外洋への備え
魔物は自身の存在を強化するすべとして進化をする。
実際には人であっても進化の可能性を秘めているが、魔物ほど容易に行えるものではない。
比べるため容易という表現をとったが、魔物の進化もめったに起こることではない。
進化には様々な経験と、保有魔素の鍛錬が必要となる。
そして何より、進化しやすい種族であることが前提だ。
進化によって姿かたちが一新するものもいれば、体色が変わる程度のものもいる。
いずれにせよ、より強力な存在へと至るが、すでに強力な個体ほど進化は容易ではない。
つまり、リュクスの従魔たちはすでに十二分に強力な存在で、これ以上の進化の可能性は限りなくゼロに近い。
よほどのこと…例えば主人を失いでもすれば、可能性の種が一気に発芽することはあるかもしれない。
しかし、おそらくその進化は肉体に多大なる損傷を与えるもの。
命は長く持たないだろう。
『つまり、己らが進化する可能性はあるが、お前が見ることはないだろう。』
「なるほど。改めてありがとうね。」
リュクスの質問から始まった、レイトによる魔物の進化についての講座だった。
『それで、ネティスを進化させたかったのか?』
「そういうわけじゃないって。でも外洋の魔物もほとんど情報がないから、やっぱどのくらいの強さなんだろうって思っただけ。」
要は外洋で魔物にネティスまで迫られた際、どの程度戦えるのかという考察だ。
『…お前が本気を出せばどうにかできぬ相手などいないだろう。』
「まだ模擬戦のことふてくされてる?」
『そんなことはない。』
一年前、リュクスは覚醒を失った代わりに、いつでも愛でる手の力を最大限に使えるように特訓を始めた。
同時に模擬戦も行っていたが、戦い方を熟知したレイトが常に優位で、連敗が続いていた。
だが、魔素を愛でる手が完成すると状況は変わる。
引き分けに持ち込めるようになり、つい先日には圧勝へと覆した。
「襲われないのが一番だけど…出来れば話し合いで解決とかさ。」
『魔物は大抵、話の通じない能無しばかりだ。感情が芽生えるもののほうが希少だからな。』
「それは嫌ってほどわかってる。」
崖壁向こうの魔物だけでなく、北の聖族区域ですら、神から新たに与えられた全言語のスキルをもってしても会話できない魔物ばかり。
そんな相手でも、今のリュクスが本気でテイムの力を使えば、ベードたちのような従魔にできる可能性はあるだろう。
本人も理解しているが、初めから話も通じない相手をテイムしたいとは思わないだけだ。
『覚悟ができているならいい。それで、いつ出発するのだ?』
「一週間…じゃなくって、七日後くらいかな。」
『ずいぶんと長いな。』
「だって海の旅だよ?どこでも転移で帰っては来れるけど、元の位置に戻るのは無理でしょ?」
『…確かに、いくら今のお前でも、何の指標もない場所に転移するのは無理だな。』
転移の力も万能というわけではない。
特定の場所へ飛ぶには、何かしらのアンカーが必要となる。
その役割をこなすのが聖神像であるが、リュクスの場合は転移地点を設置することで補える。
特訓により二つまでおけるようになったが、地表に魔素を固定する必要があることは変わらない。
そのため、海洋では使用できない。
実際は、今のリュクスが強く海をイメージし転移すれば、海の上に飛べるかもしれない。
だが、運が悪ければ海中に転移したり、そもそも海のどこなのかわからず、まっすぐ進んだら今の大陸に戻ることになったりする恐れもある。
「とにかくまっすぐ進めば、何かしら見えると思うよね?」
『ネティスの泳ぎは早い。さすがに十数日もすれば着くのではないか?』
「うん。二十日は頑張ってみて、何もなかったら諦めるつもり。とはいえ、その分の料理は作らないとね。」
いくら広いとはいえ、ネティスの背の上で料理するわけにはいかない。
そのうえ、ポーチに入る量には限りがある。
だが、リュクスはコネクションストレージを所持している。
時間経過しない保存領域から、いつでも温かな料理を取り出せるのだ。
『作るのはカレーパンとやらか。』
「海では一番頑張ってもらうんだよ。旅の間に食べれるカレーがあったらうれしいでしょ。」
『確かに、試作品はあっという間に平らげていたな。』
この一年で王都に並ぶ食材も種類が増えた。
リュクス以外の【ゆりかご】から来た来訪者が生み出したのだろう。
そして、持ち運びできるカレー料理として作り出したのがカレーパンだ。
サクサクもちもちで、中身も飛び出しにくく作るのに手間取ったが、その甲斐あってネティスが満足するものができた。
もっとも元の姿に戻ったネティスなら、人の手に乗る大きさなど一口でほおばってしまうだろうが。
「そういうレイトは、試作品の揚げても崩れにくい春巻きをペロッといったじゃん。」
『何のことだか。』
「まぁ、そういう準備があるし、別に急ぐ旅でもないからね。」
『それもそうだな。』
外界を目指すという目的はあるが、見たいというだけでそこで何か明確な目的があるわけではない。
今回は神から与えられた大樹を癒す使命のようなものもない、自由気ままな旅。
リュクスは来たる旅を思い描きながら、ゆっくりと準備を進めていった。




