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十五話 村と三人の冒険者

 関節の全てが悲鳴をあげている。戦いが終わった途端に疲労と激痛が俺を襲う。それでも努めて冷静に、俺は言葉をひねり出す。


「か、帰ろう」

「魔物の死骸は……自然に返す?」

「うん、そうしよう。とりあえず、もう帰りたい」


 とは言ってみるものの、これから歩いて帰るとなると、とんでもなく時間が掛かる。

今夜は野宿に決定だ。ノブチカもヒナもすでにテント設営に着手していた。


「ここで建てるなよ。もっと離れた所にしよう」

「そうだね。ここじゃあ、魔物が寄ってくる。早く移動しよう」


 マイヤの肩を借りて立つ俺は、わき腹を押さえながら歩く。近くの石を使い、杭に見立てた木棒を地面に打ち付ける2人は手を止めた。

瞳には抗議の色が滲むが、多数決の原理で設営場所の権利はこちらの物となるのだ。


 一時間は歩いただろう。時間に見合った距離を歩いたとは言えないが、こればっかりは仕方がない。

時の流れは、自分の力では何とかできないのだから。


 ノブチカとヒナは、相変わらずテント設営に関しては本気だった。大きさの違う杭を地面に差し込み、大布を被せて完成。

何をそんなに急ぐ必要があるというのか。けれども、手際よい進み具合には感服だ。


「ユウキお前は休んでおけ。それからマイヤもだ。傷が酷いのはお前たちだからな」

「分かった。実は、もう立ってるだけでしんどいんだ。お言葉に甘えて横になる」


 そう言う俺とは対照的に、マイヤは頭を左右に振る。


「私は大丈夫だから。見張り番、やるよ!」

「腕を見せてみろ」

「えっ。な、なんで?」

「いいからいいから」


 マイヤの背後から聞こえてくるのは、ヒナの声。暗闇からヌッと現れる腕に、マイヤは身動きを封じられる。

ノブチカは、抵抗できないマイヤの傷口を見ると眉をひそめて観察した。


 そして結論を下す。内容を聞いてみるに、観察するまでも無さそうだったが。


「傷口が酷いことになってるぞ。血が固まって土と同化して、数時間で化膿するぞこれは」

「えっ、えっそれって。う、腕切らなきゃいけないやつですか? ち、違いますよね?」

「適切に処置しないと痛みが長引くし最悪切断だ。そうならないよう今からでも治療した方がいい」

「そうそう。見張り番は私たちがやっておくから、マイは安静にしてな」


 そう言われて、マイヤはおとなしく簡易テントに引っ込む。やけにすんなりとしたその態度は気になるが、俺も人の心配をしている状況ではない。


 三角形の暗幕の中で目を閉じると、痛みが和らいだ。疲労が限界に達しているのだろう。すぐに眠りに着くことが出来た。


 が、安息も長くは続かない。じわりと熱くなる痛みに目が覚める。

軽い苦痛の声が洩れる。深呼吸を挟みつつ、上半身を起こす。すると体から、バキバキと音が鳴るような感じがあった。


 やっぱり、まだ息をするだけでも痛い。体の外に生傷は見えないが、中はそうもいかないのだろう。


 とそこで、俺は何かの音に気がついた。啜り泣く音だった。誰の物かなんてすぐに気がついた。隣で眠る、マイヤだ。視線を向ける。

小刻みに一定的に、体を震わせている。

過呼吸になっているのか、咳の音も混じっていた。


 声を掛けようとして迷う。そして結局、俺はテントの外に出た。


 外と内を分けるテントの入り口。そこを越えると焚き火が見える。炎に枯れ木を焚べているのは、アリスだった。

見張り番をしていた彼女の前に、俺は胡座をかいて座る。


「マイヤが泣いてた。恐ろしかったんだろうな」


 その言葉は口の中に苦味を残して出ていく。


「魔物は、恐ろしいからね。死にかけたなんて、これが初めてだろうし」

「俺がもっと上手く周りを見れたら、こうはならなかったと思うか?」


 一瞬考えて、アリスは口を開く。


「どうだろう、わからない。でもさ、前の出来事に『もしかしたら』は使わなくてもいいんじゃないの?」

「それでも後悔はする。『こうしてたら』が、結果論でものしかかるから……」

「何でもいいけどさ。考えすぎなくてもいいだよ。嫌な事なんて、自分のせいだって思うだけ無駄なんだから。

結局向き合うんだったら、誰かのせいにしたっていいと思うけど? まっ、私の考えだけどね」


 片手をあげてヒラヒラと、宙で振る。真面目に話して恥ずかしくなったのか、照れ隠しのような仕草だった。


 だがそうかもしれない。いや、アリスの言う通りだろう。所詮は結果論でしかなく、考えるだけ無駄。

それは過去を変えない。変えられるとしたら、これからある未来でしかない。


 それなら深刻になるのはやめようじゃないか。それに、こんな世界だ。

生きてるだけで儲け物だ。


「休まなくてもいいのか。アリスだって疲れてるだろ」

「さっきまで寝てたから、今は交代中なんだ。君こそ、傷は大丈夫なの?」

「痛くて寝られない。ゆっくり眠りたいのに……」


 焚き火を絶やさないよう燃料を適宜追加していく。そうしてやって来た朝は、皆の目覚めを誘う。

野営の始末を終えると歩き出す。洞窟に訪れた時よりも長い時間をかけ、俺たちは村に戻ることができた。


 傭兵でも騎士でもない俺たちでは、野営に適正がなかった。

安全な村に戻れたという安心感は、アリスの張り詰めた神経をゆっくりとほぐしていったようだ。彼女はあくびをして、体を伸ばしていた。


「まずがは村長に報告しよう。それから宿屋で休んで、これからについて話し合おう。やることやってさっさと休もう」


 以前アリスに案内されたボロ家を目指す。柵門、村の入り口から近いところにあるのは救いだった。5人全員が重い瞼を無理に開け、眠気を紛らわすため会話を交わしていた。


 村長の家にたどり着くと、そこで3人の見知らぬ人物を見た。

村人全員の顔を覚えているわけでもないが、ここに属する人間ではないのは明らかだった。


 一人は簡素な鎧を身に着け、もう一人はコートを羽織る。背中には、巨大なリュックを背負う荷物持ちが揃っているのだ。


 俺の目には所謂、冒険者のように映る。今まさにノックをしたのだろう。ボロ家の中から、老人が現れる。記憶の中にある村長の姿だ。


 3人の肩越しに俺たちを発見したのか、村長はこちらをちらりと覗く。その一瞬の視線移動で、鎧を纏ったその人が振り向く。


「お前たちも冒険者か? 悪いがこの村の依頼は自分らが先に受けたんだ。

ほら、依頼書ならここにある。テオドール、依頼書出してくれ」

「えああ、わかったけど……ちょっと待ってね。たぶん、下のほうに入れておいたから」


 テオドールと呼ばれた荷物持ちの少年は、腰に括り付けた袋を探る。

数秒の間、袋をまさぐるとようやく見つけたのか、動きを止める。そして取り出したのは、巻物のような一枚。


 テオドールがこちらに歩いてくると、その依頼書を俺に渡した。身を寄せて皆で読む。


「えー、『冒険者ギルドはこれを承認する』と。なんのことだ?」

「洞窟の魔物退治のことだ。早急に対処してほしいと思ってな、冒険者ギルドに依頼を出しておいたんだ」


 村長は声を大きくそう言った。つまり、俺たちはいずれ解決される仕事に駆り出されたということだろうか。


「何週間も前に来た商人に依頼書を託してな。でも丁度、君たちがいたから頼んだのだ」


 それを聞いた鎧の男が、村長に食って掛かる。


「おいおいおい! それはないだろ。私らは依頼があったから来たんだぞ。それなのに『もう終わりました』は通用しないだろ!

ここの村に来るのにだって金が掛かってるんだぞ」

「わしらにそれは関係……っぐ、う!」


 「関係ない」と言おうとしたのだろう。だが鎧の男は、村長の言葉が終わる前に首を掴む。あれじゃあ、首が折れてしまっても不思議はない。

仲間である二人も、男を止めようとしない。


「ま、待ってくれ。村長を殺されては困る。お互いに、良い落としどころを見つけないか? 話し合いで解決できるだろ」


 俺の言葉を聞いた3人の冒険者。男は村長の首から手を放すと、俺に近づく。

近くで見ると、威圧感がある。


 チェーンメイルの被り物と鉄板の仮面。瞳穴から除く眼球がこちらを見据える。

落ち着け、相手も人間だ。言葉の通じない魔物ではないのだ。

緊張はするな。


「俺はユウキ・カナジョウだ。よろしく。あなたの名前はなんて言うんだ?」

「ああ、そうだったな。私はメチル・ギラン・コーラステニだ。

それで、依頼金を私たちに渡してくれるってのか? それなら万々歳だが……」

「依頼金ってのは、達成時にもらえるのか?」

「前金も貰うが、基本はそうだ。それで、譲ってくれるのか」

「仕方がないだろう、それでいい。そもそも俺たちは依頼の事なんて知らなかったからな」


 それを聞くと、男は狼狽する。予想外の答えだったのだろう。

助けを求めるように仲間たちに視線を向けるが、それらは全て軽く流されてしまう。


「あーその、なんだ。そう言われるとは思ってなくてだな……」


 鉄板の仮面に手を置いて、女性のような仕草を見せる。


「そうだな。じゃあ、依頼達成時の七割はお前たちが受け取れ。こっちは前金として、依頼金の二割を貰ってるからな」

「いいのか? 俺たちがもらっても」

「苦労したんだろ? その姿を見れば分かる。ただ、聞きたいこともあるから、そうだな。

明日には話を聞きたい。いいか?」

「分かった。あなたたちがそれで良いって言ってくれるなら、俺たちも安心だ」


 そう言って、俺は右手を差し出した。すると男は少しの当惑を見せた後、左手で握り返してくれた。


「じゃ、依頼書は返してくれよ。おい村長、ここに手形を押してくれ」


 絞められた首がいずいのか、何度も触っている。まだ名前の分かっていない、冒険者の少女が何かを手渡す。


 それに手のひらをつけた村長は、手が真っ赤に染まっていた。何かの染料だろうか。

依頼書に手形と一緒に署名を行う。これが、依頼完了の証明なのだろうか。


「それじゃあ明日だからな。場所は宿屋だ。どうせお前らも、そこに居るだろ? じゃあな」


 3人横に揃って歩く冒険者は、手を振って俺たちに別れを告げる。と言っても、俺たちの向かう先は同じ宿屋だと思うのだが。


「…………気まずいし、時間ずらして宿屋戻らない?」


 俺たちは市場で時間を潰した。

読んでいただきありがとうございます!

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