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十二話 魔物退治のピンチ 前編

「ずっと一直線だな……分かれ道の一つもない」

「奇襲の心配が無いのはいいけど、ちょっとだけ怖いね」

「対処しきれない量の魔物が出たら後退しながら逃げるが、こうも分かれ道が無いと厳しいかも」


 俺たちの通って来た道には魔物の死体が転がっている。アリスの言った通り、サベージウルフと少数のゴブリンだ。

進めど進めど、血の匂いは付き纏ってくるように感じる。


 それは俺たちが害した魔物の血と、魔物が害した何者かの血の匂いが混じっているからだろう。この遺跡洞窟は、思った以上に数多の血を貪ってきたのかもしれない。


 と、また魔物だ。今度はサベージウルフの背中にゴブリンが乗っかっている。

見たところ、俺たちにはまだ気がついていないのか、手に持った木の棒を掲げて遊んでいるように見える。


 何かの合図だろうか? こんな行動を取るゴブリンは見たことがない。

ここまでで遭遇してきたゴブリンと言えば、二種類だった。


 俺たちを見つけるや否や、洞窟奥に駆け出すものと、体を震えさせながらも攻撃に転じるもの。

見た目に違いは無かったが、俺たちはその全てを倒して進んだ。


 逃げるゴブリンはノブチカが。立ち向かってくるゴブリンは俺とアリスが、それぞれ倒した。腰丈ぐらいの身長とそれに見合わない大きな手を持つ緑肌の魔物。

彼らはおそらく、酷く怯えていた。家に侵入者が潜んでいるとなったら無理もないのか。


 身を屈めた俺たちは苦し紛れだが隠れていた。松明の火がある限り、この空間で隠れるのが不可能だと気がついたのは、マイヤの指摘のおかげだ。


「私たち、岩に隠れてますけど、松明あるから意味無くないですか?」


 その問いに「あっ」と間抜けた声を出した俺は、皆と顔を見合わせた。戦闘職の2人は口を開けて俺と同じだった。ヒナとマイヤは「今更気がついたのか……」と言わんばかりに目を細めた。


 そもそもの話、ゴブリンは暗がりでも目が見えるのではないだろうか。

洞窟の中、奥深く。そんな場所を好き好んで住居にするのだ。冬眠や休息のための簡易的な物ではない。つまりは、奴らの目は俺たちと違う作りをしているはずだ。


 それなのに気がつかないのは、奴の目が見えないからなのか。どうだか分からないが、気がついていないのはゴブリンだけのようだ。

すでに十匹以上倒しているという達成感のせいで、驕りが出た。


 身を低くして前傾姿勢になったサベージウルフ。唸り声を出すと共に、前足を大きく開いていた。

それの背に乗るゴブリンも、ようやく何かを察したようだ。そしてこちらの推察通り、奴は目が見えていないらしい。

最後までこちらの姿を認識できてはいない。


 剣を握った瞬間サベージウルフは180度反転して、暗がりの中へと姿を消した。虚空の中、流石のノブチカでも射抜けないようだ。

俺の耳のすぐ側を風切り音が通り過ぎるが、暗闇から断末魔が聞こえる事は無かった。


 掛け出そうとするアリスに、俺は腕を出して止める。暗闇の中、闇雲に追い立てるべきではない。それより確実に進む方が安全なはずだ。そう思っていた。


 だが、悠長に構えるこの対処法が間違いだと気が付くのに、それほど時間は掛からなかった。


 変わらずの足取りで進み続ける。隊列も何処か崩れ気味で、横に膨らんでいるように思える。かく言う俺も、慢心が無いかと言われればそうでは無い。

ゴブリンにサベージウルフ。村から出るまでは、あらゆる最悪を予想していたつもりだ。

けれど、いざ現地に来て遂行していくと違う。


 魔物は確かに恐ろしい。俺は簡単に殺されてしまうだろう。だが確かにこの手に残る感触は、俺が魔物を殺した剣の重さだった。

その殺したという優越感と、暗がりの中進まなければいけない鬼胎とが混在していた。


 あまりにもチグハグな為、頭がそれらを忘れさせる脳内麻薬を分泌しているのだろう。

俺がまだ平静を保っていられるのは、

それのお陰だ。


「待て。この先に何か居る。気を引き締めろ多いぞ」


 足を止めて警告を発したのはノブチカ。

彼は俺たちの中でも特に勘に優れるところがある。それは空気の流れや匂いや音。五感で感じるあらゆるが、勘という物を使って彼に教えてくれているのだ。


 ノブチカの言葉を信じていた。たぶん他の皆も同じだろう。腰帯の剣に手を掛け、背後から聞こえてくる精霊への懇願を耳に、俺たちは前に向かう。


 片手に松明、片手に錆びついた直剣。まさに冒険者といった様相の俺は、いつの間にか隊列の一番前に位置していた。

松明を持った方の腕は縮こめて、剣は前に向ける。

横穴から来るのか前から来るのか。はたまた天井から来るのか。


 何が何処から現れるか分からない。警戒を解くべきではない。冷静に、目の前に集中。当たりを観察しつつ慎重に。

そうやって想像して対応しても現実は、いつも上手くいくわけではない。


 突然俺目掛けて飛び込むのはサベージウルフ。暗闇から現れたそれは、奇襲以外の何物でもない。

第一陣が皮切りとなり、地面を走る音が複数重なって行く。


 芸のない突進は、サベージウルフ《やつら》の主たる攻撃手段のようだ。これまでの短い戦闘は、無駄では無かったのだ。


 来ると分かっていれば対処出来た。人は学習する。そこにプラスして、即興的な工夫や想像も加えられる。

幾度も見た突進に合わせて、俺は剣を縦に振り下ろした。勿論、こんな攻撃でサベージウルフの頭蓋を切り開くことは出来ない。


 体毛は強靭な鎧となり刃を通さないし、それを乗り越えても骨が全てを遮る。

俺の一刀は隣で剣を振るうアリスには到底届かない。ノブチカの放つ豪速の一矢にも、やはり届きはしない。


 重力に俺の膂力を足した質量攻撃は、サベージウルフの動きを止めて地面に叩きのめす。

すかさず、俺は片手の松明を魔物の顔面に押し当てる。

よく燃えるのを見るに、やつらの体毛は可燃性だ。みるみる内に炎に包まれる。


 一匹倒した。なんとか、倒せた。だが隣では、すでに三匹倒しては四匹目の喉を引き裂いている。

いやそうだ。これは数勝負ではない。皆で数を減らせばいいのだ。それだけだ。俺が活躍しようなんて、考えるな。


 それから無心で剣を振り回しては松明を押し当ててを繰り返していた。どれだけやっても数が減っている感覚がない。徐々に剣の重みに腕もしんどくなってくる。

そして動きは鈍る。繰り出す攻撃の手もお粗末になっている。


 少しの違い、少しの威力低下。それが致命的だった。依然、走り湧いてくるサベージウルフの一匹。いや二匹だ。

今まで通りに切り伏せる。そう思っていたのに、やつの動きは鈍くなるだけで終わる。


 瞬間、足首に激しい痛みを覚える。が、理解の前に俺はもう一方のサベージウルフを殺す。

その痛みが俺の目を覚ましてくれた。命の危機だと脳が判断したのだろう。横に薙いだ刃は力任せだが、サベージウルフの首は空を飛ぶ。


「ぐうっ! 離れろよっ! ちっ、くしょう」


 歯噛みしながら放った言葉は人にしか届かない。けれどこれが無いと俺は、意識の全てが痛みに持っていかれる気がした。

魔物の血を吸って刃として鈍くなった直剣では、足元のこいつを殺せない。

そう考えた俺は、剣の腹を叩きつける。何度何度も繰り返す。


 一匹にこれほどまで時間を掛ければ、本来待っているのは死だ。だが、俺には仲間がいる。

言葉よりも行動で俺への心配を示してくれる仲間が。

そのおかげで、なんとか難を脱する事ができた。


 堪らず足から口を離すサベージウルフ。頭をブンブンと振って仕切り直すと、これまた俺の方に突進をしてくる。

松明の火は、こいつの頭を燃やし尽くしてくれる。だから殴った。が、ピキリと痛みが走る。


 齧り毟られた傷跡が、神経を伝って上半身にまで影響を及ぼす。

飛び掛かるサベージウルフはなんとか吹き飛ばすが、同時に松明まで手を離れてしまう。

そして死体には炎が乗り移る。


 体の表面から徐々に内部へ。野生とはいえ生き物だ。脂肪分だって蓄えている。

死体から死体へと、炎は燃え広がっていく。

ついには、洞窟内が明るく照らし出された。


 そしてどんどんと湧き出てくる魔物もまた、俺たちの瞳に映し出された。


 生唾を飲み込んだ俺は振り向いて叫んだ。


「逃げるぞ! 入り口まで走れ!」

「なっ。でもユウ、足が!」

「いいから走れ!」


 おれの叫び声はすでに怒号に変わっていた。幸い、負傷者は俺だけだ。無論、こんな所で死ぬつもりはない。だから殿しんがりなんて以ての外だ。俺の隣にはアリスがいる。

俺の決死の声を聞いたアリスは、俺の腕を取ると肩に回し、そのまま強引に引っ張る。


 女の子の力ではない。俺は抵抗すらできずにアリスに抱えられ入り口を目指した。

片手で剣を扱うアリスは、相変わらず一刀で両断している。ノブチカの矢も、この暗がりの中で的確に敵を撃ち抜く。


 前後反転し先頭を走るのは、マイヤとヒナだ。松明を手に必死に足を動かすマイヤの背中を、俺たちは頼りにしていた。


 そして、差し込む光が徐々に大きく輝きを増していく。出口はもうすぐだった。

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