十話 魔物退治の開始
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三日という猶予はあっという間に過ぎた。それもそうだ。魔法の練習をして疲れては眠り、目が覚めたら剣の重さに慣れるため訓練した。
体は疲れ果てていたし劇的な伸びも無かった。だが、やってきた努力は裏切らないだろう。
他人から見れば浅瀬で泳いでいるだけでも、以前の俺は水にすら入らなかったのだ。
そんな俺が、多少だが刃を振れるほどに上達した。魔法の方も、威力の調節が出来るようになった。
どれもまだ始まりでしかなく、魔物討伐に使える物ではないと理解している。けれど道具は使い方次第で大きく化けるのだから、俺も何とか使い道を模索すれば良いだけのこと。
工夫すればそれは技能になり、道具となる。
今は無力を嘆いていても仕方がない。時間は訪れてしまった。後はやるかやられるかでしかないのだ。
腹を括れば多少はマシになろう。俺は宿屋を出て、外で他の4人を待った。
欠伸が口から出るのは、眠気のせいだけではない。緊張しているのだろう。これからどうなるかのシュミレーションを幾度としたが、悪い結果ばかりを思いついてしまう。
心配性な俺は皆が生きて帰る事を望んでいるのに。
そんな考えから目を逸らしたくて、地面を歩く蟻の行列を見る。なんだか、俺の知っている蟻より大きい気がする。注意深く観察しようとしたところで、頭に何かを被せられたのが分かった。
太陽が瞬時に無くなり暗がりが訪れた様な感覚。
「村長があげるって。夜は冷えるから、薄着だと野宿は厳しいよ」
掛けられた布に手を取る。だがかなり大きい様で、光を取り戻すまでには時間が必要だった。
外套というより一枚の布団。ポンチョやケープを思わせる大きさであった。
「シャツとベストだけよりはマシか。でも村長、もっと良いものをくれても……」
「文句言ってたら、それも返せって言われちゃうよ。感謝しなきゃ」
アリスの言葉に賛同だ。貰えるのなら貰おう。そして使いこなそう。
そうすればこの外套も、強力な武器になるかもしれない。
まだ明け方、装備を確認してから動き出そうと思うが、俺の装備なんて底が知れている。
剣と腰に巻いた小さな鞄。中身は碌な物が入っておらず、奇妙な草の包み紙ぐらいの物だ。
心配がちな性分を隠す事は出来ず、鞄の中を逐一まさぐっていた。
他の3人が合流するまで俺は、剣を触って鞄を触って、アリスと他愛無い話をしては時間を潰し続けた。これから戦いに向かうというのに彼女は冷静だった。
俺も、彼女の様な人より優れた強さが欲しい。
誰かに頼らずとも生きていける様な、そんな力があれば。
一人勝手に沈む気持ちの中、地面を歩く音が背後から聞こえる。それから遅れてやってくるのは話し声。
ノブチカらが起きてきたのだ。5人が揃った事を確認し、俺は宣言した。
「今から洞窟を目指す。洞窟は、村からそう遠くない。とは言っても、直線距離でも二時間以上は掛かるらしい」
「つまりはもっと掛かるな」
「その通りだ。だからこうして早朝から出発し、明るい内に洞窟を見つける。
状況を見ながら魔物の数を減らして、一日目は野宿になるだろうから。心の準備を」
アリスが軽く手を挙げて質問する。
「野宿の場合、見張り番はどうするの」
「基本は二人だ。時間をズラしつつ、一度に二人が起きてる状況を作る。それと一日目は野宿と言ったけど、魔物の数次第では早めに殲滅し切ろう」
俺の話した内容に質問や異議は無かった。だがそれは皆が賛同した事と同義ではない。
4人がどんな心持ちでいるかは分からないものの、俺の作戦が形を成している事は認めてくれたのだろう。
後ろ向きに歩き出し、数歩進んで前を向く。村の一角を歩く5人の少年少女たちは、冒険者のように映るだろう。
そんなパーティを見る人間は、この早朝にはまだ少ない。
柵門周辺に立っていた門兵に洞窟の件を伝えるとすんなり門を開けてくれた。
久々の森の外であった。一瞬、足が竦んだ。
先頭を歩いていたはずが、門を出る順番は最後だった。4人は易々と門を越えていく。村という社会から離脱し、異世界の森という無秩序に身を委ねる。
簡単に見えるその行為。だが、それの意味する所を俺は知っている。
魔物。俺たち人間とは違う圧倒的な生命。俺には逃げる事しか出来なくて、待ち合わせの知識なんて役に立たなかった。
培ってきた頭脳はフリーズして、頭の中では”生きる”という根源的な理由に基づく行動しか取れなかった。
だからだろうか。
俺は、まだ森が恐ろしい。それと同じかそれ以上に失う事が恐ろしい。
俺はたぶん、孤独が怖い。それは俺にとって、死ぬ事と同じなんだと思う。
だからだった。俺は一歩を踏み出した。踏み出せたのだ。
心が折れて村に戻っても臆病者な俺に居場所はない。そして、洞窟に行った面々の内もし、誰かが欠けていたら。
その時はきっと、俺はとてつもない後悔をするだろう。
俺はもう後悔したくない。躓いて、抗って、彷徨う。それでいい。そうすれば、俺は後悔しなくて済むんだ。
「ユウキ、早く行かないとだろ? ほら」
振り向いたアリスは俺に手を差し出した。握り返したその手はあまりに小さい気がした。
でもその手は力強くて頼もしいのだ。
俺はこれから、この手にいくら助けられるのだろう。
そしていつの日か、彼女に何かを返せるは訪れるのだろうか? もしそんな時が訪れたとしたら、その時は彼女の心に従おう。
「ああ、そうだな。じゃあ行くか」
「期待してるよ私らのリーダー。それでいいだろ?」
はにかむアリスの笑顔は優しかった。




