十七話 ルクス冒険団
マイヤの看病は、ヒナがしてくれた。おそらく、この部屋にいてもマイヤは、快くない。
当たり前だ。彼女は思い詰めていた。自分の考え方に行い、その全てを”最低”と評するほどに。
そんな彼女へ異世界に対するあれこれは、荷が重いのかもしれない。
3人だけの空間は微妙に気まずい。沈黙というやつは、深まれば深まるだけ口が重くなる。
「なあ、あの冒険者たち。ぶっちゃけどう思った」
「どんな意図の質問だそれは」
「いやさ、少し身構えちゃってて。あんなお人好しなのかな冒険者って……」
「小賢しい奴もいれば、優しい人もいる。人間なんてどこにいたって、それは変わらないよ」
「そうだけど。なんだか怖いんだよな……って、い痛ぇ」
「お前もそろそろ限界だろ。マイヤもヒナも帰ったからとりあえず今日はもう休むとするか」
そしてヒナが帰ってくるのも待たつずに解散した。と言ってもここは俺の部屋になるのだが。
一人ぽっちになった。人がいなくなればガランとするな。スペースの空きがやっぱり気になる。
ミシミシと軋むような痛みに耐えながら、ベッドに横たわった。
そして思い出したのはあの感覚。
熊型の魔物と戦った時に感じた不思議なアレだ。敵の動きが遅くなったのでもなければ、俺の速度が速くなったのでもない。
魔物も俺も、能力は据え置きのままだった。
にも関わらず、俺はあの猛攻を避け続けた。火事場の馬鹿力というやつだろうか。あの冴え渡る頭の思考が、馬鹿力だとは信じたくない。
ベッドの上で身動き取らずに呼吸だけしていたら、段々眠気がやってきた。考え事の途中だが、今日は緩やかにいこう。
厳しいだけじゃ壊れてしまう。まあ、体は壊れているようなものだが。
瞳を閉じれば幾分か痛みが緩和される。何故ならそれ以上の疲労感と安心感が、体中の緊張を解いてくれるからだ。
夜がやってくるよりも俺の眠りの方が早い。
ドンドンッ! という激しく扉を叩く音で俺は目が覚めた。
何よりもまず思ったのは「誰が叩いてるんだよ」という冷めた感想だった。
疲れた体を休ませていたのに、目覚まし代わりに響くのが乱暴な音。気分が悪くなるのだって当たり前だ。
初めは無視していた。二回三回と凶暴なノック音が響いて、扉の奥からは声も聞こえてくる。
壁で隔てられた小さな声だが微かに聞こえるのだ。居留守は通用しないだろう。
諦めた俺はため息と深呼吸を一回ずつ吐いてから扉の取っ手を握る。
「部屋を間違えたかと思ったよ。こんな装いだから、誰も話しかけてくれないし」
チェーンメイルの被り物。鉄板を使った仮面。低品質で軽そうな鎧。腰に付ける直剣と、ベルトに挟んだ短剣。
話しかけられないのだって、納得な見た目だ。
「メチルさん、でしたか? 名前を間違えてないといいですが」
「あってるよ。それと『さん』は要らない。かしこまった言い方は、慣れてなくてな。
メチルでいい。コーラステニでもどっちでもいいけど」
「じゃあ、メチル。何のようですか? 朝早くから」
「早くはないんだけどね」
その一言で窓の外を見る。だが、太陽が隠れて見えない。辛うじて明るい事しか分からないが、たぶん早朝でないのは確かだろう。
「いやね、昨日聞く事があるって言っただろう。洞窟の事とか魔物の事とか。まあそういった事だよ」
「それは良いですが、鎧と仮面を取ってもらう事はできますか。その……威圧感があって」
「ああすまない、冒険者をやってると油断できなくてね。安全だと分かっていても、中々脱げない物なんだ」
目を見開いた。鼓動が早くなる。一瞬顔を逸らしてから向き直るが、やっぱり顔を逸らしてしまった。
「どうした? ずいぶんと忙しそうに動くじゃないか」
「いや、女性だとは思わなくって。あー、その。すいません……」
「謝ることはないだろ。それより、洞窟の事を話してくれないか」
鼻の横、頬には一つの傷跡がある。上半身の鎧を取ると、同時にチェーンで編んだ中履きも脱ぐ。
メインの板金鎧とその下のチェーンメイル、それを脱いだ途端、汗の香りが漂ってきた。
現代からやってきた俺には少々刺激の強い香りだったが、メチルが漂わせるその臭いは俺には香りへと変換される。
豊満とは言えないにしても大きな胸。シャツの上からでも分かる引き締まった身体。日に焼けた小麦色の肌。
俺の思い描く女性像であり、とりわけ好みの見た目。やっぱり男の本能は誤魔化せない。
意識しないよう頭で考えても、俺は顔を逸らしてしまう。メチルがどんな表情で今の俺を見ているか知らないが、とりあえず会話を続けなければ。
「洞窟と魔物の事ですよね! えっと、洞窟は遺跡みたいな見た目だった。何か模様があったけど、どんな意味があるのかは分からない。
それから魔物はサベージウルフとゴブリンがいて、それ以外には見当たらなかった」
「サベージウルフとゴブリン。珍しくない組み合わせだな。辺りの植生はどうだった? 森に現れた他の魔物とか」
顎をさすりながら思考する。筋肉質な細い腕が、胸を押さえ付けるような形になっている。
クソッ、目が離せない。自然に下に向かってしまう。
「植物の事はよく知らないんだ。けど熊みたいな大型の魔物が現れた。そのせいで、散々な目にあったよ」
「どんな魔物だったか覚えてる? もしかして、薄い茶色の体毛じゃなかった」
「そうかもしれない。うまく覚えてないけど。でも、俺たちを見てすぐに襲いかかってきたから、気性が荒いのかもしれない」
「ムーンベアかな。いや待って、ムーンベア!? そ、それを倒したの? 5人だけで」
ムーンベアという魔物なのか、あれは。
そんなことより、メチルが驚いて言葉を詰まらせた。
「あ、ああ。俺はそのせいで死にかけたけど」
「確認するけど、冒険者じゃないんだよな? 素人って事だろ」
「狩っちゃいけない種類だったとかじゃないよね?」
「むしろ逆だ。それにしても、上位低等の魔物を倒すなんて、末恐ろしい一党だ。普通は死んでる相手なんだよ、ムーンベアは」
どうりで死にかけたわけだ。
それからも情報を渡しつつ、俺はメチルと会話を続けた。
聞くところによると、ムーンベアは本来夜行性らしい。おそらく、血の匂いが濃くなった事で食欲が抑えきれなくなって出てきたという。
夜に行動する際は冷静で、頭も比較的良いらしいが、昼になると違うのだという。
日中に活動する場合は、前述の通り抑えきれない食欲が原因であり、それ故に視野が狭まるのだと。
夜ではなく昼に出会ったのは、運が良かったらしい。いや、運が良かったら出会う事すらなかっただろう。不幸中の幸いというやつだ。
そんな事より、メチルが動くたび部屋の中に汗の臭いが充満していく。
ほんのりとメチルの臭いに侵食されている事に気がつく。これでは、嫌でも目の前の女性を意識してしまう。
一刻も早く何とかしなくては。俺は焦りを覚えていた。そして考えついたのは、一つの奇策。
「依頼金の事なんだが、もう少し欲しくないか?」
「そりゃあ貰えるのなら。でも、何が望みだ。要求によっては、そうだな、考えてもいい」
「地図をくれないか。依頼金は……三、いや四割持っていってもいい」
「四割か。よし乗った。テオドールを起こしてから、地図を渡す。ついてきてくれ」
チェーンメイルに鎧。頭には被り物と、完全装備したメチルは初めに見たように威圧感に包まれる。
ようやく、目のやり場に困らない格好になった。これで焦らなくても済む。
部屋を出るメチルを追って、俺も続いて歩く。
「ち、地図をか。あんまり渡したくない」
壁に立てかけたリュックを漁るテオドール。嫌だと言いつつも見つけた地図を渡してくれる。
「一応聞くが、それをどうやって使うつもりなんだ? 冒険者になるのか」
「そのつもりです。この村にいつまでもいられないから。外に出て、人探しをしなくてはならないですし」
「まあ、深くは聞かないよ。色々とあるだろうから。さて、他に何かあるかい?」
「いや、もう十分だ。助かりました」
そう言って俺はテオドールとメチルのいる部屋を後にした。それから自室に戻りマントを羽織る。
ムーンベアの頭から取った際、大量の血が付いていた物だ。あんまりにも染み込んでいたもので、大胆にカットしたのだ。
おかげ、ずいぶんと扱いやすいマントになっている。
地図は手に入ったし鞄の穴も塞いだ。後は他の3人とこの村を出る。マイヤの事は、村長に話しておこう。
外には先日と同じ臭いが漂っている。もはや気にする必要もないくらいに慣れてしまったが。
足取り軽やかに市場に向かうと、アリスとヒナの姿を見つけた。
何を吟味しているのかと聞くと、マイヤのために料理を作ってやろうという魂胆らしい。
野菜を炒めるか煮るか。スープにするかそれとも他の何かか。
調理器具も調味料も全て不足している現状、果たして何が正解なのか。
それは俺の頭をも悩ませる難題だった。食べるのならせめて美味しく食べたい。味の無いガムを噛んでも気持ち悪いだけだ。
少しでいいから塩気や甘みなど、体が喜ぶ物を取らせたいと思うのは、ごく自然な心理であった。
「お前ら邪魔になってるぞ」
背後から聞こえたのはノブチカの声だった。露店の前で神妙な面持ちをする3人のせいで、客足は遠のいている。
我に帰った俺は一歩身を引いて、本来の目的を思い出した。
「そう言えば、地図を読める人いる? これ、貰ったんだけど。これから旅をするなら絶対必要だからさ」
そう言って先ほど交渉で手に入れた地図を見せるが、誰一人として返事はしなかった。
無論、俺も地図は読めない。
「問題は山積みかぁ……まあでも、今は料理の事を考えよう。てな事で、お前らは飯作っててくれ」
「ユウキはどうするの」
「村長の所で、マイヤの今後について話し合ってくる。この村で保護してもらえるよう取り計らってくる」
そうして問題を抱えながらも、俺たちの旅は一歩前進する。
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