十一話 洞窟到着
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村を出発した俺たちを阻むのは溢れんばかりの木々。あまりに巨大なその樹木たちは、最早巨人のようだった。
地面に根を下ろす巨木たちの齢は百を超えるだろう。若々しい緑で着飾る姿を見るに、寒くなる季節はまだ遠いのかもしれない。
それにしても、こうも植物が多いと方向感覚が無くなるのも必然と言える。数分歩いただけでもう村の輪郭は見えなくなっていた。
村の方針で木々には印を付けているという。だが件の印とやらは、俺には判別が付かない。
洞窟のある方向も、こちらで合っているのだろうか。
体力を奪われながらも何とか歩き続ける。早くなる心拍に呼吸。体力が無いという事を嫌でも自覚してしまう。
先頭を歩くアリスの歩行リズムは一定で、呼吸の乱れとは無縁に見える。俺の他に聞こえる息切れの音は、背後にいるマイヤのものだ。
「少し、休憩したい。ごめんけど……ちょっとタイム」
息苦しさに耐えかねた俺はそう言った。始めに整列していた隊列は崩れて、縦ではなく横に広い。
膝に手を置いて深呼吸をした。こめかみから流れる汗が、顎に沿って垂れる。
俺は汗を拭いながら、一度仲間の顔色を伺う。皆、健康そのものだった。慣れていないヒナは多少息が上がっている程度で問題なさそうだ。
数秒立ち止まっただけだが俺も、回復出来た。
問題はマイヤだった。魔法使いは体力に問題があるというのはお決まりだが、まさか本当だったとは。だが、マイヤは根性を見せる。
赤くなった顔は体温が上昇している証。それにも関わらず、彼女の瞳には意思が宿っている。
過呼吸とまではいかずとも、呼吸のペースがかなり速い。これは明らかに危険な信号だと思った。
「一旦皆で休憩しよう。飲み物を飲んで休んで、それからまた洞窟に向けて歩こう」
批判を覚悟した。本当はお前が休みたいだけなんじゃ? と言われたら、否定が出来ないからだ。けれど帰ってきたのは意外や意外、賛同の声だった。
「マイヤー。こっち来な」
「え? あっ、うん」
ヒナは、マイヤに対して手招きをする。口元に手を置いてメガホン代わりにし、握り込んだ何かをマイヤの顔前に差し出す。
すると赤色だった頬が冷えていく。
俺は腰につけた鞄から取り出した皮水筒に口を付けていた。中身の液体を飲みながら、マイヤとヒナを眺めて。
「涼しそうだね。それにしても、森ってこんなに暑いんだねー。太陽を遮ってくれるから日陰だらけでいい感じだと思ってたのに」
「実際涼しいんだろうな。俺たちが動いてるから暑く感じてるんじゃないか」
小ぶりな皮水筒を飲む俺の近くで、2人はそんな会話をしていた。
「湿度も関係ありそう。こんだけ植物だらけだと、汗が蒸発してくれなさそうだ」
数分間、この蒸し暑さについて議論した。森の中だというのに蒸し暑いのには、何か異世界らしい理由でもあるのだろうか。
いや、生育環境に大幅な変化が無いのを見るに、現世との違いは無さそうだ。ならば、体感温度に寄るものだろう。
そんな適当を結論とした。風の精霊にでも頼んだのか、2人は地面に座って足を伸ばしては、そよ風に当たっている。
至福のひとときと言った表情を作る2人。俺たちの視線に気がついたのか、マイヤが耳打ちするみたいに空中に向かってる話す。
何事も無かったかのようにこちらに向かって来た2人に俺は聞く。
「体調は大丈夫そうか? 歩き続けるだけでも、かなり体力消耗するからな。運動不足は良く無いって、今気がついた」
「でもでも、適宜休めばいいよ。そうすれば、心の健康も保てるから」
もっともな意見だと思う。要所要所に休憩を挟みつつ歩き続ける。
時々見つけるのは、木々に巻かれた縄のような物。村で見かけなかった縄は、ここに使われていたのか。
だがどんな意味の縄なのだろうか。
わからない事は、分かる人間に聞くのが手っ取り早い。
「ノブチカ、この縄ってどんな意味だ?」
「この巻き方は……村から近い所に位置してるぞってことだな。数字に直すと二、三時間の距離ということだ」
「へえ。というか、縄なんて村にあるのか? こんな所に使うぐらいの余裕は無さそうだけど」
「勿論ある。と言ってもここらで取れる木から作った物だがな。こういう麻とかの縄は商人由来な事が殆どだな。あくまであの村ではだが」
これはいい事を聞いた。木から縄が作れるとは。今までは麻縄以外に知らなかったが、まさか身近な物から作れるとは。
現代的な考えは案外と、役に立たない場面もあるらしい。
縄なんて手に入りやすいと思っていたぐらいだし。
暮らしの知恵を聞きつつ進む。無駄な衝突を避けるため、道中出会った魔物は無視して歩いた。それでも交戦が避けられない場合は、やむを得ず戦う。
とは言っても、大概はアリスが何度か刃を振るって倒す。そうじゃない時は、ノブチカが一射して終わりだ。
皆の顔に疲労感が滲んできた頃、前方に何かを見つけた。平坦な土の道が続いていたはずが、岩や土が盛られたような小高い山があった。
初めの内は手のひらより小さかった。それを目印に進むと段々と顕になってくる姿。
「洞窟ってこれか? これは遺跡って見た目なんだけど」
「ここだよ。まぶっちゃけ、知らない人からすれば変わりないんじゃない? 魔物だって、涼しい避暑地としか思ってないでしょ」
岩肌に面してない時点で察するべきだった。
自然に出来た洞窟というより人工的な遺跡の入り口。瀟洒な意匠が石造りの門に良く似合っている。
だがまあ、この紋様にどんな意味があるのかはわからない。
俺はノブチカに合図すると、彼は松明を二本取り出した。
一本はアリスに、もう一本はマイヤが持つ。火打ち石で簡単に灯した。あまりに手際が良いもので素直に感心してしまう。
真っ暗がりの遺跡の中を、前方数メートルしか照らしてくれない松明のみを頼りにもぐり込む。
「入り口付近に魔物がいなくてよかったです」
「ならぁ……奥にいっぱいいるんじゃなぁい」
揺らめくような声色で揶揄うのはヒナだ。マイヤはその声に驚いたのか、それとも言葉に驚いたのか。定かではないが「ひぃ!」と小さく悲鳴を上げていた。
一番後ろにいるノブチカなら、どうなっているのか見えているのだろう。
コツン。という音が木霊した。狭く暗い遺跡の通路ではクリアに聞こえてくる。小さな音だったが確かに聞こえた。
だが反響を得て耳に届いたため、何処に潜んでいるのか分からない。
ただ前方に何かがいるという事実だけ。右端かもしれないし左端かもしれない。
立ち止まった俺とアリスに続いて、後ろの3人も止まった。
チラリを俺を見るアリス。俺は頷き松明を受け取ると、アリスは腰の鞘から剣を抜き取った。
足音を立てないように細心の注意を払って進む。安全を確かめるような一歩一歩だった。
松明が音の発信者の足を映し出した。が、それもすぐに見えなくなった。
唸り声と共に走り出したのだ。正体を解するよりも先に、暗闇の中のソレは仕掛けて来た。
俺の反射神経じゃ反応しきれない踏み込みと迷いの無さ。
だがアリスはその通りでもない。飛びかかってくるソレに合わせて空中を裂く。
扇状に放った斬撃は綺麗な弧を描いた。その軌道に沿うようにして、何やら赤い液体が舞った。
「うっ、わあぁ!」
腕で顔を覆ったのはマイヤだった。彼女自身には戦闘力がない。恐るのも当然か。
奇襲したナニかを確認するため、速度そのままに背後へと突進したソレを見る。
四つ足に白灰色の体毛。爪と体の大きさからして、サベージウルフに間違いない。胴体から切り離された頭部が、俺の足元に転がっていた。
ちらとしか見ていないが、切断面は綺麗だった。素人目だが、咄嗟に出来るような精密さではない。
アリスは剣に付けた血を振り払う。風切り音が響くが、それは一種の楽器のようで、何かのメロディと言われても驚かない程に整った音。
鞘の口に刃を這わせてしまう。
「この先、魔物が多くなってきそうだ。気を引き締めていこう」
振り向いて誰も欠けていないか確認し終えると、松明を前に掲げて危険な遺跡を進み続ける。




