術法特訓
昨日のリュクスは宿に戻ってからは長い時間を休憩に割いて、モイザの裁縫と製薬合成を眺めたり、レイトとベードとフレウを撫でたりしながらゆったりと過ごす。夕飯後から寝るまでは空間術の練習も行っていた。
今日はダンシングエイプに挑みに行くのではなく、準備に念を入れるためにも訓練所に向かう。そのために訓練所の場所を聞きに冒険者ギルドへと向かいながら、リュクスは昨日のことを思い出す。
蟻戦ではファイアウォールと立ち位置を調整することで、杖をかまれたり体当たりされたりで済んだだけである。エイプというからには蟻と比べれば知能も高く、より苦戦することはリュクスも想像できた。それならば時術で動きを遅くして対応できないかと思ったのだ。
羊戦のように一匹を囲めるなら直接試してもとは考えていたリュクスだが、エイプは集団相手になる。ついでに時術は完全に初めて使う分類となるので、しっかり練習するかと考えをまとめた。
冒険者ギルドで場所を聞くと、一番近い訓練場が東門手前にあるようでリュクスはすぐに向かう。建物の特徴は小さいというくらいだが、訓練所の大きな看板でリュクスにもすぐにわかる。
入り口の小さな建物からはすぐに地下への階段となっており、降りた地下が訓練所となっている。他に使用者もいるようだが、中を無理の覗こうとでもしないかぎり、何してるのかなどわからない構造である。
付き添いできたレイト、ベード、フレウと共にリュクスは囲われた一角に入り、魔道具の水晶で使用受付を済ませると、水晶に的出しの項目が現れる。
それなら的に当てて練習するかとリュクスは考え、項目の中にあった動く的を選択する。床の一部が開き、そこからフリスビーのような円形の的が打ち上げられた。落ちていき開いた床に的が落ちると再び打ちあがってくる。
たしかに動く的なのだがリュクスのイメージとは違った。とはいえこれならば落ちる瞬間の勢いが止まる所に狙いを定めれば魔法は当てやすいと、的がゆっくり落ちるようになるイメージを浮かべる。思いついた魔法名を口に出し、的に向けて指を向けた。
「スロウダウン!」
的は元々の重力にとらわれた動きでない、明らかにゆったりとした動きで落ちいく。リュクスとしては格好つけも込めてスロウダウンと名前つけしたのだが、スキルアーツとして発動したようだ。今度は逆に素早く落ちるイメージを浮かべ、再び打ちあがってきた的に指を向けた。
「ヘイスト!」
あっという間に落ちたせいで、的はくだけてしまった。慌てて水晶をいじりもう一度的を打ち出させ始めたが、問題なく稼働して一安心したリュクスだったが、落下速度だけではどれほど早くなったかわかりづらかったようで、思い切って自分にかけてみることに決めた。
「ヘイスト。」
リュクスは自身にヘイストをかけた直後、動く的が明らかに遅く動いて見えるようになった。その状態で飛びのいたり腕を振ったりと試すと、いつもより断然早く動けて楽しんだのだが、十数秒ほどで効果が切れてしまった。
「ぐっ!?気持ちわるい…」
終わった瞬間に強烈な吐き気に襲われたリュクスはしゃがみこんだ。少しの間動けなかったリュクスだが何とか戻すことはなかったが、これでは効果時間の短さのわりに反動がひどいと考える。
動きが早くなるのは十二分すぎるので、もう少し抑えて使えないかと悩む。今のままならあえて敵に使えば体勢を崩せるかもしれないが、実用的とは言えない。そのまましゃがみつつ少し休憩し、他に早くなるような感じの言葉を考え、リュクスは一つ思いつきすぐに立ち上がった。
「クイックアップ!」
リュクスはクイックアップでほんのり動く的の動きが遅く見えるようになる。試しに体を動かすと、飛びのきや腕の振りもほんのり早くなっていた。10秒以上経ってもまだ効果は続いてることを確認したリュクスは、魔道具の水晶端末で的を増やそうとしたのだが、明らかに表示が遅く感じてしまう。実際にはリュクスが早くなっているために遅く見えているのだが。
何とか動く的を9つ追加したリュクスは杖を構えつつ、他の的が発射されるのを待つ。床に10個の的用の穴が空き、そこから的が上にと射出される。
うち出した直後の的が回って上に撃ちあがっていくのがリュクスには見えていた。クイックアップをかける前では打ちあがる様子などわかりもしなかったというのにだ。リュクスは飛び上がっていく的を1枚ずつ殴り壊していき、頂点につく前に10枚とも壊し切ってしまった。
壊し切ったタイミングで丁度リュクスは速さの感覚が元に戻る。約二分ほどは早くなっていただろうか、気持ち悪さはヘイストの時に比べれば酷くなく、元の速さに戻っても動きに支障ないことをリュクスは確認する。この技ならば実用的だろうと満足すると、ベードとフレウがそわそわした様子でリュクスにと寄ってきた。
「ばぅ!」「ココ!」
「ん?もしかして二人もクイックアップやってみたいの?よし、複数がけの練習にやってみようか。クイックアップ。」
ベードとフレウに催促されたリュクスは、二匹にクイックアップを同時にかけてみる。フレウはいつもよりも早く転がることができるようで、そこら中を転がりまくってた。気持ち悪くないんだろうかとリュクスは少し心配になったが、すぐに立ち上がっているので問題ないようだ。
ベードのほうに目を向けたリュクスだったが、まったく動きを追えないほどに早くなっていた。早すぎて見えないという現象を初めて見たリュクスは、このクイックアップ中は自分よりもベードのほうが強いだろうと思ってしまった。
最もベードにその気はないだろう。クイックアップの効果を確かめ終えると、リュクスの元に駆け寄って来てぺたりと座り、満足気な顔をしてリュクスを見つめていたのだから。
フレウは立ち上がった後に炎球を早く作り出せないかと試していたが、どうやらクイックアップには術法の生成速度を上げる効果はないようで、身体的加速効果だけのようだ。
その様子を見て術法の生成が早くなる時術があれば便利そうだと考えたリュクスはふと思いついた言葉をつぶやいた。
「ファストマジック?」
フレウの魔法が素早く出来上がるイメージをしていたリュクス。その影響で瞬時にフレウの前に火球が作り出され、フレウが少し焦った表情になっていた。何事もなく火球は霧散したが少し危ない場面ではあったかもしれない。
「ど、どうやらうまくいっちゃったみたいだね。たぶん1,2秒くらいは速くなったかな?」
「コ、ココ。」
「うん、何度か試してみて。」
何度か試すフレウの火球をみて、やはり2秒早くなっているほどだと確認したリュクス。もっと大掛かりな術法ならば便利になるだろうと思いながら、ファストマジック効果が切れるまでフレウの魔法を見ていたが、クイックアップと同じくらいの効果時間だとわかり、これなら1戦の間くらいはかけ直す必要もないだろうと判断した。
スロウダウンの効果時間も再確認したリュクスだったが、こちらはヘイストと同じ十数秒ほどで短いようだ。いざというときに使用して、戦闘前にクイックアップ、ファストマジックをかければ、有利に戦いを進められるかと考えをまとめた。
時術に一旦満足したリュクスは、集団戦向きの火術も練習しておくかと体をほぐす。急に使ってしまうと集団戦で離れてるベード達をも巻き込みそうで、リュクスとしては怖くて使えていなかった魔法だ。
「大きい火術を試してみるからちょっと離れててね。もし僕が危なかったら大声出すし、ベードかフレウが巻き込まれそうならフレウが吸収しちゃってくれる?」
「ばぅ。」「ココ。」
今は敵対してるわけでもなく、ここなら危なくなったらフレウに吸収してもらえばいいとリュクスは気楽になる。むしろ今まで戦いたい欲が先に出て気が付かなったことを悔やむほどだ。
スキルアーツの資料に乗っていた魔法を思い出す。周囲から襲われたときの対処用の魔法の一つ、手を左右に伸ばし、自身から少し離れた位置に周囲に円を描くイメージを浮かべ、リュクスは魔法の名を口にする。
「ファイアストーム。」
床から巻き上がるように火の円が燃え上がる。さながら火の竜巻の中心にいるようだとリュクスは思う。2,3メートルくらいの高さで燃え続けているせいで、周囲が見えづらいのが欠点だと、資料通りの結果に満足し解除する。
ベード達は十分離れていたようで問題はなかったようだ。リュクスは次の魔法を思い出す。前面の敵を一気にからめとれる技だ。今のリュクスは目の前に大量に敵が来たならば、ファイアウォールで足を止めるか、イグニッションかマイティイグナイトで着火するかである。相手の動きを拘束する性能が高い技とは言えない。素早い動きのダンシングエイプにはどちらも動きを制限する効き目は期待できないだろう。
今から試すのはもっと拘束性のある範囲火術である。前方広範囲に波のように広げていくイメージを浮かべ、波のイメージは体で表現するといいと記載されていたのを思い出したリュクスは、両腕を波のようにしならせた。
「ファイアウェーブ。うぉっ!」
床より少し浮いた位置で、リュクスの目の前に波状に火が広がっていく。ウェーブのスキルアーツは当たると相手を押しのけ、動きを緩めると記載されていたが、火属性の燃える能力も付与された技になったようだ。
ファイアウェーブが広がりすぎて区画仕切りに当たり、少し焦ったリュクスだったが、仕切りより奥には広がらず、仕切りも燃えていない様子に一安心する。
一度ウェーブを止めたリュクスは打ち出した火の波が完全に消えるのを確認し、十字の的をいくつか出してもう一度ファイアウェーブを放つ。命中した的はギシギシという音を立ててきしみながら燃え始める。しばらくウェーブを当て続けるとバキッという音とともに十字の的が割れて破片は燃え尽きていった。
「よし、いい感じかな?実戦でも試さないとわからないけど。今回は初めからベードとフレウにも頼るからよろしくね。」
「ばぅ!」「コ!」
訓練終了と思い切り体を伸ばしたリュクスは水晶に浮かび上がる終了の文字に触れる。水晶の文字が切り替わり必要料金と浮かび上がってきた。的もいくつか壊したが8000リラと表示されていて、かなりの額を取るものだと思ったリュクスだったが、このあたりのひとなら普通に払える額なのだろうと思い直した。
時術と範囲火術の使い勝手を確かめたリュクスは、昼飯を済ませた後、東の誘踊の森にダンシングエイプ狩りに向かうことを決めたのだった。




