幕間二 マイヤの気持ち
本当は嫌だった。でも、みんなが乗り気だったから。どれだけ『危険』を主張してもきっと、彼らには届かないし。
ユウキ君のせいだとか、本当はそんな事を言うつもりは無かった。でも彼があんまりにも簡単に言うから。私は少し怒っちゃって。
でも本当に、心配だから。それに、仲間だから。
私はユウキ君といっしょに行く事を決意する。だって他にも仲間はいる。アリスちゃんも、ヒナちゃんもいる。ノブチカ君だって、きっと協力してくれる。
実際そうだった。ユウキ君の部屋に集まったみんなは、普通に受け入れて魔物退治に行くって言っている。
怖くないんだろうな、って。
私は知らない。魔物を見た事がない。だからその怖さを、うまくイメージできなかった。
この瞬間までは。
洞窟を進んでも、見えるのは一匹二匹のサベージウルフ。
アリスちゃんは簡単に剣を振る。
ノブチカ君はすごいスピードで弓矢を放つ。
ユウキ君は的確に指示を出す。
ヒナちゃんは魔法を使って補助をする。
でも私は何もできなかった。暗がりの向こうに進んで、大きな空間に出ても無力で、皆が戦うのを見守るしかない。
定期的にこっちに向かってくる魔物は、ノブチカ君が射抜いてくれる。それでも射損じた魔物は、ヒナちゃんがうまく倒して。
背中にも目があるのかなって思うくらい、ヒナちゃんは私の腕を握って位置を変えてくれる。
そして、私は見た。ユウキ君が、魔物に足を齧られたのを。
血の気が引くのが分かった。急に体温が低くなって呼吸が速くなった。そこで初めて私は恐怖した。
視界に現実味が無くなった時に「逃げろ!」と声が聞こえた。「洞窟の入り口に走れ!」って、続け様に耳へ届く。
気がついたら走り出していた。恐怖が頭の中を支配していて、いち早く洞窟から出たくって。
外の光が、洩れ出た太陽の光が私を掴んで外へと引きずりだした。
私の背中にはヒナちゃんがピッタリくっついていた。入り口で息を整えていると、ヒナちゃんは私の腕を引いてもっと向こうに走った。
その後、ノブチカ君とアリスちゃんが現れる。背中には、多くの魔物を引き連れて。
その群れを見たヒナちゃんは、石を何個か取り出しては空に放った。落下していくと地面に当たる前に、それは大きな岩になった。
地響きと共に「グチャ」って音が聞こえてきた。
アリスちゃんの腕に抱かれたユウキ君が地面に立って、彼は迷わず私たちの方に来てくれる。
足の傷は酷くて、肉がズタズタに引き裂かれている。私は傷口を見て、まずは気持ち悪いと思ってしまった。
生理的嫌悪というか、私には知らない傷口で、あまりにも生々しい黒ずんだ血。
言葉を出せなかった。
それでも魔物はやってくる。ユウキ君は、私とヒナちゃんのためにすごく頑張ってくれた。
至るところからやってくる魔物を、皆で協力して倒していく。私はまだ、無力だった。
そんな中、ユウキ君に危機が迫った。左右から訪れる魔物の脅威に彼は、傷を負う覚悟だったと思う。
何かしたかった。誰かの力になりたかった。だから私はユウキ君を押しのけて盾になる。
体を大きく反らせても、彼の刃は鈍らず標的を切り裂いた。それから私の腕には、魔物の牙が食い込んだ。
痛みが頭を真っ白にした。だから時間が飛び飛びに感じて、気が付いたら私は魔物から離されていた。腕が赤黒く変色していて、皮膚が破れていた。
痛みと熱が腕を越えて、私の体を包み込んだように感じた。それを紛らわすためにも、涙が流れて私は鼻を啜る。
何が起きたかはうまく思い出せないけど、ヒナちゃんが魔法を放って洞窟を崩した。その一撃が命運を分けて、私たちは勝った。
そしてあの魔物が現れた。
ユウキ君の体が地面を転がった。まずは何が起きたか。それを理解するのに時間が必要だった。岩にぶつかって止まる彼に近づいて、傷を確認した。
ぞっとする状態だった。ぐったりとしているでは無くて、最早動きすらしない。死んでいるのかどうかもわからない。
それでも私は精霊に懇願した。
「お、お願い。彼の傷を治してあげて。お願いだから」
死ぬ。目の前の彼が死んでしまう。そう思うと、私は一層目頭が熱くなった。精霊は答えてくれるかな。そんな考えを覆すみたいに、ユウキ君の傷は治っていく。
友人が死ぬなんて、私には耐えられない。だから安堵した。少し遅れて、ヒナちゃんもやってきた。
意識を取り戻したユウキ君に指を見せるヒナちゃん。その受け答えの中で、全快させられなかったと知った。
「ごめん」
そんな言葉を言うのに、私は自分に何が出来るのかもう分からなくなっていた。
今すぐにここから逃げ出したい。走り出したい。家に帰りたい。お母さんに会いたい。安全な所で眠りたい。
そんな思考が頭を支配して、クマみたいな魔物との戦闘は、私にとって夢うつつな視界だった。
皆の声が、戦う姿が、魔物の大きな体が。そのどれもが嘘に見えた。現実が、嘘であってほしい私が、勝手にそう思っただけなのかもしれない。
「大丈夫?」
肩に手を置かれて我に返った。立っているのは、私たちだけになっていた。
クマのような魔物も地面に倒れ伏し、もう動くことはない。
急に力が抜けて、足腰が勝手に座れと命令してくる。
それから、テントを設営する場所を探し歩き、太陽が傾いて空が赤色に染まる。促されるまま暗いテントの中で横になると、腕の痛みが再発しきた。
熱を持った傷口が怖い。魔物が怖い。誰かが傷つくのが怖い。
そんなネガティブな感情が胸の内に渦巻いてしまう。皆には自分が泣いていることがばれれほしくない。
ここでうずくまって、ずっとこうしていたい。物音がするけど、寝返りを打って振り返るのだって、今は億劫になってしまっていた。
「眠い……」
つぶやきは、私の耳にしか届かないけど、誰だって一人の時間は欲しい。
痛みも震えも飲み込んで、私は目を閉じた。次に目覚めるのが、安心できる場所である事を願って。
読んでいただきありがとうございます!




