十三話 魔物退治のピンチ 後編
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「ハァ……ハァ。やっと、外に出られた」
マイヤが初めに洞窟の外へと脱出し続々と、人の影が洞窟から出てくる。
足音がいくつも重なる様相は、まるで地響きの様だ。けれどそのほとんどは魔物のもので、最後に出てくるアリスと俺は、背中に多くのサベージウルフを引き連れていた。
「ここなら思う存分魔法を使えるだろ?」
俺が見たのは外套の内側から何かを取り出すヒナの姿。その手に何を握っているか分からないが、おそらくこの状況を打破するための一手だろう。
だがなぜだろう、まだその一手を打ち込もうとはしない。
そうした様子を見て、俺を抱えるアリスは一瞬立ち止まった。それから力を溜めるように膝を折ると、その場で空中に飛び上がる。
ジャンプなんて飛んでも数センチ程度。対空時間も、一秒程度だろう。
だがアリスのジャンプは飛翔という言葉が似合うほどに常人離れしていた。
その常識外の飛翔も、今は気にならなかった。それよりも危機迫る状況であったからだ。
空中に飛んで数メートル進む。
サベージウルフから離れたアリスを見て、ヒナはようやく手に持った何かを投げる。
魔物の大群に向かって投げ放たれたそれらは、おそらく石。
普通と違う点は何やら煌めいていた事だろう。
一瞬だが空に飛んで危険から切り離されたため、冷静にそれを見る事が出来た。
地表にたどり着くと、そこには5人が揃う。ゆっくりと地面に下ろしてくれるアリス。そしてようやく自分の足で立ち上がると、洞窟の入り口に目をやった。
するとそこには、先ほどまでは無かった巨岩が五つ出来ていた。
巨岩の足元から、放射状に血が広がっている。
つかの間の休息。この隙に息を整える。足は依然痛むままだが、ここは我慢するしかない。
両手でしっかと持ち手を握ると切先を洞窟の方向に向ける。
「足、大丈夫?」
「大丈夫ではない。けど、やるしかない。
アリスは引き続き一番前で切りまくってくれ。マイヤは、さっきのとはいかなくとも魔法で数を減らして、ノブチカと一緒に援護してくれ」
「待てお前も前線で戦うのか? 無茶だ」
「様子を見てだ。弁えた行動を心がけるよ」
「せめて傷を……ああクソっ」
岩の間から徐々に魔物が顔を覗かせる。仲間が潰された岩の上に立つ魔物に、器用に隙間を縫って歩く魔物。
大規模な攻撃の前に少しの様子見をしているようだ。そして、たった一匹の遠吠えが皮切りとなってまた、サベージウルフたちは激しい攻撃に転じ始める。
洞窟と違ってここはフィールドが広い。
戦いやすくなったのは何も俺たちだけではない。敏捷性と柔軟さを併せ持ったサベージウルフは実の所、こういった開けた場所の方が本領だ。
縦横無尽に広がると、ノブチカお得意の弓矢は効果が薄くなる。
強力な遠距離攻撃とはいえ弓矢。一度に番える矢の本数は、彼を以てしても三本が限度だった。
正確にサベージウルフたちの生命を刺し貫くが、減っていくのは片手で数えられるぐらいだった。
歯痒い。魔法で援護できると言っても、今の俺の実力じゃあ雀の涙程にもならない。
隣のマイヤは戦闘力を持たないため、身を強張らせていた。どうすれば、皆に貢献できる。
考えろ。考えて考え抜け。
思考を加速させる頭の中、俺は見た。魔物の群れの中でも優雅に舞うアリスの姿を。そしてその右手側から、緑色の小さな何かが迫っていることを。
マイヤやヒナなど、後衛側へ近付く魔物を叩き潰しながら俺は叫ぶ。
「アリスっ! 左だ! 左からゴブリンが来てる!!」
果たして彼女に声は届いただろうか。
俺は加勢出来ない。俺よりも、ゴブリンの持つ刃の方がよっぽどアリスに近いからだ。
それでも、いかにアリスと言えど、不意打ちには対処しきれない。ゴブリンの凶刃が鈍らだとて、脇腹へ刺されば致命傷になるだろう。
だがそれは杞憂に終わった。動きは遮らぬままに、左足でゴブリンの首を蹴り抜く。戦闘中でかつ遠目だ。よく見えなかったが、緑色の何かが空に浮いたのは、なんとなく目の端で捉えられた。
ひとまず、アリスに迫る危機は回避した。それでも問題は次々と現れる。手軽な獲物だと判断したのか、俺やヒナに向かって流れてくる魔物が現れてくる。
ノブチカもアリスも、どちらも強者だ。たぶん、得意分野ならばマイヤもヒナも、それは同じ事。
けれど大群との戦闘は、彼女らに向いていない。俺も、護衛としては心許ない。
どれだけ剣を振ろうと。
どれだけ魔法を詠唱しようと。
息つく間も与えない程の大群の前では、効果的とは言い難い。血に塗れた足元が少しぬかるむ。それでも俺には彼女らを守る義務が、いや非力な矜恃がある。
斬って斬ってを繰り返す。絶え間ない魔物たちの勢いも、ようやく底が見えてきた。
腕を伸ばす。だが魔法は出ない。詠唱もした。それでも練習通りとはいかなかった。伸ばした腕が一瞬の弱点となる。
齧られる。噛み砕かれる。一秒未満で理解する。
それがどうした? 俺の腕が砕ける?
関係ない。仮にそうなっても、腕はまだある。横の仲間を殺してからお前も殺す。
それだけだ。
それだけなのに、俺の体は横に反れた。お陰で腕は無事だ。体が捩れるが、同時に魔物の首から鮮血が飛び出る。
「ギッ、アァァあァあ!」
耳に悲鳴が届いた。声の方向を向く。顔を歪めるのはマイヤ。右腕の肘から下、噛み付くのはサベージウルフ。噛んでは離し、噛んでは離しを続ける姿は恐ろしい。
背筋が凍る感覚より先に、俺の腕が動く。マイヤに噛み付くサベージウルフの頬に剣を突き刺し、そのまま尻尾まで一息に引き裂く。
説明不能の一時的な力。マイヤの傷を確認するよりも先に、魔物がまた向かってくる。
洞窟の入り口から、こちらに向かう。クソっ、アリスには見向きもしない。
どうする。どうすればいい。洞窟の、入り口。
「ヒナ! 岩出せるか」
「もっ、無理!」
「なら入り口壊せ、何かないか! 炎でも氷でも土でもなんでもいいから!」
「土……土ならいける。ユウ、援護!」
地面にへたり込み、負傷した腕を必死に抱き抱えて苦しむマイヤ。そんな彼女から着かず離れずの位置で、俺はヒナの詠唱時間を稼ぐ必要があった。
目は閉じず、目標たる遺跡洞窟を見据えてヒナは口ずさむ。
「地命の脈、血液たる土。流砂すら我が手の内に。あまねく大地が味方となっては共に、駆けてくれるであろう」
やたら長いなと、普段なら流せる詠唱に焦りを覚える。そんな事ツヤ知らず、やってくるのサベージウルフ。
俺は足の痛みを忘れていた。守らなくちゃいけないと、その気持ちが、痛みを吹き飛ばしてくれたのだ。
頭上に振り上げ剣を下ろす。飛び掛かる魔物は空中で頭蓋が割れる。両側を挟み込むみたいに突っ込んでくる二匹。
右手側は直剣の横薙ぎで、左手側は覚えたての魔法で。うまくいかなかった魔法が、今なら使える気がした。いや、使えなければ死ぬと思っていた。
血を吐いて、慣性に従って倒れるサベージウルフ。時間は稼げただろうか。
視線は彷徨わせないで前を見据え続ける。すると、洞窟近くの地面が唸りを上げた。
ぐにゃりと歪む様に、波打つ様に。
次の瞬間、大地は円柱の形を取って、遺跡洞窟の入り口上部を叩きつけた。
天井に叩き付けられると、円柱の頂上は粉となって霧散する。だが、絶えず地面を吸収する円柱は止まる事を知らない。
少し離れたここにも、遂に振動が伝わってくる。土埃によって魔物の巣窟は上手く見えなかったが、段々晴れてくると崩れたその全貌が現れる。
パラパラと破片が落ちている。瓦礫の山の様にも見える。その姿は最早遺跡ではなく、洞窟そのものになっていた。魔物の追撃も目に見えて衰えている。
アリスもノブチカも、既に残党狩りに動き出していた。
「マイヤ、傷を治しておいて」
「う、うん……じゃ、じゃあ、足だして」
「俺のじゃなくてお前のだ。自分の腕を治せ。精霊に頼めるんだろ?」
「えっ? わ、わかった」
マイヤは涙を流したまま頷いて呟き始める。酷く小声で、加えて鼻水を啜る音が更に遮る。残念ながら、彼女の伝える精霊への言葉は聞こえなかった。が、腕に集まる優しげな光の粒は、まさに精霊の魅業だと思った。
「ヒナ、マイヤを見ていてれ。キツそうだ」
「分かってるけど、ユウは? 足、酷いよ」
「まだ歩ける。傷の手当ては全部終わってからだ」
数歩分、前で魔物を蹂躙する2人。俺は加勢する。微かな助力だが、役に立てるなら幸いだ。ジリジリと残りの魔物を片付けて、ついには洞窟の前に辿り着く。
岩の隙間から、いや、ここら一体から血の臭いが漂っていた。
早く逃げた方が良いだろう。でなければ、他の魔物が集まってくる。
「よし、これだけやれば十分だろ。数日、あるいは数週間はここらに近づかないよう、村長に警告しよう」
息が上がっているのは、絶えず動き続けていたからだろう。だが、この目のくらみはなんだ。わからない。そして俺は片膝をついた。
良い機会だ。腰の鞄から包帯を取り出して、固く巻き付ける。
頑丈な補強帯と出血防止だ。
そして隣にいるアリスが、手を差し伸べてくれる。心配してくれたのは彼女だけではない。ノブチカも、小走りで近づいてくる。
だが、ここは俺が一人で立ち上がらないといけない。そう思った。
差し伸べられた手に掴まらず、俺は言った。
「俺より、マイヤとヒナの方に行ってくれ。あいつら、もう限界だ」
「強がってるでしょ。いいから掴まりなさい。君も重症だよ」
「それでもさ。俺が、自分の力で立ち上がらなきゃ、いけないと思うんだ」
「あのねユウキ。それは君なりの思いやりなのかもしれないけど、体はもう限界だよ? 君、よっぽど無理してる」
「あー分かった、悪かった。それじゃあお言葉に甘えて」
俺は彼女の手を握った。すると静かに俺を引き上げてくれる。彼女の姿は、転んだ幼子を立ち上がらせ埃を払う、気高い騎士のようなそんな気がした。
「後は一人で歩ける。駄目になったらまた頼むよ。だから、マイヤの所に行ってあげてくれ」
心配な瞳そのままに、アリスは俺の言う通りにマイヤとヒナの元へと向かっていく。
ノブチカは、変わらずこちらに来ていた。
つまりそれは、俺のすぐそばにはいないということ。ノブチカと俺は、あと数歩の距離だった。二秒か三秒か、その程度の距離。
だから、俺はノブチカとの距離に感謝した。彼が俺の隣にいたのなら今ごろ、地面を転がり巨岩に叩き付けられるていたのは、彼になっていただろうから。




