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十四話 上級の魔物

読んでいただきありがとうございます!

 血が流れている。体は動かない。背中に何かを感じる。硬い、たぶん岩だ。音が聞こえない。口の中が鉄の味だ。

瞳は像を結んでくれず、チカチカとぼやける光の粒みたいに斑ら。何かが近づいてくるのは分かるが、それが何であるかは分からない。


 意識が途切れ途切れ。次の瞬間には俺は地面に転がされていて、目の前には大きい丸が視界を埋めていた。

徐々に体の感覚が戻り、視界もクリアになってくる。すると俺は痛みに悶えて血を吐いた。


 いや、血ではないかもしれない。でも、体の中にある何かを吐き出していた。


「分かる? これ、手が見える?」

「ガッ。あっ……痛ぅ。な、何が……起きた」


 一言発する度に、胸は潰されたように痛んだ。体がぶっ壊れたか。でも、マイヤが必死に頼み込んだおかげで、精霊は俺の苦痛を癒してくれたみたいだ。


 それでも全快とはいかなかった。

「ごめん」と繰り返すマイヤだが涙を拭ってもダメみたいで、目が赤らんでいた。


 動けるようになるまで、身体を起こせるまでは時間が掛かる。

どうしようもない。肩で息をしながら、俺は数分前を振り返る。


 ノブチカが俺に近づいてきた。そこまでは覚えている。鮮明にだ。その後、突如として俺は満身創痍となった。


何が起きた?


 上半身を無理に起き上がらせると、背中が悲鳴をあげた。警告の様な激痛に耐えながら、俺が見たのは魔物だった。


 しかしそれは、俺たちが戦ってきたサベージウルフとは、比較にならない程大きかった。


 何メートルかなんて分からない。が、刃を繰り出すアリスの身長、三つ分はありそうだ。

その巨体に見合った腕力を、魔物は有している。


 そうだ、思い出した。あの剛腕、毛むくじゃらの腕部に吹き飛ばされたのだ。

鉄塊の様な堅固な腕は、とてもじゃないが生物だとは思えない。あの時、すんでで剣を噛ませたが防御ごと、俺の体を地面に転がしたのだから。


 恐ろしいほどの力だった。地面を転がる俺は、きっと蹴られた石ころの様に簡単に転がっていたことだろう。

そして転がり続けた俺はおそらく、背中にある岩にぶつかって止まった。こんなになるなら、いっそ転がり続けていた方が怪我は少なかった。


 ふらりふらりと、力なく立ち上がる。前によろめいた体を、踏み出す右足で留めて少し深呼吸をした。

分かってはいたが、肺が痛い。


「も、もしかして、戦うの?」

「……少しでも、力になれるなら」


 老人のように覚束ない足取りを見せる俺を、マイヤが腕を握って止める。


「ダメだよっ! 死んじゃうからっ」

「このまま2人だけでやっても……埒が明かないだろう」


 アリスの剣は魔物を切り裂く。が筋肉が分厚いのかそれとも肉か、どちらにせよ致命打が見えない。ノブチカの矢は、刺さるだけで効果が薄いように見える。


 魔物は全身から血を流しているが、それでも止まらず暴れ続けている。まるでダメージが無いように。


 主戦力の2人でも、仕留めきれない。それはたぶん、負傷者がいるからだ。


 逃げるという選択肢も、時間稼ぎという選択肢も取れない。

全ては再起不能な俺のせいだ。皆が動けても、俺が動けないのだ。現に、俺はマイヤの力でその場に止められている。


 また助けられてばかりだ。それはいい。だが、助けられないのは嫌だ。けれど感情論が先行する俺に、何もできないことは危う気な今の頭でも理解できる。


「マイヤ、俺の体。右側を、治せるか?」


 俺は右利きで、剣も右で握る。防御した時も、剣を密着させていたのは右側だったと思う。もしかすると、右側を重点的に癒せば、また動けるのでは無いだろうか。


 そんな考えの元、マイヤに聞いてみたら彼女は「できるだけやる」と言ってくれた。


「精霊さん、彼の傷を癒してあげて。流した血は、皆の養分に……」


 精霊への言葉により、俺の体が緑色の光に包まれた。徐々に痛みや不調が薄れていく。

全身から目立った傷は消えていくが、内部は同じようにはいかなかった。が、だいぶマシになった。これなら、戦えるかもしれない。


「ごめん、上手く調節できなくて……」

「いや、これでいい。おかげでよく動く」


 肩を回す。だが剣は無い。地面を転がる最中に、落としたのかもしれない。

そんな俺は丸腰で走り始める。速度は出ていない。回り込むように大回りをして、ノブチカの背後に立つ。


「おまっ。寝てろ! 死ぬぞ!」


 見向きもしないで矢筒に手をかけたノブチカ。なら俺も、彼の警告は無視しよう。


 腰に付けた短剣を引き抜いて奪う。


「これ、借りてくぞ」

「話を聞け!」


 言いつつ放った矢は、熊型の魔物に突き刺さった。当たり所が悪かったのか、魔物は咆哮をあげる。振り向きざま、魔物は殺意に満ちた瞳でこちらを見る。


 繰り出された一撃は、俺たちに向かってくる。俺はダイブするみたいな格好で前転し、命からがら避ける。

受け身を取り、片膝で前転のスピードを殺す。ズザザッと土を削る音が鳴り響く。


 軽業のような一連の動きで、俺の体にはまだ痛みが残り続けている事を深く理解した。


 だが、これはこれで好都合。魔物はノブチカを狙うが、すかさず割って入るアリスに夢中だ。背後に陣取っている。


 足音を立てないよう気をつけるが無駄だ。今の体では、繊細な動きには無理がある。


 魔物は足音を聞いていなかった。たぶん、やつは”今”でしか生きていない。俺の事など、文字通り眼中に無い。


 駆け出して短刀を突き刺す。魔物の背中に刃が届く。直前、俺は魔法を現象する。膝を折ってしゃがみ、そして飛ぶ。

足元には、ジャンプを補強するかの様な風魔法。魔物の肩辺りまで飛んだ。


 そして、刃を突き立てる。


「うっ、オラァァァ!」


 ぶら下がる様に短刀を掴み、全体重をかけて地面を目指す。魔物の背中に、醜くガタガタな刀傷を作ってやった。

これには流石に堪えたらしい。仰け反り空を向き、大きく口を開けていた。


 激痛を覚えた時の仕草は人と変わりないらしい。そして怒りの炎もごく同様に、滾らせるようだ。


 大口をこちらに向けて再び、咆哮を放つ。そしてこの後の行動も、分かっている。どうせ自慢の剛腕を振り回すのだろう。


 そこで気が付いた。何故だか、頭が冴え渡っている気がする。今なら、魔物の攻撃も怖くない。


 予想通りに二本腕を振り回してきた。右から左。その逆も。だが当たらない。両腕を同時に振ろうが関係ない。俺は”無意識ながらに魔法”を駆使しながら避け続ける。


 広く俯瞰出来ている。だからこそ見えた。背後に周り続け矢を射るノブチカを。未だ剣を強く握るアリスを。


「ノブチカ! そのまま周り込みつつ傷口を狙え!」

「背中のデカいのか。わかった」


 そこまで要求はしていないが、結果的に良い判断だったと思う。大傷に矢が幾本と刺さる。標的はノブチカに変わった。


「アリスは足を切ってやれ! ノブチカに近づかせるな!」

「あいわかった!」


 魔物を手玉に取れていた。誰を狙うべきか、魔物はわからなくなっている。標的を変えても次から次へと飛んでくる攻撃に目が回っているのだろう。


 このまま続けていったらいずれ、魔物は出血死をする。がその前に、俺たちが削られる。

アリスもノブチカも、既に限界だった。森の凸凹な大地に加えて大群との戦闘。体力は底を尽きかけていた。


 手を考えないと全滅する。

俺の魔法は魔物の気を引く程度しか出来ない。ヒナの大規模攻撃も、すでに枯渇している。他に、決定的な一撃を放てる仲間がいるだろうか。


「何か無いか、ヒナ!」

「な、何かって……あっ、ノブチカに渡した矢……!」

「矢だと? 何か貰って……って、あれか!」


 何かを思い出したのか、ノブチカは矢の羽を触り始める。いくつかに触れて目当ての物を見つけたのか、それを掴んで弓に番える。


 狙いが定まらないのか弦を引いたままで固まる。それを見て俺は決めた。まずは魔物の背中、そこに刺さった短剣に向かっていく。

足を掛けて体毛を掴み、器用に魔物に登っていく。


 頂上である頭まで来た。肩に足を掛けて滑り落ちる。その最中、俺は羽織っていた一枚の外套を、魔物の頭に被せた。


 一瞬の隙だったが、ノブチカには十分だった。


 暗くなった視界を元に戻そうと、顔に掛かった布に触れる魔物だが、やつが俺の外套を捨てるより、ノブチカが矢を放つ方が早かった。


 毛むくじゃらな指と指の隙間にある眼球一直線へ矢が飛んだ。一枚の布のせいで見えないはずが、ノブチカは正確に捉える。


 そして突き刺さった十数秒後、魔物は倒れた。

「グジュルっ」という生めかしい音を眼球の中で奏でて、そのまま地面に倒れ伏した魔物。


 俺たちは勝利した。この強大な魔物に、勝利したのだ。

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