幕間 ノブチカの狩り
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枯葉が混じり合った真緑の葉を踏む。カサリカサリと小気味の良い音なりが響く。
一つではない。自分の前を歩くのは3人。その内に、知り合いと呼べる人間はいなかった。
気心知れているのは、隣に居るので唯一だ。
「で、私は何をすればいいの」
「俺の矢に『刻印』を入れてくれ。簡単な物でいい」
「知ってる? 『刻印』って刻み込むの面倒くさいんだよ」
「ああ、だが必要だ。そうだな……刺さったら鏃が割れて炸裂して内部に残るようにできないか」
「ねぇ、話聞いてた? 一秒二秒でできる事じゃ無いんだからさー。
出発前に話してくれればやったのにさ」
隣を歩くのは少女。名前はヒナと言う。俺がよく知っている姿では無かったが、それは俺自身とて同じ。
なんでだか、薄らと記憶にはあるのだが。
ヒナへの要望は却下された。刻印作業を侮ってはいない。寧ろ素晴らしい技術であると同時に、簡単に出来るものでは無いと思っている。
父がよく「技術とは人の一生だ」だのと宣っていた。
父の在り方は良く分からなかったが、この言葉は分かっているつもりで、今まで生きてきた。俺はヒナの技術を信頼しているし、それはこれからもそうだ。
だから頼んだ。なのに、断られるとは。
先に言わなければ作ってくれないのは、どの世界でも同じらしい。
「うーむ、そうか」と顎を摘んで、次はもっと早くに依頼する事を考える。
そんなヒナとの会話は、前の連中にダダ漏れである。連中と言うより仕事をこなす仲間であるから、この言葉と表現は適切では無いかもしれない。
「お熱い関係なのはいいが、今は仕事に集中してくれよ。家に帰ってからでも出来るだろ? お楽しみはよ」
何のことだか分からない。側から見れば、ヒナとの関係がどのように映っているのだろうか。前を歩く狩人達のニヤケ面を見るに、彼等は恋仲だと思っているのだろう。
それは間違いだと知ってもらわなければ、彼等には、要らぬ心配を掛けさせてしまう。
「俺とこいつはただの友達だ。心配せずとも無駄な事はしない」
「あ? なんだそうなのか。まあ、何でもいいが、俺たちゃ狩人は腕で語る。
期待してるぜ『弓手さん』よ」
刈り上げた髪の毛に目元の深い傷跡。確か名前はモリブデンと言ったか。他の狩人達も笑っているが、駄目だ。
名前を思い出せるのが彼しかいない。
それからも土の感触を確かめながら歩き続けていると不意に立ち止まった。
手を横に倒し、後続に「止まれ」と合図する。
手近な草むらを見つけるとそこに入り、前方を注意深く確認する。
「サベージウルフか。数は2匹。ということは、もっといるな。どうする? 今仕留めるか」
「いや他の個体が合流し、群れになってから一網打尽にしよう。効率的だ」
「何言ってやがんだジジィ! 数集まっちゃ簡単にはいかねぇぞ。効率もクソもあるか。今やるべきだ」
2人の対立と、それを仲裁しようともしないモリブデン。狩人ら各々の手法が、最悪の化学反応を起こしていた。
このままいっても埒が開かないのは火を見るより明らかである。故に、俺が進言するしかないであろう。
「今仕留めるべきだな。如何にサベージウルフであろうとも、数が集まればそれだけで脅威だ。速攻でいくべきだ」
「はっ! 素人には分からんだろうがな、狩るだけが狩人の仕事じゃないんだ。
もっと考えを……」
「ごちゃごちゃうるせぇぞジィさん。二対一なんだよ。昔の考えは捨てな」
対立した際にしてはいけないのは中立的立場で議論をする事。それは対立を煽り溝を深めるばかりで問題解決には繋がらない。それと同様に沈黙も、すべきでない。
まずは自らの立場をはっきりと主張し、それから可能性を追求する。
例え一人であっても、そうすべきだ。
そんな考えに基づき俺は今最も効果的な方法を選んだつもりだ。
これでどうになろうとそれは俺の選んだ道。
ゆっくりと立ち上がり二本の矢を取り出す。体の線に合わせるように、弓を番える。
弦を弾き絞り、集中する。
狙うは目線の先、二匹。放った矢は空気を裂き突き進む。目で追えないその速度は、何らかの方法で《《強化された》》矢のように超速で飛んゆく。
落命の音が魔物の喉から発せられる。短く弱々しく消えていったその音は、誰かの耳に届いただろうか。
死体に近づいていきその姿を確認する。
「一度で二匹も仕留めるとは。心配の必要はなかったな」
そう言うと慣れた手つきでナイフを動かす。
腹を裂いて内臓を取り出していく。一つ一つの臓器を傷つけずに丁寧に処理していくと3人の狩人は、取り出した内臓を一カ所に集めた。
各々頷き一度集めたそれを、少し広範囲にばら撒いて、再度草むらに隠れる。サベージウルフの死体も、離れた場所に一度放置する。
「うん十分は待機する事になる。お前は少し休んどいてもいい」
「大丈夫だ、問題ない。それよりヒナ、お前は平気なのか? 横になってもいいんだぞ」
「土の上で眠らないよ。てか、待機するならさっき言ってた刻印、刻んでおく」
んっ、と言って手を伸ばす。矢筒の中から数本を取り出して預ける。すると腰の小型鞄からペンの様な彫刻刀のような、およそ俺には分からない道具を取り出した。
草むらの中には合計、どれぐらい隠れていただろうか。この世界には時計が無い。太陽の傾き具合で確認するしか無いが、そういった技能を持ち合わせてはいない。
それでも魔物はやっぱり集まってきて、かなりの数を倒した。もう、俺たちだけで持ち帰れる量ではなかった。
相変わらずヒナは鏃と向き合っている。集中し過ぎて周りが見えていないようだった。
だからだ。彼女は反応できなかった。俺は駆け出す。
何に向かって。それは勿論、ヒナに向かってだ。足を折って正座をし鼻先を矢が掠めるほどに近づけている。
そんな彼女は、背後に立った二足の獣に気が付かなかった。間に合わないだろうなと、冷静に分析した。物理的な距離が、明暗を分けた。
が、幸いにして俺は弓を持っている。速射の心得は体に染み込んでいる。神様からの『贈り物』とやらだろうか。
矢筒から正確に一本を取り出し弦を弾いた。最後まで引き切る余裕はない。それ故の発射速度。これは、番えてから発射までのタイムロスが少ない。
ヒナを見下ろすように背後に立った魔物の、瞳に矢は突き刺さる。大きくのけ反って二歩三歩、後退する。
「えっえっ、なになに何があっ……て、ま、魔物が!」
左手に弓を抱えたまま俺は、右手で腰の短刀を引き抜いた。鶏のような魔物に突撃する。
目という部位は如何なる生物に於いても弱点となり得る。
痛みに悶える魔物は暴れ始める。縦横無尽というか、その巨体で暴れれば誰も近づけはしない。
無論、熟達した狩人でもだ。それでも俺の足は止まらない。速度を維持したまま鶏型の魔物に近づく。
攻撃を掻い潜るというより暴れる足首を正確に捉えて一本ずつ無力化すると、当たり前のように地面に沈んでいく魔物。
今度は胴体。次に羽。上半身、首、頭。徐々に命に近づく刃。
頭蓋を突き抜けた一刀は脳を破壊した。そこら中に羽が散っている。それと同じぐらい、いやもっとか。血が飛び散っている。
自分がした事だとは理解しているが、これは凄惨な光景だった。
振り返るとヒナも狩人達も、それぞれ唖然としてその場を動かなかった。
短刀を拭って元の場所に戻して俺はヒナの元へ向かった。その頭のてっぺんに一発のチョップをお見舞いする。
「もっと周りをよく見ろ。じゃないと死ぬぞ」
「う、うん。分かったよ。次から気をつける」
本当だろうか。本当じゃなかったら、今度こそ彼女は血塗れになってしまう。それを分かってくれていればいいが。
そうして時間は過ぎていく。現れる魔物の数も次第に減ってきた。頃合いである。
太陽は沈み掛けて辺りは暗くこれ以上森に留まれば無事では済まない。撤収だ。
戦利品を二、三匹引き摺って歩く。
帰りの道中、自身の手のひらを見た。
弓を番えた手。短刀を握っては振り下ろした手。どちらも、紛れもない俺の体。
覚えていた凶器の扱いに魔物との戦い方。
何かがおかしい。どれかがおかしい事は理解していた。
だが何がおかしいのかはずっと分からない。
それを、分からなくてもいいと思う自分がいる事にも驚きだ。だがいずれこの問いに答えは出るだろう。
そうならなかったとしても、俺は俺の進むべき道を見つけられるよう生きなければいけない。
まあ目下は、ユウキの状態確認からだ。
一度、あいつの宿屋に集まろうと言われた。今はそうするべきだ。
「って、なんだ? おい今何入れた」
「さっき頼まれたやつ。刻印入りの矢だよ。
安心して、刻印矢の羽は赤くなってるから。分からなくなる事はないよ」
「ああ、ありがとう。助かる」
ヒナは俺に微笑み掛けた。後ろに組んだ手もあいまって、年頃の乙女そのものだ。
この笑顔を守りたいと思ったのは、これが初めてではない予感がした。
もっとも、確かめる方法は無いが。




