、というより足元から届く声。謎の声の主は、案外と近くにいたらしい。

肋骨が折れたのかと思う程の鈍痛が俺を襲う。だから長い間、俺は起き上がれず呻き声を上げ続けていた。


「うぅ……ぁぁ」

「あ、あの本当に、ごめんなさい。ど、どうすればいいですか? い、痛いんですか?」

「うぅぅ痛い。ちょっ、と待ってもらえます」

「あ、あっはい! 運びますね!」


 そう言うと、高い声の主は俺の脇に手を回し、体を持ち上げる。力を込めて運び始めるが、引きずられている足が痛い。


「ま待って! 歩きますから! 自分で」

「はいぃ! 分かりましたっ!」


 突然、腕を離されると俺の体は床に叩きつけられる。短い悲鳴を上げて痛みに悶えるが、またこうなってはたまらない。

堪えて体を起こす。

そして声の主をようやく視界にに映した。


 ワンピースのような一体型の衣服は半袖調で、腰には紐を結んで無駄に動かないようにしている。

少女と言った見た目だが、活発とは言い難い。その証拠に隠れていない肌は白く細い。痩せこけているわけではないが、畑仕事に不向きなのが明らかだ。


 俺の頭に湧いた疑問。がその前に、腰を曲げると改めて謝罪をした。


「扉のこと、すみません。あんまりにも出てこないものですから、何度も叩いてしまって。

治せるよう手を尽くします」

「あ、あの、その……と、とりあえず座って、ください?」


 来客に慣れていないのか、はたまた人見知りなのか。少女はかた言に着席を薦める。

手本を示すように椅子を引いてまずは少女が座る。俺も、従うように席についた。


 一瞬の沈黙の後、口を開いたのは俺だった。そして先ほど同様、謝罪をした。合計三回という謝罪は度を超えていたが、届いているのかどうだか分からない。

が幸い、少女は動揺していたようで覚えてはいなかった。


「いえ、元々ボロボロな家ですから。壊れるのなんて時間の問題でしたよ」

「そう言ってもらえると助かります。それで、村長とはどんな関係なんですか?」

「私のおじいちゃんです。お父さんとお母さんはずっと昔に死んじゃって。私自身、何かできたわけでもありませんから。

おじいちゃんに引き取られたんです」

「それは、災難ですね。ですが、村長には大事に育てられているのですね」

「そうでもありませんよ。おじいちゃんは私を外に出してくれませんし。隙を見て外に出ていくしかないんです。

きっと、なんの役にも立たない私を見せたくないのでしょう」


 無理して笑っていることが分かった。目元を緩めて口元は綻んでいるのに、何でだか、笑顔と言う言葉が似合わない仮初に見えるのだ。


「そんなことはないでしょう。何か得意なことや誰かと張り合える特技はある物です」

「言葉を読んで数字を書いても、何の役にも立ちませんよ」

「その二つは、世界を表すための言語だ。と誰かが言っていました。

あなたの特技は誰もが出来るものではないですよ」

「そうでしょうか……」

「そうですよ。絶対に役に立ちますよ、その特技は」


 そうしておだてると、少女は頬を赤くして俯いた。褒められたことが無いのだろうと分かる。


「村長は帰ってきますか?」

「もう少しで帰ってくると思います。

用事ってなんですか? 私から伝えていいのでしたらそうしますけど」

「私の友人が、この村で暮らしたいと言ってまして。それで許可をもらえたらと」

「たぶんそういうの、気にしないと思いますよ。人手はいつでも不足気味ですから」

「そうでしたか。ありがとうございます。それじゃあ、俺は帰ります。扉は……頑張って直します」


 立ち上がった俺は、少女に引き留められる。何かを言いたげにしているが、うまく言葉を紡げないでいる少女。


「あなたは、洞窟の魔物を倒してくれたんですよね? これから先って、どうするんですか?」

「これからって、村を出て人を探します。まあ、旅に出て冒険者になろうと思ってますよ」

「……あの! 私も、連れて行ってくれませんか?」


 少女はそんなことを口走った。だが、俺の答えは決まっている。


「それはダメです」


 当たり前だ。俺は、少女の命に責任なんて持てない。ましてや『行きたい』なんて簡単な動機で生き抜けるほど、甘い世界ではない。

身を持って知ったことだ。


 目の前の少女はきっと、今の息苦しい生活に辟易しているのだろう。それは分かる。それでも、だ。


 死ぬ事と生きる事は対極だ。だが、死の先に何かあると誰が証明できるだろう。

少女はまだ死に急ぐ年齢ではない。


「どうしてもですか? わ、わたし、言葉も数字も読めます。だから!」

「この生活が嫌なんですか。でも、ダメです。魔物に襲われても、助けられるとは限らない。俺は、先の戦いで死にかけてます。

魔物の恐ろしさも知っています。

だから君は、安全な場所で暮らすべきです」

「わかってます。けど、この村にいるだけじゃ、わからない事だらけです。

外に生きる人も魔族も魔物も、知らない事は知りたいんです。それだけが唯一、私にできることですから」


 少女は俺の瞳を覗き込んでいた。その瞳は決意や遺子が宿っているとは言えない。それでも少女は知りたいと、見てみたいと言った。


 それは内から湧き出る好奇心。少女の事を思えば、一体どんな判断を下すべきだろうか。俺には……分からない。


「…………名前は?」

「ジャミア・レブリス」

「地図は読めるか? 言葉はどれだけわかる? 計算はできるか? 魔物は、恐ろしいと思うか?」

「地図は読めます。中央大陸のヒト族の言葉なら。計算もできます。

魔物は……」


 少女、ジャミアは魔物という言葉の前で止めた。一度息を吐くと、ジャミアは言った。


「恐ろしいです」

「……えっと、俺たちは明日にでもこの村を出るつもりだ。じゃないと、村人が怒りそうだし。だから、明日までその気持ちが変わらなかったら、柵門の前に来てくれ。

朝には出発する。早朝ではないけど」

「ありがとうございます! 早速準備してきます!」


 ジャミアの元気溌剌な一言を聞いて、俺はボロ家を後にする。

当初の目的通りとはいかなかった。ハプニング続きだった。宿屋に戻るともう眠り、明日に備えた。


 そして時間がやってくる。アリス、ヒナ、ノブチカ。俺を含めた4人は柵門に向かった。

そこで、一人の少女の影を見た。


 うたた寝をするように座り込んだ少女は、頭を傾けて瞳を閉じていた。肩掛け鞄は少女の上半身全体を覆うほど巨大だ。


「ジャミア、ほら起きろ」

「ん、ううぅ……」

「この子がユウの言ってた子? ずいぶんと小さな子を口説いたね」

「いやそうじゃないから。遺恨が残るような事言うのやめてくんない?」


 ヒナと言い合いをしていると、ジャミアが起きた。目を擦って寝ぼけた顔で、俺たちを見る。

そして気が付いたのか、途端に背筋を伸ばして立ち上がる。


「あ、準備できてます! いつでも行けますよ、わたし!」


 ジャミアは両手を握って力強く言葉を発する。そんな彼女に、ノブチカが地図を渡す。

俺たちの中で一番可能性があったのがノブチカな訳だが、その必要はないようだ。


 ジャミアは受け取った地図を大事そうに鞄にしまい込んだ。


「村長はなんて言ってたんだ」

「『そうか』ってだけです。この上着と鞄をくれました。それだけでも、感謝すべきなんでしょうか……」


 引き止めて欲しかったのだろう。唯一の肉親。いくら嫌だと言っても、それは変えられない。だからこそ、最後の軛だった。

それももう、ジャミアを縛る力を失ったわけだご。


 柵門の向こう、外の世界に向けて足を向ける。


「待ってー! ハァ……ハァ、ハァ。あっ、追い付いた」


 マイヤだった。大量の汗を掻いて、帽子もヨレヨレになっている。

驚いたのは俺だけではない。アリスもヒナも、皆がそうだった。


「マ、マイヤ。何してるんだ?」

「私も、行く。ここにいつまで留まっても、何も変わらないって、思ったんです。

だから、私もついていきます」

「マイヤ、これから先はもっと危険になるかもしれない。君がこの村に留まっても、私たちは責めないよ。むしろ、君が生きてるってのは、励ましになるんだ」


 アリスは諭すような口調だった。それは何も、マイヤの同行を拒否したいなんて意味ではない。

自分の恐怖を偽る必要は無いと、伝えたいだけなのだ。


 それでもマイヤは口を開く。そして、言葉を、想いを紡ぎ続ける。


「魔物は、たぶんこれからも一生怖いままです。誰かの怪我や死に、責任は負いたくないです。

けど、そんな身勝手は通用しない。そう思いました。

だって、ユウキ君はこの世界に来てから、

ずっとその重責に耐えてきましたから」


 息を整えて、マイヤは決心する。


「少しは私も、その重荷を背負います。力になれるかどうかは分かりませんけど、皆の隣に立っていたいんです」


 「それに」と付け加えるマイヤは、笑顔を見せる。無理した笑顔ではない。屈託のない笑みだ。


「回復魔法が使えるのって、私だけですから」

「マイヤのは精霊に頼んでるだけでしょ。でも、いっしょに来てくれるって、嬉しい」

「これで5人。いや6人だな」

「意外と大所帯になったね。これでリーダーの責任が増したよ、ユウキ」

「まあそれ分、出来ることも増えた。何より、仲間がいるってのは心強い」


 6人が同じ方向を向いた瞬間だった。


 こうして、俺たちの旅が始まる事になったんだ。


 これから俺は、俺たちは、数多の絶望に赴く事になる。

読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ